12話 授業中、廊下にて思ふ

 1時間目、数学。


 夏取丁について考えを纏めるついでに、舞台設定でも軽く説明させて欲しいと思う。それくらい、ちょっと他の事に目を向けたいくらいには、彼女はややこしいのだ。 


 というわけで我が母校となる、私立小梁高校は、都内にある普通科の進学校だ。


 偏差値的には中の中であるが、実態はピンキリ。コイツマジでよく今まで生きてこれたなと思う程の阿呆も居れば、何でコイツはこの学校に居るんだと首を傾げる天才まで。


 まあ、つまり多種多様な学生が集う、一風変わった高校なのだが、それはひとえに、この学校の教育システムに関係している。通常のカリキュラムは他の学校と変わりがないだろうけど、まず第一に、この学校には宿題という概念が存在しないし、単元ごとに小テストがあるだけで、定期テストも同様。形式も様々で、単純な選択式から、レポートのようなものまで。制服を着るも着ないも個人の裁量で決められると、他にも色々な目玉があって俺は入学を決めたのだが、


 自由なだけあって、考えるべき事が多く、


 自由なだけあって、落ちる時は一瞬だ。要するにまあそういう学校。


 例えば現在は授業中だが、勉強する者とそうでない者にはっきり分かれている。それは誰の目から見ても明らかだが、誰も咎める事は無い。しかし誰も咎める事がないとたかを括って鍋を作ったりすると流石に怒られるので、皆はやめておいた方が無難である。


「えー、つまりこの問題は……」


 さてそんな教室の、俺の座席は教室最後方、窓際から一つ右。


 夏取の座席はほぼ真逆の、前方扉から一つ左、その一つ後ろ。


 ここからは彼女の横顔が、背中が良く見渡せる。こちらを気にするように僅かに傾けられた首が、それでも授業に耳を傾けようとする姿勢や様子が手に取るように。


「可愛い」


「ん? どうした折上」


 ハゲ、じゃなかった。数学の頭頂部が朝日に負けじと光り輝く教師に注意をされる。どうやら声に出してしまっていたらしい。


「ごめんなさい……ハゲ」


「おい、今お前ハゲっつったか? いつも言ってんだろこれはスキンヘッドだと」


「いえ、今のはただの特徴的な語尾でハゲとは言ってません、ハゲ。それに頭頂部だけのスキンヘッドはスキンヘッドじゃないです。ハゲです」


「そうか……とりあえず廊下に立ってろ」


「かしこまりました」


 さて、場所を廊下に移し、再度考えを捻る。

 

 可愛い、いや、可愛いというよりは愛くるしい。人を悪魔呼ばわりしたり、ブラジル人にしたり、かと思えば『空想の友達』と間違えるなどをしていたとは思えない、一枚岩ではない魅力を持った少女。何せあの子は空想の友達に、『借金取りに追われ、一家で夜逃げ』などというバックグラウンドを付けていた程だ。


 やばい、考えが全然捻られていない。寧ろマシマシで彼女に興味が湧いてくる。


 が、心の底は未だ見えず。


 しかし、朝のひと時で、夏取の現状は凡そ把握出来た。


 一つ、彼女は変人である。


 一つ、彼女は変人である自覚をしている。


 一つ、彼女は変人である彼女自身を嫌っている。それに俺も嫌われて──いや、苦手意識に近いものだ。絶対そうだよ。だってほら、何やかんやで話してくれるし。


 一つ、彼女は変わろうとしている。


 会話の内容と、夏取の友人の反応から察する事が出来たのはこの辺り。次に、高橋先生より賜った、進路希望調査の『死んだお母さんに会いたい』と、奇妙な言動の情報から考えるに、夏取は恐らく、それこそ性格が確立前、思春期に突入するよりも以前に、


 母親と死別している。


 推定される年齢的に自然死ではなく事故、病気、他殺──自殺。幾つかの要因は考えられるが、どちらにせよ過去に薄暗い記憶を覚えているのは確かだ。そんな母親への愛情は、歪みと破綻を想像させるのに難くない。


 え、これ俺がどうにかして良いこと?


 なんかそういう専門的な人に任せた方が良くない?


 考えれば考える程、思う。だがしかし、高橋先生は俺に頼んだのだ。ここが重要。


 先生ならば凡その家庭環境は存じている筈、それなのにただの生徒にこの話を持ちかけたのだから、きっと何だか分からんが大丈夫ということなのだろう。もっとも、先生が俺に対して、過大評価を下している可能性も否定し切れない部分がもの凄く怖いのだが──それとも、何か別の理由があるのか。


「……やれやれ」


 まあ何というか、何はともあれ、一般的な家庭に生まれた俺にとっては困難を極める事態には違いない。そもそも、親への愛情という時点で理解出来ないのに。いや別に何の感慨もないとかそういうわけじゃなく、死んだら死んだで、泣いて終わり。灰になって墓に入れて、それでお別れ。別れなんて、生きていれば無数に経験することの一つ。この学校という施設は特にそういうシステムで運営されている。


 だけどもまあ、そんな場所だからこそ、友達の方は欲しいだろうし、どうにか出来るかもしれんな。

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