第55話 不審者
「お疲れっしたー!」
挨拶して着替え、帰り仕度をする。
始まる前にも謝ったけど、改めてもう一度。
「昨日ごめんな」
「いいよ~。今日は?ヒマ?」
「あ、ごめん、今日誕生日だからどっか行くかも」
「おー、誕生日かー」
「おめー」
「知らんかった、なんも用意してねえ」
「別にいいよ、ありがと」
「そういや誕生日知らんな」
「何月?」
「オレ9月」
「1月」
「明日やろうぜ」
「じゃあ吉田んち?」
「メローズ行こうぜ」
「いーねー」
「じゃ明日な」
「おう」
彼らが帰った後、慌てて武道場に来た教師が声を張り上げた。
「久我~、おらんか~」
誰もいず、戸締まりも終わっているのを確認する。
「おらんのか~、しゃあない、折り返すかぁ」
おれんちは比較的田舎なので、中学があるあたりには住宅しかない。家から駅の方へ行けば店もあるが、基本のんびりとした住宅地だ。
通学路を通れば家までだいたい10分くらい、走ればもっと早く行ける。
師匠の家は少し外れて、住宅と住宅の間の、入り組んだ狭い道を歩いていくと、大きな木に隠れるようにして建っているのが見えてくる。
「あれ?」
この辺じゃないかと思ったけども……
「?」
木がない。
大きな、名前も知らない木がない。
ここに二本、生えていたのに。
「……」
あの和風な感じの家がない。
小さく見えて、道場が奥にある……
代わりに、決して新しくはない見知らぬ家が建っている。
────間違えたのか? おれ。
いいや、違う。間違える訳がない。
何度も来た道だ。
どうして────
「どうしたの」
突然背後から声をかけられた。
ちら、と振り向くと、知らない男。
親しげに近づいてくる。
「この辺の子?」
動きがスマートで都会っぽい空気を漂わせてる。精悍とも言える顔が、しゃべると口もとが歪むせいで下品に見えた。
「迷子? 一緒に探してあげようか」
怪しすぎる!
第一おっさんだってこの辺の人間じゃないだろ!
「そのジャージ、的場中学?」
誰から見ても所属のわかる制服文化、廃れそうになりつつ残っている訳だけど、やっぱ間違いだと思う。
おれは無意義にじりっと後ずさった。
そして男はゆっくりと近づく歩みを止めない。
「君さあ、こないだ『大人計画』に参加した子、知らない?」
心臓が胸ごと凍りついたような気がした。
何?
この人、何??
なんでも不審者にする猜疑心に溢れた眼差しはよくないと思うけど、このおじさんは絶対に不審者だっ!!
どうする?
こういう時、どうすればいいんだっけ?
時間にしたら数秒のことだったけど、おれは男を見て逡巡した。何て答えたらやり過ごせるのかと。
でもこれはムリ! 上手く切り抜けようとか、絶対ムリだから!
「知りません! 失礼します!」
おれは脱兎の如く走り出し、ピューっと逃げた。
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