第13話 あんたとは結婚しない

 しかしすぐに、「はあ~?! 家事しないつもり?! 共働きなのに?! 有り得ない!!」の声が響き渡った。


「だって俺医者になるんだもん。医者って忙しいんだよ? 知ってる? 休みとかもゴルフとか行かせられんの」


 となりはさっきのイケメンメガネ。医者志望なんだ、頭いいんだな。


「ていうか、働かなくっていいって。むしろお付き合いとかあるから、家にいてよ」

「あんたとは結婚しない」


 あ、もう決裂した。早。


「俺だってしねえよクソ女」


 そこへうさ衛門先生が助け舟を出した。


「では篠崎くん、どういう結婚生活を望むかね?」

「う~ん、どうでもいいかな。俺の相手は楽だと思うよ。家の事と付き合いさえやってもらえればうるさく言わないし。あとは跡継ぎに二人くらい産んでもらえれば」


 うさ衛門先生はそれを聞いて、少し笑った。


「篠崎くんは結婚に夢がないんだね。それは辛かろう」


 結婚に夢がない……


「お父さんがそんな感じなの?」


 ペアの子が聞いた。


「うるさい、関係ないだろ」

「関係ないって……そりゃそうだけど……」


 おれたちは互いに会ったばっかりだ。個人的なことは言いづらい。


「じゃあ、篠崎くんはお医者さんになって、忙しい毎日を送って、家族にもかかわらずに仕事だけやって死ぬんだね」

「そうだよ悪いか」

「悪いとは言わないけど……それって私の父と同じだから」


 そう言われて、篠崎くんはちょっと鼻白んだ。


「うちは父方の祖母と同居してるんだけど、父は忙しくて夜遅くにならないと帰って来ないんだ。お母さんといつもケンカしてるから、早く帰って止めて欲しいのにね」

「そりゃいがみ合ってる家なんか帰りたくないさ。癒されない家なんか存在意味ないじゃん」

「したくてケンカしてる訳じゃないよ! でもお母さんは悪くない。だってお父さんのお母さんだよ? 同居させてんの、お父さんだもん」

「それは分かんないだろ、同居したがったかもしれないし」

「したくなんかない! お母さんは騙されたの!」


 そこでうさ衛門先生が流れを止めた。


「鬼の目さんはお母さんがかわいそうなんだね」


 そのやり取りを、黙って見てた。たぶん、ほかのみんなも。

 話せって言ったって、なんて切り出したらいいのか、分かんないし。ある意味、彼らは話が弾んでいるんだ。羨ましいくらいだ。

 すると出し抜けに、花野咲良は言った。


「でも分かる。うちもお父さんずっと海外で、寂しかった」


 びっくりした。

 そういうの、プライベートだよね?

 いいの? おれなんかに話しちゃって。


 しかもほおづえついて、こっちをガン見だよ。

 おれはどこ見たらいいんだ、可愛いな!

 おれはちらちら彼女を盗み見る挙動不審者になるしかなかった。


「今もまだニューヨークなんだ」


 ちょっと目を伏せる。まつげ長い!


 しかし待て、その話はちょっと悲しくなる。父さんがいない寂しさって、それはよくわかる感情だった。おれには、特に。


「うちは父さん死んじゃったからな」


 彼女は目を見張って、息を飲んだ。


「────ごめんなさい」

「いや大丈夫。でもそれまではよく遊んでくれた。優しいお父さんだった」

「幸せに育ったのね。そういう顔してる」

「そういう顔って何だよ」


 言って少し笑ったら、なんだか緊張がほぐれる気がした。


「こんな話、まさかこんなところでするとは思わなかったなー。今まで誰にも言ったことない。だって重いだろ?」

「そうね、話すところがない」

「インタビューとかで話したことは?」

「ないよ。そんなこと聞かれないじゃない。それに、わたしは人生を振り返るにはまだ若すぎる」


 ミートゥー

 おれたちはまだ、中学二年生。

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