第18話 バルセスの峰

 雪犬は山には連れていけない。この町のレンタル屋に預かって貰い、3人は山へと踏み出した。


「遺跡まではどのくらいだ?」

「丸一日は歩くわね。あんた達登山は?」

「いや」

「俺も経験は無い」

「じゃあもっと掛かるかもね」


 観光地とは言え、流石に遺跡までの道が整備されているということは無い。入山料も特に無く、誰かが管理している訳でもない。

 まだ、この山については未開地なのである。一般人は立ち入ることは無い。


「昔から、巨大な山は神々と同一視されてきたんだ。神聖な霊峰としてな。バルセスも同じだ」

「……厳しい気候に少ない食糧。こういう所の歴史には宗教は付き物なのよね」

「戒律が無ければ、皆が餓えて死んでしまうからな」


 トレジャーハンターについての知識は無いが、学校で習う勉強は得意であるクリューとオルヴァリオ。歴史の授業は特に重要だと、教師が繰り返し言っていたのを思い出す。


「この地方の宗教を古くから信仰している一族が、古代人の末裔なのかもな。10年前の開拓でいくつもの集落が無くなったらしいが」

「そうなの?」

「ああ。無くなったと言っても死んだとかじゃない。より利便性を追求し、吸収と合併を繰り返しただけだ。小さな集落がぽつぽつとあったらしいが、今は町になっている。先進国の文化も雪崩れ込んだだろうし、結局のところ先住民がどう感じているかは分からないがな」

「……それで、お姫様も奪われて。最悪ね」

「だが生活はぐんと便利に、安全になった。餓える者も格段に減ったし、仕事も増えた。悪いことだけじゃない」

「バルセスは自治区として扱われる、ルクシルアの属国のような立ち位置だな。それが良いかどうかは、ラビア人の俺達には分からないが」


 ざくざくと、一歩ずつ登る。防寒着の中は汗でびしょびしょになる。冬の登山は思ったよりも体力を消耗するのだ。


「風が強くなってきたら一旦止まるわよ。吹雪の中進むのは自殺行為だから」

「分かってる」

「あとクリューは銃。火薬濡らさないようにね」

「……ああ。猛獣は出るのか?」

「出るわよ。熊よりうんとヤバいのが」

「…………そうか」


 体力を温存しなくてはならない。休憩をこまめに挟みつつ、進んでいく。特にクリューとオルヴァリオは登山自体の経験も少ない。リディが上手くペースをコントロールしなくてはならない。


「……『グレイシア』の名前までは、末裔の人達に伝わっていないのね」

「だな。そればっかりは本人に訊かなくては」


 末裔とは言うものの。顔の作りは似ていなかった。恐らくは1万年の間で、様々な人種と交じってしまったのだろう。そして今もまた、南の人間と交じっている。


「大丈夫? 足とか痛くなってない?」

「……大丈夫だ」

「俺もだ。まだいけるぜ」

「嘘はやめてね。最終的に迷惑だから」

「…………すまんが正直少し足痛いな。少しだけ」

「ほら。じゃあ、もう陽も暮れるし今日はここで野宿ね」

「いや、少しだけだぞ?」

「だーめ。無理はしたらダメよ。クリューは薪を集めてきて。なるべく濡れてないやつね」

「分かった。オルヴァは休んでろ」

「……また俺、情けねえなあ」

「はいはい。気にしなくて良いから靴脱いで足出しなさい。マッサージしたげるから」

「……えっ」

「勿論代金貰うけど」

「えっ」

「えっ」


 ただ、山を登るだけではない。途中で野宿をするのだ。つまりテントやら食糧やら生活用品を、常に持ち歩いて登る必要がある。3人は『家』の機能を全て兼ね備えて、山を登っているのだ。


「動物もめっきり見なくなったな。狩りができない」

「そうね。猛獣のテリトリーだから、弱い動物は近寄らないのよ」

「大丈夫かよ……」

「だからあんたにはへばって貰っちゃ困るのよっ」


 その時。

 森の奥で銃声が轟いた。


「!」

「クリューの銃よ」

「行こう。戦闘だろう」

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