10話 そして、膝へ
「って、聞いていた話と違えッ!! なんじゃありゃあッ!!」
クラスの連中から『おい、アイツがまたなんか騒いでるぞ』的な視線を向けられてしまったが、叫ばずにはいられなかったのだ。
何故なら夏取が、どう見てもクラスに馴染んでいるようにしか見えなかったからで
あ、目が合った。
「……」
視線がバッチリ交わされて、訝しげな顔で、『なんだあの変人』と言われている気さえする。しかしそんな含蓄のある瞳はすぐに逸らされて、彼女はまた友人らしき人物との会話に戻ってしまって。
全然普通じゃん!! 普通の女の子じゃん!!
と今度は心底でまた叫んだ。
寂しくて精神的に参った女の子が居て弱みつけ込めば、ちょっと優しくすればコロッといってくれて、あとは爽やかな笑顔さえ向ければ簡単に付き合えると思っていたのに──そこに居た夏取は、言ってみれば完全にその他大勢の一員に紛れ込んでいるのだから、これはもう聞いていた話と違うだろうと。
まあいいさそんな事は。
問題は、それならばどうして『友達が欲しい』と書いたのか。
また、消してしまったのか。
「急にどした?」
精神的なショックが大き過ぎたのだろう。羽佐木の真剣に、心配する視線に思わずコロッといきかけるが、俺はそんなに軽い男ではない。甘く見ないで貰いたいわ、フン。
さて、数秒経たない内に和やかな雰囲気に戻った教室で、頭を捻った。
「よし」
考えを捻って捻って、捻くれ捩れるまで。
「羽佐木ちゃん。俺はもう駄目だ」
「本当に、どうしたの?」
「少し横になりたいんだが……膝枕をしてくれないか?」
「いいよ、はい」
羽佐木は『ここに頭を乗せて』と言わんばかりに、自らの膝をポンポンと。朝日に照らされる、すらりと伸びている如何にも柔らかそうな曲線は、まさに全人類の帰るべき場所と言わんばかりの張り具合で。
「いいのか……って、お前はカレシ持ちだろうがボケナス!!」
「実は昨日別れたんだ。だから……いいんだよ?」
ああ、なるほど。
「……ごめん俺、今好きな人がいる。だから、お前の膝には乗れない」
「そ、っか……そうなんだ、ね。でも……ウチの膝はいつでも折上の為に、空けてあるから」
そうして羽佐木は、最後には笑っていた。
溢れるものを懸命に堪える姿に、思わず手を伸ばしそうになる。
だが、止めた。それがどんなに彼女を傷付ける行為なのか、彼女の顔を見れば痛い程分かってしまったから──その後の『はぁ』と溜息さえも、切なくて、胸が苦しくなる。
それからすっと、
彼女はいつも通りの顔をするが、一体どれほど辛いか、俺には今後も想像さえ出来ないだろう。
「はい、じゃあショートコントはこれくらいにして。それで、考えは纏まった?」
「そうだな……そういう事にしておいた方が、お互いの為になるもんね」
「いやもういいって。ウチがせっかく茶番劇に付き合ってあげたんだから真面目に。こんなこと、もう絶対やらないから」
羽佐木は快感を覚えてしまいそうな程に厳しい視線を、キッパリさと冷ややかさで包装して送り付けて来た。俺としてはもう少し続けたかったけれど、しかし彼女の言う通り大分、絡んだ困惑が解けた気がする。
いつもいつも本心から、お礼を言いたい。ありがとう。
「では時に羽佐木ちゃん。夏取という少女を知っているか?」
「知らない。誰それ?」
あまりにも即答されてしまうが、該当の少女が近くに居るという可能性を一ミリも考慮していないのだろうか。
「ほら、あそこにいる、ふわふわセミロングの」
「ふーん……あんな子いたんだ」
仮にも、というか一応同じクラスなのに知らないらしい。何という周囲に無頓着な人間。
まあ俺も知ったのは昨日だけど。
とはいえ、やはり羽佐木も彼女を認知していなかった。しかしその事については概ね同意出来る。浮いている訳でもないし、変人でもない一人の少女を、クラスメイトとはいえ、進級して2週間弱で名前まで覚えていろという方が無理な話。それほどに夏取はクラスに馴染んでいて、集団の一部と化しているのだ。
伝聞や今までの彼女を観察するに、何か心境の変化が有ったと考えられる。変わろうと思い立ち、まさしく今実行している段階なのだと。1年前までは芳しくない評価を与えられていた夏取が、現状を打破しようと試みているのだ。
つまり、俺がやろうとしていることは──お節介、世話焼き、要らぬ手助けに他ならない。
「んで、今度はあの子を狙ってるってわけね」
「まあな」
狙っているとは少し違うけど。
「どうせまたフラれるのに、飽きないねアンタも」
「……うるせえよ」
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