第4話

 感染症の対策をして行く日々が淡々と過ぎて行くと、私たちの暮らし方も変わった。変わらないのは研究と実験の毎日。

 データの記録と収集にそれをまとめて論文にする事がわたしの日課だった。

 田口先輩は今年で大学院を卒業されるので就活が4月から始まった、わたしはそれを見送る立場となり、4回生に実験の質問などされる事も多くなった。

「里沙さん、いつも淡々とされていますね」

 そうかな? またよしくんが来てるって田口さんが言うから、周りの子もそれを怪しげに見ていた。

「それは実験の事? それとも、あの人? もう関係ないのだよ。一年前に別れたのに、ねえ。嫌だね」



 よしくんは別の研究所なので始まる時間も終わる時間も違う。教授の考え方が違うので、中には体調を崩して大学に来ない人もいるゼミもあるらしい。

 わたしの教授は40歳代と最年少なのでとてもやりやすかった。だからこの先生を選んだのだが、よしくんはおじいさんの教授のところで、慣れずに大学にあまり来ていないと、友人の慶子から聞いた。周りに友人もいないようだった。

「メンタル悪いみたいよ」

「関係ないわ、もう。なんとも思っていないし。感染症が落ち着くまで距離を置こうと言っただけなのに。別れると言ったのは向こうだし」

 お互いの白衣は黄色や茶色のシミが付いていたが、そんな事お構いなしにポケットに手を突っ込んで私たちは窓の外を見て、廊下で話していた。

「どうするんだろうね、あんなじゃ、就職なんてできないね」

 慶子は言った。

「うちの母はよしくんは公務員以外は無理だと笑っていたわ」

 笑い飛ばしたわたしは少し恥ずかしい気持ちになってしまった、なぜだかは今も分からない。


 バイトも再開した。

 あまりにもしつこくLINEがくるので、更新の手続気の時に感染対策がどのようになされているのか確認をした。わたしは個別指導の塾講師を長い間していたが、一年半休んでいた。三人の生徒の希望校合格実績があり、保護者の受けもよかったわたしを指名する声は案外多かったのだ。土日は家にいてもデートの予定もないので、サクサクと、今までの稼ぎを取り戻すように午前10時から夜の9時まで生徒と以前よりも距離をとりひたすら勉強をする。

 今までは教える事が苦痛ではなかった。

 しかし一年以上のブランクで、わたしも教え方を少し忘れていたことに

気がついた。勉強を彼らと手探りで探す。でも、よしくんとの関係はもう取り戻すことはできないなと思っていた。

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