第12話 ごあいさつ

 しかしマコちゃんは気付かなかったようで、そのまま不承不承、前を向いた。


「さて、隣の婚約者に挨拶しよう」


 ぼそぼそぼそっと、おはようだのよろしくだの言ってる声がする。

 おれはというと、急激に緊張してろくに挨拶もできなかった。


「おっ、おはよう……」

「よろしくお願いします」


 生声聞いちゃったぞ……?


 すごいいい声! なんだか背中がぞわぞわする。

 相手はすました無表情だってのに。


「君たちは二人であらゆることを話し合い、妥結し、結婚生活を乗り越えねばならない。最初の一つがこれだ。配られたテキストの3ページを開いて」


 おお、存在をスルーしていた最後のアイテムを使う時が来たのか。見てみると、そこにはでかでかとこんなことが書いてあった。


 Q何がしたいのか


 何って、結婚するんじゃないのか?

 そう思ったのはおれだけではなかった。どういうこと? と誰かが言った声がする。


「結婚によって何を得るか、ということだ。君たちは今誰かと住んでいるだろう。だが大人になったら一人になる。結婚とは新しく誰かと住むということでもある。下を見よう。結婚によって得られるであろうことが列挙されている。それぞれについて、婚約者と何を望むか話あってくれ。何故ならば、結婚とは一人でするものではなく、片方の選択が片方の選択を阻害することもあるからだ。よく考えよう」

「シンキングトーク♪」


 うさ衛門先生ではない女の子の声で、何かが始まったようだ。小さく音楽も流れている。

 おれは下に書かれている項目を読んでみた。


 1. 一人ではなくなる

 2. 愛し尊敬し合える

 3. 家事を分け合える

 4. 遊んだりデートしたりできる

 5. 趣味を共有できる

 6. 愚痴を聞いてもらえる

 7. 相談できる

 8. 励ましてもらえる

 9. 一緒に眠れる

 10. いちゃいちゃできる

 11. 子どもを作れる

 12. 子育てを助け合える

 13. 収入を二人で支えることができる

 14. 家族、親戚が増える

 15. 交際範囲が増える

 16. 冠婚葬祭の付き合いが増える

 17. 家族間トラブルを助け合える

 18. 病気になったら看病してもらえる

 19. 失踪したら探してもらえる

 20. 死んだら葬式を出してもらえる


「1番目、結婚じゃなくてもできるよね。ルームシェアすれば。そう考えると、結婚しないとできないのは11番からかも」


 結構クールなんだな。おれなんか、一人じゃないってとこが重要っていうか大事だと思えるんだけど。愛し合えるってとこも、恋人同士ならできるだろうけど、それって寂しいじゃん。


「結婚したとして、ってことじゃない? 別居婚だってあるんだし」

「ああ。確かに。別居婚なんて、何の意味があんのって思うけど」

「そう、結婚する意味なくね? って思うよな!」

「どうしてもそうしなければならない事情があるのかも知れないけどね」


 そこに、「イチャイチャだってよ~!!」という大声が響き渡った。さっきのセクハラ男だと察した。


「ねえねえ! みやこちゃんっ! イチャイチャする? オレとイチャイチャするぅ? しちゃうぅ~?」

「あ、え~っと……」


 みやこちゃんは彼のペアのようだ。あせっちゃって、かわいそう。

 しかし彼は周りから「うっせぇセクハラ」「黙れヘンタイ」という女子の声に、とりあえず静かになった。

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