14話 ねるねるねるねの
流石は祝日。
駅前ともなれば人の流れは止まらず、見れば見るほど新しい顔が増えていく。お祭りのようでテンションが高まる気がしないでもないが、パレードのようで落ち着かない。
全く休日だからってはしゃぎやがって。
「……遅え」
スマホで適当なニュースを漁りながら、時刻を見ると11時25分を過ぎた頃。待ち合わせは11時30分。俺なんか11時から来ているというのに、普通デートなら20分前には集合しておくものだと、後で説教してやらねばならないだろうか。
まあいいさ。今は気分が良いから。
強いて言うなら昨日の放課後からずっと。
慎重に選んだ服、いつもより気を遣った髪。家を出る際、妹から『あれ、今日はデートなんだ』と言われるくらいにはキマっているらしいのだから問題ないだろうと思う。あれは性格はアレだが、人を見る能力に関しては俺よりもずっと高い。寧ろ家族ながら背筋が凍る程言い当てられる時が合って怖い程に。
一応、再度前髪をチェックをしておこう。乱れは……ない。おでこにニキビも、ない。
「……あ、あの……」
鼻毛ヨシ、たべカスもない、ゴミも付いてない、ヨシ。
「ちょっと、おーい」
「うるせえ!! 今身だしなみを整えてる最中だろうが!!」
「あえっ、ご、ごめんなさい……」
「おう夏取ちゃん。私服を見るのは初めてだけど、そのワンピース似合ってるね。可愛いよ」
チェック項目を確認している最中、後ろから声を掛けられたのでどこの馬鹿がと思ったが、振り向くと、そこには真っ白なワンピースに身を包んだ、言うなれば──透明感のある美少女が立っていた。
首に掛けられたクロスが良いアクセントになっていて、カラフルなリストアクセサリーが彼女の個性を際立たせておる。
そう思ってしっかり褒めちぎると、夏取は照れ臭そうに笑う。
「えへへ、そうかなぁ。ありがと……折上くん」
言葉の端に告げられた苗字が、どうにもこうにも擽ったいが、名前は嫌いなので絶対に呼ばせなかった。
「って! なんで丁は怒鳴られたの!」
「あはは、ごめんごめん。ちょっとしたサプライズのつもりだったぜ」
「ふん、それなら許します」
ちょろい。
「じゃ、行こうぜ。腹減った」
「もう……うんっ」
彼女の微笑みに、思わず手を繋ぎたい衝動に駆られたがグッと堪えて、寂しい片手をポケットに突っ込む。多分、その小さな手に触れる機会は一生無いのだろう、そう思える。愛らしく跳ねる背中に、手を伸ばすことさえ。
この子はいずれ、本気で好きになれる人物を見つけられるだろうから。
そしてそれは俺以外の誰かだ。
昨日の放課後に『俺と友達になろう』と提案し、夏取は渋々承諾。晴れて今日、友達なら休みの日に遊ぼうと、こうしてデートに誘った訳だ。
俺は夏取丁という少女に対し、まだ問題や孤立する理由に具体的な部分を把握出来ていない。なればまずは彼女を知らなければならない。そう、これは夏取を周囲に馴染ませる目的に必要な、纏わる一環の行動、
ではない。
俺の行動は一貫して彼女を恋人にする為にある。
先生の頼みなど知らん。結果的にそうなればオッケーだ。
「夏取ちゃんは何か食べたいものある?」
相手を知って問題を知って妥協出来る境界線を探り当て、仲を深めるのだから、ゴール地点が何処になるのかというだけで、付き合うのも友達になるのも結局は同じ事。
「うーん」
自分自身の行動をある程度の正当化していると、夏取から提案されたのは意外といえば意外で、予想の範疇といえば予想の範疇。
「あの……ほら、みんながよく行ってるイタリアンの……なんだっけ?」
「イタリアンねぇ」
思ったよりもデートっぽい場所だったので面食らってしまうが、しかし、どうやら店舗は彼女の中で限定されているらしい。
「ちょっと考えてみるから、どんな特徴か教えてみてくれる?」
「えーっとね、緑の看板に赤い文字で……」
「サイゼリヤやがな。その特徴は完全にサイゼで決まりや。他の緑の看板なんて、後は業務スーパーくらいなのよ」
「サイゼリア?」
「サイゼリヤ!」
「まあどっちでもいいや。そのサイゼっていう場所、ずっと行きたかったんだよねぇ」
「……ほな行きましょか」
と、そういう訳で記念すべき初デートの最初の行先が決定した。
サイゼリヤだ。
なるほどこれは中々に落とすのは困難な相手かもしれない。何せ向こうはデートだという意識を全く持ち合わせておらず、いや別にサイゼリヤがどうこう言っているわけじゃなくて。夏取が何故サイゼをチョイスしたのかには凡その検討が付く。
「みんな放課後になるとサイゼに集まって話してるって、聞いたことがあるの。何杯でも勝手にジュースを飲んで、何時間でも居られるって……なんだろ、そういうのって、すごい普通っぽくて憧れてた」
そうそう、まさにこんな理由だろうと思っていた。
まるで、『金持ちの世間知らずのお嬢様を連れ回す主人公』のようで非現実的な気分に浸れる気がしないでもないが、実際のところ、夏取に関しては──ただただ友達がいないというだけなので何とも言えない。
「そんな貴重な体験に、相手は俺でよかったのかな? いや良かったと言ってくれ」
「ちょっと不満かな」
「ぱおん」
最上級な悲しみの表現も、しかし夏取の耳には、心には決して届かなかった。
「ななみちゃんと、いつか一緒に行けたらな……」
ぽつりと呟きに含まれた憂い。薄く吐かれた吐息から、雨粒のような冷たさと寂しさも感じられる。
彼女の言う『ななみちゃん』とは、確かあの眼鏡の女の子だったか、昨日名簿をチェックした時に、『鶴洲七波』という名前があったので多分そうだ。しかしてっきり薄っぺらな関係と思っていたけれど、案外夏取は入れ込んでいるようである。
それなのに、夏取は未だ一歩踏み出せずにいる。いや、厳密には既に一歩踏み出し、『ななみちゃん』と友達になろうとしていたのだ。しかし、問題はその先──自分の言葉を使って、自分の気持ちを伝えること。そこに手が届いていない。
そんなもどかしさを、切なさを含んだ表情を見ていられなくて、
「……夏取ちゃん」
思わず声を掛けてしまった。
「なに?」
彼女は沈んだ視線をひょいっと上げて、首を傾げる──何の感慨も存在しない、心ここに在らずな真っ白な顔を。
一体俺はどうすれば、この子に手を伸ばせるのだろうか。
「サイゼってどこか知ってて歩いてる?」
「え、ワタシはてっきり折上くんが知ってるものだと思ってたんだけど」
「いやあ、適当に歩き始めただけなんだよねこれが。それに夏取ちゃんが話すから言い出すタイミングもなくてさー」
「早く言ってよ、もう!!」
「あはは、ごめんごめん」
まあ、場所はもちろん知ってるけれども。しかし、こんなちょっとした悪戯に頼らねば会話が保たないのも事実、か。それにこのままだと状況が一向に変わらないだろうとも思う。
夏取は確かに悩んでいる。だが、今彼女が語ったのは、今まで語っていたのはあくまで、
どこにでもあるような、若者なら誰が抱いていても不思議は無い、それくらいのありふれた悩み。一々手を加える必要があるのか馬鹿馬鹿しいくらいの、ただの思春期。
ただ、俺にはある直感があった。
もっと深くて途方も無い、濁った水底みたいな影が、彼女にはあるのだと。
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