第145話 本を読まないことは、重罪よ
「本好きなんだね、二人とも」
「うん。なかったら生きていけない」
「それな」
大げさって思ったのに軽い同意。堅そうなのに、それな、とか言うんだ。
「仲良くなったんだね」
「同志」
「マジか」
何の同志かは聞かない方が良さそう。
「趣味がわたしを生かしてる。それは全然不思議じゃない」
「それ以外の全てはどうにもならない世界。だから自分の中に自由を持つの」
「難しいな」
簡単には理解できない感じ。
「難しい? どうして」
心底意外そう。
「想像上の世界を体感したことないのでは?」
「まさか。本や映画見て感動したことないの?」
「感動……」
泣いたり? とかはないな。
楽しいとか面白いとかは違うよね?
感動とやらのありかを探してるおれを見て、ふたりは眉をひそめる。
「ええ~」
「ドン引き」
そんなヤバいこと?
「えっちょっと待って、それは感動自体をしたことがないの? それとも本とかではないってことなの?」
物理的に歩くのを止められてまで重要な話なんだ。
「感動がどういう状態を指すのかが曖昧かなって……」
言い訳みたいに聞こえるおれのセリフに、いちいち顔を見合わせないでくれ。
「感動とは。エンディ」
『ある物事に深い感銘を受けて強く心を動かされること、美しいものや素晴らしいことに接して強い印象を受け、心を奪われること』
モコちゃんのものと思われるウグイスが答えて、ふたりはおれを見る。
その無言の圧×2、心拍数上がるからやめて。
「感動くらいするよ、人間なんだからさ……」
「じゃあリアルでないものでは無い、と」
「いや、あるよ。あるって。ただ泣いたりとまではちょっと無いってだけで」
言い訳みたいに聞こえるおれの返事に、再びふたりはうなずき合う。
「じゃあ出会ってないのかも」
「導く必要があるかも」
「いやいやいやいや……」
「何か問題でも?」
「なんでそーなるんだよ。おれが本読んでないってことは本当だけど、それっていけないことか?」
だいたい今どき、本読まないって人はいっぱいいる。
本は大量の時間を消費しないと摂取できない情報だし、あらかじめ時間の分かる動画とは違う。
できるだけ簡潔に、欲しい情報を手に入れたいって潮流には完全に逆らうコンテンツだ。
電子なら大丈夫だけど、二人が読んでたのは紙の本だったし、それなら荷物になってかさばるって弱点もある。
圧は強まりこそすれ弱まる気配はない。
服部さんは世界の真理でも告げるような顔をしておれに言った。
「本を読まないことは、重罪よ」
マジか。
「それを証明してあげる。これ貸してあげるから読んで」
差し出される、モコちゃんの持ってた本。
黙って受け取るしかない。
「大丈夫。読んだら分かる。そういうものだから」
ニッコリ。
朝日にキラリと、初めて見たモコちゃんの笑顔。
そして再開された歩行にちょっと安心。
行く気ないかと思った。
「だって布教しなきゃねえ」
「ねえ。せめて周りの人くらいはねえ」
宗教か。
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