第5話

 苦労して就職した同期の友人達は社会人一年目でわたしは院生一年目で来年は彼女たちと同じように就活をして就職先を決める事になる。

 田口さんがGW の前に内定をとってしまった。とても優秀な人だったので、みんなの憧れの企業に内定していた。

「本命の会社の最終面接の前には、さすがに神様!! なんて拝んだよ。久しぶりだったな。手を合わせて深呼吸するなんてさ」

「おめでとうございます、すごいですねえ」

 わたしはいつもの廊下から銀杏の木を見ながら腕を組んで田口さんに言った。

「どう? 一緒に寿司でも。回っていないやつ」

「お酒とお肉の方がいいのですが」

 田口さんは自分の胸のボールペンを出してくるくると起用に回していた。

 そういえば、よしくんもとても上手だったな、ペン回し。わたしはふと久しぶりに由隆のことを思い出した。最近はほとんど大学には来ていないらしい。

 田口さんはわたしのてのひらをとると開いて掌に今夜、梅田で寿司。と書いた。

 昼休みが終わり、それぞれのブースに入り、実験の続きをする。

 田口さんはわたしのことをどう思っているのだろうか、他の女子と仲良く話をするけれど、一緒に休日ドライブに行ったり、買い物をしたり、今夜みたいに二人で食事をする女子はいないと思う。前カノのキッコさんはよその大学なので、わたしはその女性のことは何も知らない。

 だがわたしの前彼の事を田口さんはよく知っている。




 わたしは反応が早くてデータがとれたところで夜の七時だった。教授にチェックしてもらいOKが出たので、実験器具を洗い場にもって行ってラボから出てノートを持って実験室を見回した。白衣を着けた田口さんはゴーグルを外して、わたしの方をみて左手を挙げた。指はピースサインを出していた。


 一緒に校門を出て、梅田に向かうまでの間は電車に乗るのだが、その電車の駅までは自転車を使う。田口さんは下宿していて自転車を持っていない。

「梅田まで出るのは面倒だな。こんな時間だし。駅前のおいしいラーメン屋にしないか?」

「わたしはどっちでもいいですよ」

 そのあと彼の下宿に行くことがなんとなく予想された。七時を過ぎているので、梅田に行くまで小一時間かかる。駅近くには飲食店がたくさんあるので、夕食を食べるにはことが足りる。

 田口さんはわたしの左手を急に握った。

「?」

( なんのつもりで?)

 と、わたしが言おうとしたら、

「付き合おうか? 俺たち。嫌なら、いつものように即答でも構わない」

 田口さんはまっすぐに前を向いて行った。

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