ヒーロー

第176話 守らねばならないもの

 全くウグイスにも困ったもんだ。いくら関係者とはいえ、他の人間もいる場所で話すなんて。役人がウグイスの開発をやる訳がないということに、少し考えるだけで行きついてしまう。

 メンバーであることは間違いないけれど、執行者として正しいかというと、やや疑問が残る。今はまだ立場を弱くするべきではない、お調子者め。


 大会の会場は県武道館で、主催は日本中学校体育連盟や全日本剣道連盟、教育委員会などで、例年行われるものだ。

 控え室や小さな練習場はすべて関係者に割り当てられ、去年の情報によると、通路まで塞がるほどのスペースの無さ。

 警備計画もあったものではない、駐車場まで人があふれる余裕のないイベントだ。

 よって選択肢は空中しかなかった。しかも、ドローンをワイヤーで吊る。落下の危険を無視できなかった連盟へのエクスキューズだ。


“目”を確保しても“手”がない。

 今回の事態を招いたのは明らかにこちらで、ただでさえ大人計画で休日出勤を増やしている我々が、更なる人員を求めても、市や県から出してもらえたのは、たった3人。これでは自分を含めても、四隅に立っているのが精一杯だ。

 何処を最終ラインに設定するのかを考えろ、と榎戸に言われてから、ずっと考えている。


 私が何よりもまず、守らねばならないもの。

 それは、滝夜少年個人ではなく、大会自体のつつがない運営だ。

 予定されたすべての試合がちゃんと行われること、参加者が全員安全に帰宅できること、ほぼボランティアで構成される、運営に関わる人々がストレスなく進行できること。

 その中に滝夜少年の安全が含まれる。


 参加するすべての人の目的が守られてやっと、過剰な取材から守るとか、接触しようとする人間を排除するとか、不快な思いをすることなく試合ができる、というような配慮に至れるのだ。

 幸いなことに、会場に集まる半数である中学生全員にウグイスの着用を義務付けることができた。運営に携わる人へのウグイスアプリダウンロード要請は、3割ほどの達成率。監視対象を少しでも減らすことはできた。


 接触を減らすため取材エリアを設け、許可制にして各社一人ずつとした。その窓口を請け負い、途中経過も含めて運営と何度も連絡を取り合った。

 懸念としては、およそ考え得るマスコミには広報したが、そこからもれている者がいないとは言えないこと。当日になって入り口で押し問答は頂けない。ただでさえ狭い会場をやり繰りして取材エリアを設けたのだ。

 また、狭い武道館の入り口は分けようがなく、関係者以外の入場は時間で分けると交渉した。だがこれも、例年受付には遅れが発生するもので、完全な分離とはならないようだ。


 問題はこれらすべてが、運営するボランティアの人々に委ねられるということ。

 彼らは剣道連盟というより、剣道を習い育ち、まるで恩返しのように剣道を子ども達に教えている人たち。剣道に縁を持ち、自分がしてもらったように、子ども達にしているだけの、一般人だ。

 その温かさには頭が下がる。それをサポートする保護者たちも、素晴らしい献身だ。善意でできているようなこの大会の実態を知ったとき、自らの責任を痛感したのだ。

 ────成功させねばならない、と。

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