第69話 自己紹介とか知らなかった

 ♪ぴんこん


『次、止まります』


 バスも電車も、座れるなんて考えない方がいいものなのかも……

 おれは不安定な足場で、バスが揺れるたびにふらつきながら、つり革という名の命綱にしがみついている。


 バス、電車より揺れる。

 めっちゃ揺れる。不規則に。

 どうやってふんばれば他の人みたいに平然と立っていられるのか、謎……謎ぉう!

 ぐぅっと揺れて、後ろの人にもたれてしまった!


「す、すいません!」


 とっさに謝ったら、その人は何にも言わずに、うんうん、と頷いた。


「つかまるのは、棒か椅子がいい」


 眠ってるような目をした、タレ目のまゆがぽってりしたおじさんは、うんうん頷きながらそう言った。

 やってみたら、なるほど安定する!


「ありがとうございます」


 どこかで見たようなおじさんに、ぺこり。


 ♪プー!


『羽黒~です』


 バス停に止まると、人がわずかに移動する。降りる人は数人、乗ってくる人も数人いるみたい。

 しかしバスって不思議だな。

 自動車乗るときはしつこいくらいシートベルトを要求してくるのに、バスは立っててふらふらしてても放置なんだから。


「あれ、滝夜くん」


 いきなり名前を呼ばれて振り返る。


「────服部さん!?」

「お久しぶり」


 スッとした一重まぶたのクールな表情、ハジメの相方の服部さんだった。

 白いハンカチを出して、取っ手につかまる。優雅だな。

 しかし、普通に名前呼ばれたなぁ……直接話すの、初めてなんですけど。


「お久しぶりです……」

「知らないと思うから言うけど、清しと書いてきよいです」

「あ、よろしく」


 うん、知らなかった。


「滝夜くんで良かった。アイツとか依頼りらとかかなでとか都とかマコとか七瀬とか小猫だったらどうしようかと思った」


 ずらずら出てきたぞ……

 マコと小猫以外、誰だかわからん……

 アイツ、は、絶対アイツだろうけど。


「あれ、名前知らないんだ。わたしはあんまり言わないから他の子も知らないんだけど」

「────知らない。苗字なら、少しは……」

「うん、アイツ……はいいわ、りらは二本田依頼、泣いてたヤンキー、かなでは小林奏、コイツもヤンキー、都は住吉都、ぽっちゃりの子、マコはわかるよね、七瀬は八嶋七瀬、遅刻してた、小猫は妖怪。宝小猫」


 あ、小猫は妖怪だよね、常識的に。


「滝夜くんは休憩時間いなかったもの、仕方ないわ。自己紹介したり、お弁当食べたり、アイツ撃退したり、色々あったの」


 いたかったな、その場に。面白そうだ。

 でも、きっと今回も、おれと咲良だけ別なんだろうな。

 なんだかさみしい。


「みんな仲良くなったんだね」


 いいなあ、と言おうとした。


「は?」

「は? え?」


 怒った?

 おれの心臓がバクバクし始めた!


「仲良い訳がないでしょう? 話聞いてた? 一緒のバスに乗り合わせたのが、滝夜くんで良かったって言ってるのよ? 嫌いに決まっているでしょう」

「嫌いなんだ……」

「大嫌い。ま、そういうことを口にするのはほどほどにって言われてるから、いつもは言わないのよ?」

「察しが悪くて申し訳ありません……」


 誰に言われているかは分かったけど、もっと察しの悪い奴にはなりたくなかったので、言わなかった。


「どうして嫌いなの?」

「ちゃんとしてない人は嫌いなの。節度を持ってきちんと話ができるまともな人じゃないと」


 そう言われれば、名前の上がったのはやや外れるかな? でも言うほどじゃないと、思うけど。


「住吉さんはまともじゃないの?」

「何でも受け入れてる時点でアウト」


 たしかにいつもニコニコしてるけど。相方江口でも笑ってるけど。


「分かってる、潔癖過ぎると言いたいんでしょう」

「向こうは服部さんのこと、嫌いとは言わないんじゃないかな」


 はねつけちゃうのは、もったいないと思うけどな。


「人のキャパはそれぞれでしょ? わたしが小さいからってそれは悪なの?」


 悪か? そう問われれば悪ではないと言うしかない。

 悪くない。それは仕方のない部類に入る。


「そう言われてみるとそうだな」

「無理して広げる努力はしない。でも攻撃的にならない努力はしてもいい。この違い分かる?」

「分かる」


 服部さんは至極真っ当なことを言ってる。


「そうやって整理がついたの、最近だから、偉そうなことは言えないんだけどね」

「いや、潔いと思うよ。おれなんか全然中途半端で」


 まだ何にもない宙ぶらりんのふらふらした14歳だ。

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