第150話 僕、ここ大好きなんだ

 大した量でもなかった洗い物を終える。

 洗ったそばから母さんが拭いてしまってくれたので早かった。朝湖はテーブルを拭いてくれた。


「なんというか……」


 母さんが言いあぐねて、結局おれの背中をポンポンっと叩いて部屋に戻っていった。

 それでおれは、陽太の部屋に向かった。


「陽太、いい?」


 戸の前で足下を見ながら聞いた。

 なんて話したらいいかはまとまらないまま。


「どうぞ」


 いつもの、のほほんとした声にちょっとほっとして、戸を開ける。

 陽太はうつ伏せに寝てた。


「あ、ゴメン」

「いーよ。寝る訳じゃないから」


 ぱたばたと足をバタつかせる。

 かわいい。


「なんか、あんなこと言わせてゴメン」


 おれが拗ねたりしなかったら言わなくて済んだはずのこと。


「言おうと思ってたから。滝夜には」

「えっ……おれ?」

「うん」


 うなずいて陽太は仰向けになった。

 天井を見ながら大の字になる。


「たくさんの友達と付き合える体力はないんだ。一人でいい。でも、みんなとワイワイした思い出も欲しかった」


 まさにワイワイした。楽しかった。


「めっちゃ楽しかった。でも何人かはまた来るって言ってたよ?」

「うん、嬉しい」


 にんまりした顔も、童顔過ぎて可愛いしかないな。


「僕、ここ大好きなんだ。自慢したかった」

「うん。すげえ良いところだよな。温泉とか」

「女湯見えた?」

「軍曹が登ろうとしてた」

「わはっ!」

「みんなで必死に止めた」

「ははは」

「咲良が声かけてくれて、なんか大人しくなったり」

「明るかったら、見えるポイントがあったんだよ」

「マ・ジ・で!!」

「う・そー」


 笑った。


「あ、そうだ。滝夜の部屋はどこがいい? お母さん達の隣も空いてるし、もしお母さん達帰るならその部屋でもいいし」

「あー、大部屋過ぎるもんな、せっかく掃除したし。って言うか、母さん達帰る時おれも帰るよ?」

「あれそうなの? 大会までずっといるって聞いてるけど。その後も場合によって」


 大会まで? 一週間はあるぞ?


「母さん達も?」

「ううんお前だけ」

「母さん達は?」

「なんで僕に聞くの?」


 そりゃそうだ。

 なんとなくおれが想像してただけだった。いや、もしかしたらそんな話してたのかもしれないけど、おれが聞いてなかったって可能性もあるけど。


「滝夜はぼんやりしてるね、ははは」


 コイツに笑われるのはなんだか釈然としないが、言い返すこともできん。


 ちょっと聞いてみるって、おれは一旦母さんのとこへ行くことにした。


「陽太くんどうだった?」

「うん大丈夫……だと思う」

「そう。デリケートな話だからうかつにはできないけど、心配しちゃうわね」


 どんな病気? なのかどれくらい時間があるのか、聞く訳にもいかないし。

 でも、おれにできることはしようって思うから、簡単なことから話してみよう。


「ところで母さんいつまでいるの?」

「明日帰るけど?」

「おれは?」

「……また話聞いてなかったわね……?」


 ゴゴゴゴゴ……


「滝夜だもん無理だよ」

「ソッカーザンネンネー」


 表情が死んでる。そして朝湖余計なこと言うな。

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