第178話 同僚

 朝、ほとんど目の開いていないハジメ少年を乗っけて現地へ向かう。市中央部にある県武道館までは1時間ほど、その間二度寝すればいい。

 機材はGATEの手配で、昨日の内に業者が設置してあり、動作確認まで終わっているが、混雑の中で何が起こるかは未知数。だが、できる範囲の想定はしてきた、大丈夫だ。


 この期に及んでそんなことを考えるということは、不安なんだな。

 ずっと負け続けなんだ、らしくないなどと言ってられない。

 やるだけだ。精一杯、やるだけ。


 武道館の地下駐車場に車が停車し、完全に熟睡しているハジメ少年をウグイスが起こす。


『起きなさい!』


 ブーン!! という最大振動のバイブレーションで、ぶるっ! と震えながら目覚める。

 こんな心臓に悪い起こされ方、情操に良くないのでは? と心配になる。

 荷物を下ろして、彼がしょぼしょぼと「おはようございます」と言いながら、下車するのを待つ。


「おはよう」

「おはようございます」

「大丈夫か?」

「あぁ、すいません、大丈夫です」


 ぜんぜん大丈夫には見えないが、本人がそう言うのに否定する訳にはいかない。

 睡眠時間は足りてると信じて、会場へ足を向けた。


 地下とはいうが、ここは大雨時に水没する、広場と繋がっている臨時貯水池で開放感がある。

 地上へ向かう大きな階段を黙々と上がった。


 開場2時間前の正門に、真下より早く入って行く男がいる。

 開けたエントランスでその男はキョロキョロと辺りを見回している────その横顔、あれは────


「蜷川殿? 何故ここにいる」


 振り返った男は確かに蜷川研二、同僚だ。

 彼は窓口で、このような現場は免除されているはずなのに。

 果たして彼はニヤッと笑った。


「手伝いに来てくれたのか?」

「まさか。見物、見物」

「はあ?! よくもそんな────」

『マスター、天邪鬼ですよ、落ち着いて』


 ウグイスの仲裁で頭が空白になる。

 うっかりコイツのペースに乗せられて、ここに来た使命さえ吹っ飛ばすところだった。いけないいけない。


「ハジメ少年、この男は同僚の蜷川だ。見ての通り青少年は近付かない方が良い男だ」

「あらら、ひどい言われよう。ハジメくん、いつも動画見てるよ。よろしくね」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 よく分からないなりに感謝を伝える彼にはとても言えない。その動画を見ている最中、この男がずっとダメ出ししていることなんて。

 ほんと性格歪んでる。


「邪魔だけはして欲しくないな」

「またまた~、俺が有能なの、知ってるでしょ」


 なれなれしいウインクに、真下は白目になった。

 厚かましいが、ある意味真実。全く役所というところは、恐ろしく頭がいい連中が跋扈する伏魔殿だ。どう転がるか読めない。

 返事すべき言葉が思い付かず、真下は無言で大道場へ向かう。

 慌てて後を追うハジメ少年の後から、悠然と付いてくる蜷川を感じて、ため息をついた。

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