第14話 ファンです

 そこで少し静かになった。

 もともと話しているやつはイケメンメガネのとこと、セクハラ男のところくらいだったから、みんなぼそぼそ程度だったんだ。

 だからその声がよく聞こえた。


『代わりに聞いてみますね? 一人でいるのが怖いですか』


 可愛い声だった。でも小さな声だった。子どものような、よく通る声。


「……何これ。どっから聞こえた?」


 そう言ったのは、オールバックイケメン。相手の女の子は、ちょっとボサッとした長髪で、猫背だった。細かく動いて、落ち着かない感じだ。


『わたしは比護杜なつきさんのケアウグイスです。なつきさんは緊張して言葉が出せないようなので、代わりに聞いてみました』

「へえ、そんなことできるんだ。じゃあ俺のケアウグイスは何してんの?」

『佐々木さんは代弁の必要を感じませんよ? 答えてみて下さいね』


 ケアウグイスに内蔵されているAIは、かなり優秀なようだ。そういえば、うさ衛門先生もめちゃくちゃ優秀なAIだ。今まで普通に先生としておれたちをよく見て、必要なときには助言をしたりしている。さすが政府の開発したAIってところか。


「でも、俺ばっか喋るのはやだな。不公平だし、俺、女子にこんな扱い受けたことないんだけど」


 うわぁ、嫌な奴!

 ここにいる男子を敵に回したぞ?


「勝手に決められた婚約者だとしても、選ぶ権利はあると思うんだよね。ここで話し合わなかったとしても、何らペナルティがある訳じゃないでしょ」

『罰則はありませんがチャンスはフイにしますね。つまりもったいない。とにかく佐々木さんは色々話して下さい、比護杜さんもそうするうちに慣れると思いますよ』


 オールバックイケメン改め佐々木くんのケアウグイスは声が少し低い。近くで聞いても混ざらないようになってるんだ。


「話すって言っても……」


 佐々木くんがそう言って比護杜さんの方を見ると、比護杜さんの動きが慌しくなってきた。


『えっ! 違う? ……いい? はあ、はい……』


 比護杜ウグイスは比護杜さんと話してる。と、いうか、比護杜さんの言わんとするところを理解しようとしてる。


『つまり、佐々木さんの態度はこのままでいい、と』


 ぶんぶんぶんぶん!

 激しく頷いてるのを見ると、合ってるらしい。


『でも会話ができませんよ?』

「いい! いいの!」


 あ、しゃべった。


「彼はそれでいいの! 有能で孤高の存在! 家事だろうと仕事だろうと完璧にこなして当たり前! その辺の女子がする料理など見下して当然! か~ら~の~、惚れた相手には完全なるデレ! これです!」


 ぽか~ん……


「これ……は俺、褒められてるの……?」


 違う、そうじゃない。


「家事とかやったことないけど?」


 そういうことじゃない。


「妄想だよね」


 ぽつん、と近くに座ってるハジメくんが言った。

 その瞬間、ガター!! と立ち上がったと思うと、比護杜さんは脱兎のごとく会議室を出て行った。


「佐々木くん、追いかけてね」


 うさ衛門先生が言う。


「ええー? なんで俺が」

「婚約者だから」

「勝手に決めたくせに」


 しばらく天を仰いでいた佐々木くんだが、やがてだるそうに出て行った──と思ったその時。


「えっ? ……花野咲良?」


 え?

 え? え?

 ええ〜〜〜〜〜っ!!


 出入り口近くの席なんだから当然なんだけど、会議室中の視線が一斉にこっちへ向けられ、恐怖を覚える。


「うそ、咲良じゃん!」

「えマジ」

「ちょ写真」

「うっそすっげ!」

「さくらちゃあああ(略」


 一人が席を立つと雪崩のように人が押し寄せ、学級崩壊とはこれかとおれは思った。


「ファンです」


 佐々木くん、握手してないで追いかけてー。

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