第3話
それから一年が過ぎて私たちは顔を合わせる事が何度もあった。
同じ大学で、学部も同じなのでしょうがないと思った。
気持ち? わたしの気持ちが穏やかであるはずはなかった。しかし、憎しみや怒りなどなかった。あの顔を見て目覚めたあの旅行の朝、一緒に撮った写真やおそろいのお土産のキーホルダー、ゲーセンでとってもらったぬいぐるみ。
そのすべてはそのままわたしの部屋にあるし、捨てる必要もない。よしくんが悪い訳じゃない。彼は少し弱かっただけ。
わたしが過敏で、母親の体が弱く、母を守りたかっただけなのだから。
でも本当はわたしの事を大事に思い、お互いを信じ合えば、別れようなんて言わないでいてくれると信じていた。そんな自分が馬鹿みたいだった。
もう彼に何も特別な感情はなく、他の男性、例えば研究所の二つ先輩の田口さんからドライブに誘われた。躊躇いなどない。別に好きとかいう感情もないけれど。
「ええ、行きます。車の運転は免許ありますけど運転は無理ですよ」
わたしは研究室を出るときに田口さんと教授の三人で話しながら階段を降りていた。わたしは声が他の女子よりも大きい。
彼は階段を上ってきた。いつも研究所にわたしを迎えに来ていた事を二人は知っていたので、会話が止った。
だが、わたしは何もなかったかのように、
「じゃあ、田口さん、うちにあるデミオは誰も乗っていないからうちまで取りに来ますか?」
大きな声で言った。教授はわたしの顔をはっとして見られた。あのような驚いた顔の教授をわたしは初めて見た。田口さんは表情を変える事もなく返事をする。
「取りに行くのに、車で行くとか、意味がわかんない」
はははと三人で笑いながら、大学生協へと降りて行く。教授はサンドイッチを買って自室へ戻られる。田口さんとわたしは笑いながら、天気がよいのでテラスで食事をしようと言った。
「よく食べるなあ、感動的」
田口さんはカレーとサラダを斜め横に座り食べながらわたしを見て笑う。
そんなとき男性は何を考えて笑っているのだろうと思う。田口さんも彼女と別れたのは本人から聞いたが、大学に在籍している間にもう誰とも付き合う気はないと言っていた。理由は邪魔くさいからという簡素なものだった。明るく前向きな田口さんは笑いながらそういった。
わたしも同じく、
「面倒くさいですね。わたしも当分彼氏はいらない、ですが恋はしたいです」
田口さんはフッと笑うと、わたしの顔をちらっと見た。
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