第97話 なんて言えばいいか分からない

 家には問題なく帰ることができた。

 こんなに重い気持ちで、とは全く思っていなかったけど。


「おかえりマンボウ」

「……ただいま」


 玄関で荷物を下ろし、トイレに入る。


「……」


 別に催した訳じゃない。なんとなく、お腹もどんよりしているし……


 実感はなんもないのに、変なプレッシャーだけがじりじりとお腹を押してくる。

 あの記者は猪瀬くんの家で見た雑誌の記事みたいに、おれの名前を書くのか。

 斜めに太く四角い文字で、でかでかと。


 ……やっぱり現実感ないな、ありえない。

 そういうのとは無縁なんだよ、関係ないの、ただの男子中学生なんだよ!


「あ~ワケわかんね」


 ボソッと呟いてしまう。

 もやもやしてるけど、トイレを出る。そのまま二階に上がろうとしたら、呼び止められた。


「滝夜さん」

「……」

「ちょっとおいで」


 もの凄く気が進まない。

 でも振り切る元気もなくて、のろのろと母さんのところへ行った。


 顔が見れない……


 母さんが、一拍おいて口を開いた。


「何があったのか言ってごらん」


 あー、これは逃げられないやつだ。

 言いたくない。

 言わなくちゃいけないのか。

 言わないといけないとして、なんて言ったらいいんだ。

 おれが黙っている間、母さんはじっと待っていた。じっとおれを見ていた。

 何も言わずに。


 なんて言えばいい?

 おれが雑誌の記事に書かれる?

 それじゃ分からない、咲良の相手────おれが咲良の相手で、それが記事になるって……、なんか危機感がないな。すごい! とか、羨ましい! とか……この感じてる閉塞感とはかけ離れてる。

 説明すればいいのか、最初から。

 どこまで? どこまで話せばいい?


「なんて言えばいいか……」


 絞り出した言葉は、それだけ。

 後、続かない────


「よし」


 うん、と母さんが言った。


「じゃあわたしが知ってることを言おう。

 まず、滝夜さんは大人計画で女優の花野咲良ちゃんの相手になったね」


 げ。

 母さん、知っていた。


「それから、同じクラスの伊野一くんが報道系ユーチューバーになった」


 そこまで……!

 でも驚くのは早かった。


「雑誌やネットで、花野咲良ちゃんのお相手は? とかいう煽り記事が出て、その記者があちこち探した挙句、伊野一くんにも接触した。

 伊野一くんは止めようとして、記者は探ろうとして、今日対決することになった」

「……」


 全部知ってるじゃん。

 どういうことだよ……


「心配だから。何もなければ口を出すことはなかったんだけどね」

「うん……」

「滝夜さん、自分の手に余るようなことが起きたら、周りに助けを求めて」


 ちらっと見たら、しっかりおれの目を見てる。超真剣モード。

 ちょっとたじろぐ。

 分かってる。分かってたんだ。

 でも、何て言えばいいのか、どうやって言えばいいのか、分からなかった。分からなかったんだよ。


「ごめん」

「うん。上手く言おうとしなくていいんだよ。ただ、SOSを発してちょうだい」

「……分かった」

「よろしい。じゃあまとめるね。

 まず、記事が出てしまっても、悪いことが起きるとは限らない。騒がれることはあっても、それが悪いこととは限らない。ね?」

「うん」


 確かに、うるさいかもしれないけど、それだけなら別に、大したことないかも。


「それから、ウグイスちゃんは滝夜さんの味方なんでしょ? 必要な情報はくれるし、助けてくれる。それから、大事なこと」


 母さんは、おれの肩に手を置いた。ぎゅっと押さえるように何度も掴む。


「わたしも味方。送り迎えだってするし、必要ならモンペにだってなってあげる。だから」


 母さんは笑った。


「大丈夫だよ」


 ああ……

 そうだな。

 言ってみれば、まだなんも起きてない。

 今から気に病むのも馬鹿らしいよな。


 少し、救われた。

 知らないふりしてたってことは、許してやろう。

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