第70話 まぶしいのは、夏の朝の光のせいじゃない
♪ポン
『次は~八千代橋』
「あ、押さなきゃ」
ちょっと慌ててボタンに指を伸ばすと、服部さんの指とぶつかった。
「ごめん」
「ごめんなさい」
改めておれが譲られて、ボタンを押す。
♪ぴんこん
『次、止まります』
さて、いよいよだ。
バス停に降りたおれは、周りを見回す。
輝夜何て言ってたっけ?
確認しようと腕を見るのと、「歩道橋を渡るって言ってたでしょ」と言われるのと同時だった。輝夜の方も同じような文面が表示されてる。
ハイハイ。
「おはよう、久しぶり!」
歩道橋を降りる階段から、そう言って片手を挙げる佐藤くんが見えた。
佐藤くんて、スポーツマンぽい。爽やかだ。
「はよ! 元気?」
「元気元気。服部さんと一緒に来たの?」
「バスが一緒だった」
「なる。俺地下鉄で来たから」
言われてみれば、彼の後ろに駅の入り口がある。
そこへ、
「みんな久しぶり~」
「お先にのう~」
高級車の窓に、どこかで見たようなのんびりした顔が二つ、流れて行った。
「あ~、車で来ちゃダメだって言われたのに~」
佐藤くんの子どもみたいな指摘が笑いを誘った。
「送ってもらわなきゃ来れないんだろ……妖怪だから……」
「そっかー」
「妖怪だから仕方ないよね~」
「妖怪だもんね~」
その妖怪自動車が去った方向が行き先だと思って、安心して歩き出す。するとすぐ肩をつかまれた。
「おいそっちじゃないぞ」
「もう見えるじゃない、ほら」
「あ……」
おれには色んなものが見えてない。
服部さんが示す方には、可愛らしいカラーリングの屋根がのぞいていた。
「屋根しか見えてないけど、分かるでしょ普通」
ごもっとも。
「ストリートビュー見て来なかったん?」
ええ、行けば分かるとしか思いませんでした。
「あら、マナじゃない」
服部さんがちょっと先を歩いていく大きな女子を見て言った。
「中村愛菜。話しかけるならちょっと配慮がいるけど」
後ろ姿の丸いシルエットはよく覚えてる。確か、おれ、咲良、細川くん、中村さんの順に座ってた。
直接話した記憶はないけども。
しかし今の彼女は頭部のセキュリティをガチガチに固めていて、おれの記憶では、そういう印象はなかった。
ヘッドホンとかゴーグルとか、ひっつめた髪とか、暑くないのかな。
「あんなだっけ?」
「仕方ないのよ、世の中はうるさ過ぎるんだもの」
流行りの曲の歌詞みたいなセリフを吐いて、服部さんは涼しい顔をしてる。
「どういうこと?」
「知らんのか」
「ああ、知らないのね。彼女は神経発達症なの」
神経発達症……?
そうだったのか。
神経発達症については予習動画にあった。
小さな子どもの頃の話だけど、どういうものなのか、どうしたらいいか、その将来的なものについても。
身長や体重がみんな違うように、運動や勉強に得意不得意があるように、人間の成長はグラデーション。だから本当は、はっきりしたボーダーなんかないんだ。
ただ、そのままだと生活するのに支障があるのを、その状況に合わせて必要な分だけ手当てする、そんなイメージだったけど。
「まあ、珍しいことじゃないよね。あ、有沢さん!」
服部さんは彼女を見つけると走って行ってしまった。
武士は好きなんだ。分かりやすいな。
「服部さんて、意外とよくしゃべるんだ~」
「意外だよね」
有沢さんと歩く服部さんを見ながら佐藤くんと笑った。
「俺、女子わりと苦手でさ~、どっちかっていうとあの二人みたいなはっきりした人のが良かったな」
佐藤くんの相方は、確か泣いてた子だ。二本田さん。
「おれも何話していいか分かんない」
「サッカーの話してもどうせ通じないだろうし」
「サッカーやるんだ。部活?」
「いやクラブ。マジでやってるから余計に変なこと言われたくなくて」
「真剣なんだ。すごいね」
「好きだから。べつに」
ここにも好きなことを、一生懸命にやるやつがいた。
まぶしいのは、夏の朝の光のせいじゃない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます