第66話 誕生日おめでとう

 数日後。

 急に輝夜が言った。


『咲良さんからメッセージが届いてます。読み上げますか?』

「えっ? 咲良から? えっ、本当に?」

『本当ですよ。でも、予習を進めてくれないと伝えられませんから、早くやって下さい』


 どんな新手の催促だ。


『滝夜さんったら、やっと読み始めたと思ったらまた放置するし。まだ生まれたとこじゃないですか、育児はこれからですよ!』

「ああ、うん、ごめん」

『このメッセージだってずっと前に預かってたのに、いつまで待っても届けられないし』

「すぐ教えてくれればいいのに」

『滝夜さんが動画を見たら、っていう指示だったんです』

「何でまた」


 あやつの考えることは分からん。

 そうつぶやきながら、心臓はドキドキが止まらないことに気がついて、余計にドキドキするような気がして胸を押さえる。


「え、つまり見たらいいの?」

『そうです』


 慌ててサイトを開き、【~5歳】をタップすると、うさ衛門先生が出てきた。

 懐かしい。


『ここからはショートドラマ、途中で止めても続きから再生される。

 もう一度見たいときは下にサムネイルがあるから利用しよう』


 動画画面はおれのスマホ画面いっぱいだったので、言われなきゃ分からなかった。

 下にスクロールすると、言われた通りのサムネが並ぶ。


 ■ 誕生日

 ■ 入院生活

 ■ 帰宅

 ■ 里帰り

 ・

 ・

 ・


 戻ると続きが再生される。

 アイキャッチ的に、うさ衛門先生がタイトルを見上げてる。


【誕生日】


 すぐ切り替わってまん丸いでかいものがアップで映って、画面が引き、それが女性のおなかだと分かる。つまり出産シーン。

 看護師さんが両手を握ってぷらぷらしてる。


『はい、力抜いて~』


 おなかの表面が、ギューっと縮まっては弛緩する。服ないからイメージ映像かな。


『今!いきんで!』

『~~~!』

『上手!もう一度!』

『~~~!!』

『ホアァホアァホアァ』

『はい生まれましたよ~』


 血塗れの赤ちゃん、処置を施されてお母さんのところへ抱っこ。

 その時────

 そこからつながる通路の先で、パパと思われる男性は、爆睡中だった。


【入院生活】


『おっぱいマッサージしますね~』

『痛い痛い痛い!』


 その部屋の外で、母親と思われる女性に怒られるパパがいる。


『まさか朝までぐっすりなんて思わないでしょ?! 紗英さんに何かあったらどうするの!』

『や~、ちょっと酒入ってたからいつの間にか……』

『は?! あなた飲んでたの?! あり得ない!』


 また部屋に戻ると赤ちゃんにおっぱいを飲ませている。


『はじめは上手に飲めないけど、吸わせることで出るようになるし上手になるからね』

『はい……』

『両方五分ずつ吸わせたら、人肌に戻してからあげてね』


 小さな哺乳瓶がテーブルの上で待っている。


【帰宅】


 医師が言う。


『黄疸が……』


 オムツを替えている。


『足折れそう……』


 見舞い客たち。


『うわぁ! 可愛いー!』

『あははは……』


 疲れた笑い。


『意外と重い……』

『重くない重くない』


 ガーゼをかけて湯に入れる。温度計が見える。

 入院生活は、新米ママが赤ちゃんの世話を勉強する。そして、母子共に体調を整える時期。


『ちょっと出血が多くて入院伸びた……』

『同じ日に生まれた人がいつの間にかいないんだけど』

『夜中に救急車来て……』

『体重が増えない』

『おっぱい飲んでないみたい』

『今のうちに寝ておきなさい』

『家に帰ったら眠れないから』


 色んなことがあり、心配は尽きない毎日が、瞬く間に過ぎる。


 そして退院。看護師さんが送り出す。


『がんばり過ぎちゃダメよー』


 家のドアを開けると、そこには……

 カップラや弁当のゴミ、脱ぎ散らかった暗い部屋が待っていた────


【里帰り】


『あんた里帰りしないんじゃなかったの?』

『あんな汚い部屋で子育てできるか!』

『ウチがもうちょっと広かったらいいんだけど』

『……ごめん』


 深夜、赤ちゃんの泣き声。


『ええと、人肌……あつっ!』


 ミルクの用意をして飲ませ、おっぱいを飲ませ、げっぷをさせ、オムツを替え、寝かせて片付ける。

 うつらうつらしたかと思ったら、同じことの繰り返し。


『────眠れない!』


 無理矢理押しかけてるから、薬を飲んでいる親に、夜中のミルクを代わってとは言えない。

 他の家事はほとんどしてもらっているのに、どうしてこんなに辛いのか……!


【辛い】


『こんにちは~。保健所から来ました~』


 ドアから明るい光が差した。


『お話聞かせて下さいね~。辛いことない?』


 ありませんよ、と言おうとしたのか笑顔を作った彼女は、急に顔をゆがめて泣き出してしまった。


『うんうん、赤ちゃんは何もできない。

 でもお母さんも初めてのことだから、できなくて当たり前なのよ。

 そしてね、人間は眠れないのが本当に辛い。

 わがままじゃないのよ、夜中、時々代わってって、言っていいのよ』


 そして彼女は電話した。


『帰るわ。子どもの面倒見るのは、二人の役目だから。

 掃除も世話も、命を守る為だから。やらないとかないから。

 それが守れないならあんたパパじゃないから』


【成長】


 赤ちゃんのつるんとした肌の顔、

 小さな腕や足を動かす様、

 色んなところを見る綺麗な目、

 泣きそうになる表情、

 号泣しているところ、

 ミルクを飲んでうっとりしてるみたい、

 眠る瞬間の無防備な姿、

 暗い中ではじまる夜泣き、

 小さな明かりでするオムツ替え、

 ぷくぷくした手や足を口にする仕草、

 少し大きくなって笑う、笑顔の可愛さ、

 動きが大きくなり寝返りをする、

 少しずつ移動している、

 どんどん移動する、

 手に触れるものを食べる、

 小さな口にちょこんと生えた歯、

 移動できなくて泣く、

 寝落ちする、

 座る、

 離乳食を食べる、

 主張する、

 捕まり立ちする、

 できると満面の笑みで喜ぶ、

 捕まり立って移動する、

 歩く────


『誕生日おめでとう~』


 小さなバースデーケーキはまだ食べられない。

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