第146話 文学女子語彙力崩壊

 長い石段を二人は面白げに登って山門に着いた。

 それから申し合わせたように振り返る。


「ほんと、凄い」

「でも雲の彩りはないね」


 え? 何? こっからの景色のこと?

 動揺するおれに、服部さんがスマホの画面を見せてくれた。


「シェアしてくれたの」

「咲良だけに見せたんだって?」


 クスクス笑う。

 なんてこった、話したのか咲良!


「自慢げだったよ~? だから無理して来たんだって。良かったね」

「顔赤~い」

「やめてよ……」


 からかわないでお願い。

 くそう恥ずかしい、嬉しいけど!

 あの後、女子はそんな話してたんか……それって恋バナ?

 いやおれらは恋なんてもんとは程遠いし、違うけど!

 たぶん!


 寺の境内で二人は立て看板を読んだり、隅の小さな建物に寄ったり、本殿の中もちゃんと興味深そうに見て回った。


「お寺好きなの?」

「好きだよ?」

「歴史も好きだし、仏像も好きな方」

「資料だと思えば勉強になるし」

「ね~」


 おおう、意見が完全に一致してる。


「稽古はどこでするの?」

「裏手に道場があるんだよ」


 話の流れで歩いてたら、箒を持った作務衣の男が淡々と掃除しているのが見えた。


「────って、あれ?」

「なに?」

「あれ、師範じゃないかな」


 恐ろしく端正な佇まい。間違いない、師範だ。

 しかし声を掛けていいものか?

 仕事中だよな?


「すみませ~ん」

「ってオイ!」


 遠慮しようとしたおれの気持ちと配慮を無にするな!


「山田くんのおじいさまですか?」

「滝夜くんの師範さんですか?」


 作務衣の男は手を止めて彼女たちを見た。


「左様。お友達かな? いつも孫が世話になる」

「ひぃあああ……」

「ほわあああ……」


 突然言語を忘れ異音を発する二人。

 そうだカッコイイだろう!

 おれのドヤ顔には見向きもせず、二人はテンションMAXで握手してもらい、あれこれ質問しては異音を発している。


 なんだよ芸能人かよ、他の女子と変わらんな!

 やがて師範が切り上げたと見え、二人がおれを振り返る。


 たたーっと目をつぶって走ってきた。

 ぷはあ! と貯めた息を吐いてしゃべり出す。


「イケおじ!」

「カッコ良す!」

「うんうん落ち着いて」


 同意には吝かではないが、おまえら普段の態度はどこ行った。


「はあ~イイもの見た」

「また来よう絶対」

「うん絶対」


 そんなに?!

 女子中学生をトリコにする魅力……師範、侮れない。御年いくつなんだろう?


『滝夜さん』

『清さん』

『萌子さん』


 それぞれのウグイスがおれ達を呼んだ。


『そろそろ戻りましょう』

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