6
時間は昼前くらいだろうか人通りはほぼなかった。
実験対象を選べるような時間帯でもないが、相手の口座に金が入っていないとだめなのであれば少なくとも子供は対象外だと考えたほうがいいだろう。まあ本人名義の口座があってお年玉くらい入っているかも知れないけれど、アテになるようなもんでもない。
しかしどこまで真に受けていいのかわからないが、相手の口座から金が減って俺の口座に金が増えるってもしかして犯罪なのではないだろうか。
不安が込み上げてきてちらりと女のほうを見る。彼女は相変わらずベッドに腰掛けて足を組んだまま面白そうに俺を観察していた。なんだか気味が悪い態度だ。いやまあ正直この女態度どころかなにもかも気味が悪いんだが。やっぱり無視して警察にでも電話するほうが賢いような気がする。
そんなことを考えていると女が無造作に足を組み替えた。すらりと長い脚が赤い薄絹を押しのけつつゆったりと優雅に入れ替わる様子に目を奪われる。
あれ、もしかしてあいつ下着つけてないのでは。
そう思った瞬間萎えたばかりのモノがまた固くなるのを感じ、それを察したのか彼女がにたりと嗤った。
ふたりきりの密室であまりにも気まずくて慌てて窓の外へと視線を逃がす。そこにはスーツ姿の男がアパート前の道路を歩いていた。
ちょうどいい、サラリーマンなら給料も貰ってるだろうし貯金もないわけじゃないだろう。俺は部屋の中から路上の男へリモコンのような物体を向けると、自分を誤魔化すようにカチカチと二回ボタンを押した。
特になにも起きなかった。
光が出るでも音が鳴るでもない。ボタンを押したという手ごたえは確かにあったけれどもそれだけだ。
いまいちスッキリしない気分で振り返ると女は満足げに目を細めて薄笑みを浮かべている。
「よしよし、ようやったタカシ」
「よーやったって、これで本当に金が入ってるのか?」
「口座を見れば良かろう。あの男の口座はともかく自分の口座は確認できようが」
確かに自分の口座を確認すればいいか。しかしその場所からどんなやつに向けてボタンを押したのか見えたのか?まあ確かに男だけど。
俺はパソコンの前に腰を下ろすとウェブバンクを開いた。
“入金1件:20,000円 アリタ ルカ”
目を疑った。
入金時間はほんの2分前でボタンを押した時間と一致している。ところでアリタ ルカってのは、あのサラリーマンの名前じゃないよなさすがに。ということは。
再びベッドへと視線を向ける。
「それはわしの、まあ世を忍ぶ仮の名とでも言っておこうかのう。それらしい名前でないと口座が作れぬでな」
いや本名じゃないと口座は作れないだろ常識で考えて。とにかくあのサラリーマン風の男の口座から金が減ったかどうかはわからないが、俺の口座にボタンを押しただけの金が入ったのは確かだ。まだ二万円だけど。
「その玩具は貴様に与える我が恩恵であり、貴様がわしに捧げる供物でもある」
「供物?」
「贄と言いかえてもよい」
「お、おう…なるほどわからん」
「まあそのボタンを押す行いがわしへの信仰の証となると心得よ」
「俺はもうあんたの信者ってわけか」
呆れた声で吐いたその言葉に、女の笑みが大きく、深くなったのを感じた。
「信じたであろう?我が権能の片鱗を」
どうだろう。俺は信じたのだろうか。確かにこの謎のボタンで金が手に入ったが、逆に言えばネットバンクの金が少し増えただけだ。二万円でこいつが神だと信じるのか?
「まあ、もう少し考えるよ」
とりあえずこの金で寿司でも食おう。俺はネットのデリバリーサイトで普段なら微塵も検討しないくらい高い寿司を二人前注文すると、さすがに不快の限界に達していた下着を替えるべくバスルームへ向かった。
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