第167話 愛しかなくて尊い

「うっまそう!」

「はいはい、お茶碗を並べてね」


 綺麗に重ねられたお皿やお椀、揃えられた箸に箸置き。既に並べられた二席分、たぶん師範とハノさんの分を見本として、人数分を並べていく。

 ハノさんは”洋”だけど”和”なところもたくさんある。


「帰りました」

「お帰りなさ~い」


 カランという音と渋い声がして、師範が帰ってきた。

 台所にいたはずのハノさんが迎えている。その顔がめっちゃ嬉しそうだし、師範に触れる手つきがもう、愛しかなくて尊い。


「初めまして、伊野一です。お世話になります」

「ああ、お電話ではご丁寧に。ご自宅と思ってくつろいで下さい」


 前も思ったけど、師範って相手を子ども扱いしない。

 どんな人でも大人に対するように礼儀をもって接する。

 きっと2歳の子どもにだって同じようにするだろう。尊敬する。


 陽太がお茶を注いで回っている(!)のを横目に小猫が席に着き、それを合図におれ達も座る。

 飲み物は陽太担当なのかな。


「じゃ、いただきます」


 師範が手を合わせ、おれ達も唱和する。


「いただきます」


 天ぷらはわざわざ1人分ずつ籠に入れられている。おれは安心して海老から頂いた。


「うんまあい!」


 パリっサクっとした衣に、プリップリの海老!

 テンプレみたいだけど、実際そんな風でめっちゃ美味いんだから仕方ない!


「これ何ですか? 山菜?」


 くるりと巻いていて、なんだか可愛い感じがする。


「そうよ、青こごみ」

「へえ~」

「育ててはるんですか」

「育ててるっていうよりは、自生してるところを知ってるの」

「シソとかミョウガとかは育てるもんじゃないよね」


 畑とか山とかが側にある生活というものは、そういうものなのか。


「夕方は激しい雨が降ったが、降られなんだか?」

「予報が出てたから止めたのよ」

「それは良かった」


 師範はそう言って味噌汁を飲んだ。

 所作が美しいな。見習おう。


「ごめんなさい、俺と滝夜わざわざ濡れに行きました」


 なんで言っちゃうんだハジメよ。


「ほう。何故に」

「雨に当たると痛いって陽太が言うので確かめに……」


 すると師範は笑った。


「はっはっは、そうか、痛かったかね?」

「痛かったです」

「上向いたらしゃべれなかったです」

「はっはっはそうかそうか」


 気持ち良く笑うなあ。憧れる。


「ふふふ、面白いわね」


 ハノさんは、ほんとに可笑しそうなのに上品に笑う。


「明日の朝は足元気をつけてね」

「そうね、気をつけるわ」


 雨の後の山がヤバそうなのは想像できる。


「付いて行こう」


 師範がハノさんを見ないまま言った。

 おおお師範カッコいい!


「あら、大丈夫ですよ」

「あ、じゃあ僕らも行ってええですか?」

「あら、あなた達の方が心配だわ」

「靴ないからね」

「うむ」


 そんなにか。

 よっぽど斜面にあるのかな。


「まあ良い。歩道は滑らないようになっておるし、見るだけなら一緒においで」

「やった!」


 明日の楽しみがひとつ増えた。

 どんな花畑なんだろ。

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