第33話 見られたくない
「ちょっと待って。あれ、実家に挨拶も×になってるじゃん」
「自分ちって、来て欲しいか?」
「欲しいけど?」
「ええ~? 欲しい? なんで? 嫌じゃん!」
「だって、自分がどういう風に育って、どんな場所でって、見なかったら分からないじゃない!」
確かにそうかもしれないけども、きっとそれはまず間違いなく、おそらく絶対に隠したいくらいの黒歴史のはずだ!
「でも付き合うのは今の自分な訳で」
「過去って言っても、実家だからね?何をそんなに隠したいのよ」
「何って別に……」
思いつきませんが嫌なものは嫌ですー
「じゃあいいじゃない」
「嫌です」
「何で」
「だって家に母さんがいて妹がいるんだぜ」
「んんん? ふつうじゃない?」
「あー!! 何で分からないんだ」
「分かんないわよ、全然」
どういうことだ、おれだけなのか?
家とか母さんとか見られたくないよね? 違う? どうして?
前の席の井川くんが振り返って言った。
「あ~、オレも分かる。家、出てたらね、絶対イヤだわ、たぶん」
「ええ? 分からない分からな~い」
ペアの梶口さんも理解できない様子。
「え? ちょっと、どうして?」
「ナニナニナニナニ何の話ィ~???」
江口の乱入で一気に共通の疑問になった……
「だから~、自分の家とか見られたくないってハナシ」
「え? いいじゃん何がイヤなの」
「彼女自分ち呼ぶの嫌だからわかる」
「彼女いるの?!!」
わわわ……!
大騒ぎじゃない?
「静かに。席について」
うさ衛門先生のドクターストップが当然のようにかかる。
はい、解散~!
「先程の主張をまとめると、家に来て欲しくない人は、恥ずかしいのだ」
恥ずかしい。
うん、まあ、そう。
「見栄を張るというか、格好良く見せたいから、自分の家を見られてしまうと、底の底まで知られてしまうという恐怖がわくのだね」
恐怖……まではいかないけど、朝湖や母さんに会わせるのがすごく嫌なのは、二人がおれの言って欲しくないことをしゃべりそうだからだ。
余計なこと言うなって言ったって、おれの相手におれのこと話さないで、何話すんだってとこもあるし、そしたらきっと子どもの頃からのあれやこれや話すに決まってる。
もし二人がいなくて、家に呼ぶだけなら?
それも嫌だな。
家には写真とか飾ってあるし、そうでなくてもおれという奴が育った雰囲気が醸し出されてるだろう。
何故? どうして、どんな風に育ったか知られたくないんだろう。
さっきは、父さんが死んで寂しかったこと、言えたのに。
「育った家というのは特別な場所だ。自分が一番素であるところだ。どんなにだらしなくても受け入れられていて、どんなにバカでも受け入れられている場所。甘え放題の人間も特別な趣味を持つ人間も、そこでは自由にしていられる。
翻って、恋人と暮らす場所はそうではない。二人は違う環境で育ってきたから、妥協して生活している。嫌でも家事も仕事もしているし、おならだって我慢しているかもしれない。それは気遣いでもあるが、良く思われたいという仮面かもしれない。だからわざとではなく無意識に隠したい気持ちが生まれる。
また一方、家庭環境が悪く積極的に見せたくない人間もいる。いずれの場合でも、まずは話し合いだ。良い悪いではないし、どちらかが押し切るのは良くない」
そうか。そういうことか。
素ッ裸で生活してるのが今の家にいるおれで、彼女とか恋人とか、そういう相手には服を着たい。それはわざと隠してる訳じゃなくて、普通のことだ。
だけどもし結婚して家族になるなら、その相手には素ッ裸だって見せることになる。でも、どこまで見せられるかは、話し合いだってこと。
「平気だと思う人は、自分の心を開くのに抵抗がない人。嫌だと思う人はズケズケ入られたくない人だろう。どちらがいいということではない」
「わたし平気だわ。理解できなくてごめんね」
「いや、謝ることじゃないよね。こっちだって理解できない訳だし」
「そっか、お互い様か」
そこで更にうさ衛門先生が言った。
「今日覚えて欲しいことがもう一つある。それは、他人は理解できない、ということだ」
少しショックな話だ。
少なくともおれには、ちょっと胸に来た。
「所詮は他人、という話ではない。もちろんそれも正しいが、完全な理解など存在しない、ということだ。むしろ、そう思ってはいけない、ということ。お互いが互いに理解できないという前提に立っていれば、解決方法は話し合いしかない。分かっているはずなのにどうして、と思わないようにコミュニケーションを取ろう」
お前に何が分かる! というのも同じことかな。いや、分かんないから教えて?みたいな。
分かっているからという理由で色々されるのも、嫌なもんだし。
友達でも親子でも恋人でも何でも、人間関係って難しいなあ。
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