第13話 希望
携帯をなくしたことに気付いたのは事務所の練習室に着いてからだった。
「携帯をなくした?」
僕の言葉にソウマが驚く。
「ポッケに入れてたはずなんだけど…」
「俺、レンに電話かけてみる~」
ケンがそう言って電話をかけるも着信音はどこからも聞こえてこない。
「やっぱ落としたか、、」
「車にあるんじゃない?マネージャーに電話し」
「え…あ…もしもし…?!ねぇ!誰かでたよ!」
「え?!」
ケンの言葉に驚いて電話を代わってもらう。
話してみると、声の主はどうやら先程僕が傘を持って駆け寄ったあの女性のようだった。
勢いで明日会う約束しちゃったけど、、
「やばくない?」
「いや、僕も今そう思ってた所」
自分に呆れながらケンの言葉に同意する。
自分がアイドルやってる事忘れてた。。。
「マネージャーに頼めば?」
「女の子と2人で会うなんて言ったら黙ってないだろうし、頼まなくても多分行ってくれるよ」
ソウマの言葉はその通りだと思う。
だけど僕はーー
「…マネージャーには黙っててくれない?」
「は?」
「僕が行きたいんだ」
僕の言葉にケンとソウマは顔を見合わせた。
僕はただの香流詩音ではなくてアイドルのレンである事をいつの時も忘れてはならない。
それは十分自覚してるつもりだ。
今までだって常に意識をしてきた。
ずっと練習して成果を得る事だけに全力を注いできた。
そんな僕がこんな事を言い始めたから2人が驚いてもおかしくないだろう。
デビューから7年間ずっと意識してきた事を崩そうとしている。
それも見知らぬ女の為に。
僕ですら驚いてるから当然だ。
そしてそんな僕に2人はーー
* * * *
「…あなたが僕の携帯を拾ってくれた方ですよね?」
変装のせいで顔を隠している僕を怪しむ彼女に慌ててそう言えば、納得したような顔になって、安心する。
仕事帰りなのか、スーツに身を包んでいる彼女はやはり綺麗だった。
彼女の名前は園田めぐといった。
話せば僕と同い年で、よく気が合って話が弾んだ。
僕の正体に気付いてるのかは分からなかったけれどめぐは何も言わず僕と話してくれた。
そして僕は思いきって、雨の中座り込んでいた理由を聞いた。
“浮気”
彼女は一言そう言うとぽつりぽつりと事情を説明してくれた。
それはあまりにも凄惨なものだった。
純粋な彼女の思いを残酷にも踏みにじった最悪な男。
お門違いな怒りを必死に抑えて何と言葉をかけるべきか悩んだ。
ただ泣きそうな顔をして忘れると言い張るからつい泣いていいんだよなんて偉そうなこと言って。
だけどその言葉でめぐの感情の蓋を開けたみたいで。
泣き出すめぐを見て安心した。
僕と話してる間、ずっと我慢して自分の感情を押し殺していたから。
そんなんじゃ、いつか壊れてしまう。
ーーいつかの僕のように。
僕にありがとうと言っためぐは前を向くと言った。
そのすっきりした顔を見て、少しは力になれたのだろうかなんて嬉しく思う。
ーーそれから少し話してから、ダンスの練習の時間が迫っていた僕は、心の中で惜しみながらもめぐと別れた。
媚びられるわけでも恐縮されるわけでもなく、普通の香流詩音として話す事がこんなに気楽だったのかと思う。
連絡先まで交換して、次会うことを約束して。
こんな事、何年ぶりだったかな。
そんな感想を抱きながらも僕は心を明るくして練習室へと向かった。
ーー心の中にあった闇に光が、希望が差し込んできた気がした。
またすぐめぐに会えたらいいな。
そう願った。
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