第67話 咲良からのメール

 画面を閉じて動画を止めた。


 なんか、こう、赤ちゃんって可愛い!

 あんな風に、喜怒哀楽っていうか、はっきりストレートに笑うんだ。

 そりゃ可愛いよ。


 泣く時も本当に悲しそうだし、分かりやすい。

 リスクの話ばっかりだったから、子どもって億劫なだけのものかと思ったけど……

 何にもできずにただ泣いているだけだったのが、一年で歩くところまでできるようになるのか……

 すごいなあ。


『咲良さんからのメールを再生します』


 あ、完全に忘れてた。

 そう言えばそうだった。

 再生?


『生まれたての赤ちゃんは、本当に何にもできないって、知ってた? わたしは知らなかったよ! おっぱいを飲むのもへたくそで、眠くても眠れない、息をすることすら上手ではないって、わたし、よく生きてたなって思ったよ!

 お父さんやお母さんに何でもしてもらって大きくなって、少しずつできることが増えてった。あなたもわたしも、みんなそうで、全員とても手をかけてもらってここまできたんだね。親になるってすごいね!』


 えっ?

 これ、え?

 メール……?

 これ、営業用なんじゃないの?

 おれ一人に向けて言ったとは思えないんだけど……


「これがメール?」

『これもメールです』

「も?」

『滝夜さんがちっとも予習しないって言ったら、じゃあこのメールの後にして、と言われたので』

「じゃあ、他にもあるってこと?」

『ええ。お届けできて嬉しいです』


 それはお待たせして申し訳ございませんでした……


『じゃあ咲良さんのメールを送りますね』

「お願いします」

『どうだった? わたしの先輩がお母さん演じてるんだ。全然知らなかったからびっくりしちゃった! 先輩、上手いんだよな~、こう、一瞬しか映らないのに、その演技がさぁ……』

「ちょ、ちょ、ちょちょちょ……」


 いきなり矢継ぎ早にしゃべられても。

 そんな、昨日も会ってたみたいに。

 まるで、友達みたいに。


『っていうか、どういうことよ! なんでまだ予習やってないのよ!

 そんなにやる気ない奴だとは思ってなかった! ガッカリよ!』


 ガーン……


『でもまあ、これ聞いてるってことはようやくやり始めたってことだから、許してやんよ。でも今からちゃんとやらないと、今度会った時お仕置きだからね!』


 ……怖ぇ

 お仕置きヤバイ。

 やろう。

 真面目にやろう。

 お仕置きだけは勘弁して……


『返事、お届けしますよ?』

「……」


 とてもあのテンションで返事なんかできないぜ。こっちは怒られてんだ、凹んでんだよ。


『滝夜さん?』

「あ、うん、後で……」

『ええ~!? 咲良さんずっと待ってますよ? 早く返事してあげましょうよ』


 待ってる?

 ホントに?

 うう、そんなこと聞いたら何か返事せずにはいられない気がする……


「えっ……と頑張ります!」


 と、それだけじゃまずいか。


「それから、先輩すごいね! じゃあまた!」


 よし、返したぞ。

 安心してトイレへ行った。


 部屋に戻ったらいつものおれの部屋で、とたんに落ち込んだ。


 ばかな奴。

 こないだ決心したばかりじゃないか。

 今度こそ普通に、友達として、しっかり向き合って話すって。

 相手はちゃんとそうしてくれてるのに、どうしておれって奴は……


『咲良さんから電話ですよ』


 ビクッ!


『つなぎますねー』

「わ、ちょ、え、わあ」


 輝夜の有無を言わさない態度、どうかと思うよおれは!


『たーきーやー!!』


 ギャー怒ってる!!


「ささささ咲良さん、お久しぶりですね……」


 てかよくこの時間に聞けたな。今日はヒマなんかな。


『よくもこんなテキトーな返事できたわね!! このわたしに!! あんたの相方の、このわたしに!!』


 あ……

 怒られまくってるのに、感動してしまった。

 これはもう、おれ勘違いしちゃってもいいのかもしれない。

 咲良と友達だって、もう勘違いしちゃっても。


 とてつもなく痛い野郎なのかもしれないけど、外から見たらヤバい野郎かもしれないけど、とんでもない奴なのかもしれないけど。


「うん、ごめん。ありがとうメールくれて。嬉しかった」


 だから素直にこんなこと言えた。


『分かればよろしい!』


 笑顔が、見えるような気がした。


『で、どうだった?』

「え? ああ、先輩?」

『そう。おんなじ大人計画関連のオファー受けてるのに、一言もナシよ。まあわたしも言ってないけど』

「そうなんだ。演技のことはよくわからないけど、自然だったよ。そういうお母さんだと思った」

『うん、先輩すごい。ところで誰かと連絡とったりした?』

「あー、最近してないな。動画出たとき、ハジメとは話したよ」

『ハジメくんね。すごいわよね、彼も』


 あれからいくつも動画アップして、全部がバズって、ニュースになって、インタビュー受けて。


『今度テレビ出る』

「マジか」

『真面目なやつ。彼は記者になりたいみたいだから、そういうの以外は意味ないって言ってた』


 そんな話、したんだ。

 意外と仲良いんだな。


『わたしも他の子には、なかなか連絡できなくて。ちょっと気を遣わせちゃうかなって』


 おれには気を遣わせても良いと??


『みんなどうしてるかな~』

「早く会いたいな」

『うん』


 自分でも意外だけど、全員の顔思い浮かべて、全員と会いたいって思う。

 なんでかな。不思議だな。


『じゃあ、またね! ちゃんと勉強してね!』

「お仕置きコワイからやるに決まってんじゃん」

『お仕置き、何にしようかなあ』

「ヤメテ~」

『アッハハハ!じゃまた今度。バイバイ』

「バイバイ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る