第179話 放送室にて

 まだ照明のついてない、広々とした一面板張りの大道場を横目に、暗い裏階段を上り、舞台横に位置する放送室に入ると、太った男が振り向いた。


「おはようございます。あれ、ハジメくんと、ええと────」

「おはようございます。同僚の蜷川です」

「ああ、よろしくお願いします、笹ヶ瀬と申します」

「県連会長の笹ヶ瀬さんですね。今日はお邪魔します」


 ちゃんと人が頭に入っているのだ、断じて見物目的などではない。いかにも腰が低いかのように見える振る舞いだが、ちっとも安心できない。

 しかし構ってもいられない。やる事はたくさんある。いやなくても、集中したい。


「早速動かします。手順に変更はありません」

「分かりました。私はまだ準備がありますので失礼させてもらって」

「はい」


 笹ヶ瀬さんが出て行っても、放送室は手狭だ。元々ある機材は動かせず、反対側の壁に長机を付けてパソコンスペースを取っているし、それぞれ人が座るので本当に狭い。

 足元にも電源が置いてあるし、人が来れば全員の荷物が置かれることになる。


「俺は場内散歩して来るよ。真下ちゃん頑張ってね」


 勝手なことを言って手をひらひらとさせ、出て行った。正直ありがたい。


「そのテーブルに座って。外へ出てもいいが気をつけて」

「あ、はい。ちゃんとマスクとか持って来たんで大丈夫やと思います」

「うん」


 パソコンやドローン、監視カメラが接続され、ウグイスがフォローを開始する。

 モニターは後ろの壁一面でオンになった。


「まだ暗いのに良く見えますね」

「うん」


 自動で調整しているんだ。ウグイスが。


「このモニターは主催者と参加者以外を追うが、真ん中だけは試合を映す。君が手伝いをすることは強制しないが、ウグイスの判断でお願いするかもしれない」

「いやあの、何でも言うて下さい。ずっと座ってるだけとか、気まずいんで」

「うん、頼む。これが今日のスケジュールだ。目を通してくれ」


 主催側の試合表と運営スケジュール表、こちらの警備計画表を渡す。

 これで彼の存在も真下の頭から消えた。

 外へ出て、指示。


「ウグイス、死角を把握」


 隅から隅まで小走りにたどっていく。

 自分が見えない場所が死角だ。

 選手が通るところだけじゃない。事実上、記者が入れない場所は、放送室と控え室、試合場だけだ。

 広い大道場にドローンの音が響く。


 ようやくスーツ姿の先生たちが、声を掛け合いながら備品の用意を始めているが、まだ人は少ない。

 ぐるっと会場内外を駆け抜けて、不審に思う。蜷川と合わなかった。

 奴の行動もフォローさせるか……?

 いやいや、限られたリソースをそんなことには使えない。


『マスター、飲み物を買って下さい。ハジメさんの分もです』


 自販機の近くでウグイスが言った。

 そう言えば用意してなかった。混雑の中、それだけの為に外へ出るなんて不合理だ。メロンコーラを二本買って戻った。

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