12

「わしを抱きたいと申したか。くは、ははは。いや、その意気や良し。しかし捧げるべき代価を先に示さねばなるまいなあ」


「い、いくらだよ」


 何千万でも構いやしない。どうせ他人の金で、俺はボタンを押すだけなんだ。しかし俺のそんな浅い考えなど見透かしているように片手を差し出した。


「金ではない」


 そこに握られていた黒いリモコンを受け取る。

 同じ形。同じボタン。ただ色だけが黄色ではなく真っ黒だ。


「これは?」


 使い方はきっと同じだろう。でも金ではないとも言った。じゃあこれはなんなんだ。


「それをひとに向けてボタンを押すとな」


「押すと?」


「向けられた者は苦痛なく即座に生命活動を停止する」


 言葉の意味が理解できなかった。いや、理解したくなかったのかも知れない。


「………は?いやいや。すまないが意味がよくわからなかった。もう一度言ってくれ」


 俺がまとまらない思考で辛うじてその言葉を捻りだすと、女は優しい、それはもう赤子に向ける母親かというくらい優しい顔で言い直した。


「それをひとに向けてボタンを押すと死ぬ、と言うた。適当に見繕って三人ほどわしに捧げるがよい。さすれば望み通りこの肢体、貴様の思うさま隅々まで貪らせてやろうぞ」


 つまりなんだ。ヤりたかったらワンクリックでひとが死ぬボタンを貸してやるからさくっと三人殺してこいと。なるほど至せり尽くせりだな。


「できねえよアタマおかしいのかっ!!」


 興奮で気分が高揚しまくっていたのもあるだろうが、俺は怒鳴らずにはいられなかった。他人に向けてこんな怒声を放ったことはたぶん社会に出てこのかた一度もなかっただろう。


「ただヤるだけのためにひとを三人殺してこいだ!?ありえねえだろ!!」


 女は微塵も怯むことなく涼しい顔でゆったりと足を組むと挑発するように嗤った。


「それならばやむを得ぬのう。今宵はこの辺りでお開きとしておくか」


 その言い草にカチンときた。

 散々その気にさせておいてしれっとひとを殺してこいなんて言い出すわ断ったら勝手に話を打ち切るわ、いい加減頭にきたぞ。だいたい偉そうにしているがしょせん女ひとりじゃないか。いくら俺が運動不足のおっさんでもその細腕にはさすがに負けねえぞ。

 それに、こっちには今受け取ったばかりの切り札がある。


「なに勝手に仕切ってんだよ」


 俺は黒いリモコンを女へと向けた。

 そして突然の反旗に呆気にとられて目を丸くしている女ににじり寄る。


「ははは、自分がひとりめになるとは考えなかったのか?嫌とは言わせねえよ。死にたくなかったら股を開きな」

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