5

 我を取り戻したとき彼女は相変わらず俺を見下ろしていた。それはなんというか異性を見る目ではなく、好意にしてももっとこう、なんと言えばいいのかわからない。


「少しは頭が冷えたかのう」


 その言葉に頷いて体を起こし、そのまま座り込む。

 ベッドに腰掛ける彼女が上で床に座り込んだ俺が下。

 なぜかそれが自然なような気がした。


 とりあえず気持ち悪いので着替えたいのだがそれを口にするのはバツが悪い。もじもじとしていると彼女はそれを察した顔をしつつも無視して口を開いた。


「わしは神である」


 どうやらヤバいやつの侵入を許してしまったようだ。見ず知らずの男の家に無断で上がり込んで足コキした若い女がヤバくないのかと言われるとそんなことは全然ないがそれにしてもヤバい。


「おお神よ、帰ってくれ」


 我ながら少し勇敢な発言だと思うが言ってしまった。正直帰って欲しい。そしてなにもなかったことにして俺は寝たい。寝て起きてアプリゲーして寝て起きてを何度か繰り返した頃にはきっとなにもかも夢になっているはずだ。


「当然断る」


 ですよね。


「そもそも貴様、わしが神だと信じてはおるまい」


「それより今なんで汝から貴様に変わったんだ?」


「なんでと言えば無論」


 にたりと嗤う。


「もはや貴様は我が眷属であるゆえに」


 いやいや勘弁して欲しい。頭のおかしい女には関わりたくない。おっぱい揉んだのは悪かったけれども警察に駆け込まれるのとどちらが嫌かと言われても悩むレベルで関わりたくない。ともあれ。


「眷属て…まあ、とりあえずそうだな。神だって言われても普通は信じねえだろ」


 足コキは凄い上手かったけど。いやそもそもひとにされたのが初めてなので上手いも下手も比較対象がないんだが。

 彼女は俺の否定的な肯定に満足げに頷く。


「よい。なんの恩恵もなく神などと宣うても信は得られまい。ゆえにまずは貴様に恩恵を与えよう。我を崇めるかどうかは貴様が決めるがよい」


 そう言って彼女は右手を差し出す。その上には黄色いプラスチック製と思われる楕円形のものがあった。中心にボタンがひとつと、先端にはライトのようなものが付いている。なんというか一言で表すとあれだ。


「ローターのリモコン?」


「なんで人間はみんなそれ言うのかのう」


 純粋に呆れた顔をしていた。


「いやまあなんとなく」


「まあよい。それは貴様に望むだけの富を与える玩具よ」


「望むだけって」


 大きく出たな。五千兆円望めば五千兆円手に入るとでもいうのだろうか。


「望むだけと言うたからには望むだけよ。ただし条件がある」


 お、いよいよ神様、いや悪魔らしくなってきたな。彼女が神だというのは一概に信じがたい、というか人相みてもあまり神様という感じではない。むしろ淫魔とか悪魔といった風情だ。


「その条件ってのは?」


「その玩具はひとに向けて一度ボタンを押すたびに、その者の口座残高から一万円減らす代わりに貴様の口座残高を一万円増やすことができる。つまり相手が必要で貴様がボタンを押さねばならぬ」


「それだけ?」


「うむ」


「本当に?」


「強いて言えば射程が9mしかない。あと相手の口座残高が一万円を切っていたら不発する」


「なるほどそういう話ではなくて他に代償はないのか?例えば寿命とか血とか」


 俺が危惧している内容について察したらしく彼女は鷹揚に頷いた。


「誓ってわしやわしに連なる者が貴様からなにかを徴収したりはせぬ。ただ貴様が相手を選び射程圏内へ入り貴様がボタンを押す。それだけよ」


 本当になにも代償はないようだ。しかしそんなことが実現できるとして、いったいどんな仕掛けなんだ?まったく理解できない。


「まあものは試しよ。そこの窓から路上まで9mもあるまい」


 確かにそうだ。俺はカーテンの隙間から外へと視線を向けた。

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