第4話 再会
ルクシルア共和国。ラビア王国の西側に位置する小さな国だ。芸術と文化の街と言われ、世界で一番大きな美術館がある。当然、クリューとオルヴァリオの目当てもその美術館にある。
「やっと着いたか。隣国へ来るだけで1週間とはな」
「……お前が道中油を売っていたからだろうオルヴァ」
「いやいや、せっかくの旅は楽しまないとな」
どこかで買った名産品の菓子か何かを頬張るオルヴァリオ。クリューはやれやれと肩を竦める。
「今は丁度、一般公開してるみたいだな」
「してない時があるのか」
新聞と地図を買ってきたオルヴァリオがそれを広げて説明する。国が違うが、しかし陸続きな為に言語は変わらない。
ラビアとルクシルアは同盟国である。戦争の渦中に無いこの二国間の移動は比較的安全で楽にできた。
「研究に集中する時は公開しないんじゃないか? 詳しくは分からねえが」
「とにかく行こう。早く会いたい」
「おうおう。お熱いね」
クリューはもう待ちきれなかった。彼自身、10年間会っていない。あれを『会った』と表現するのもクリューくらいなのだが。
「……『グレイシア』、だってさ」
「何がだ?」
「『氷漬けの美女』だよ。そう呼ばれてるらしい」
「名前が分かったのか!」
「いーや、愛称さ。『氷漬けの美女』じゃ長いだろって。氷の『白色』と、『可愛らしい』を付けた造語だ」
「……なるほど」
この世界の言葉で、グレイは白、シアは愛らしい、と言った意味になる。だがクリューはやはり、本名を知りたがった。
「美術館はこの街の中心にある。そら、もう見えてるぜ」
「よし行こう」
まるで宮殿のようにも見える巨大な建造物が街の中心にあった。街のどこからでも、その姿が見えるくらいに大きい。ここはルクシルアの首都ではないが、同じくらい栄えているのだ。
「もはや、目玉だからな。入って一番最初な訳か」
「……!」
成人ふたり分のチケット代を叩き付ける勢いで美術館へ押し入るクリュー。そこまで焦らなくても彼女は逃げないとオルヴァリオは思ったが、クリューにとっては関係無い。
「…………やはり美しい。【心が浄化されていく】ようだ」
周りには何も、他の展示物は置かれていない。家がすっぽり入るような、縦にも横にも広い大きな空間に。その中心に。
ここだけ、冬が来たかのように冷えている。冷気が、クリューの顔を叩く。
質素な装飾のされた台座の上に。10年前のあの時のままの状態で。『彼女』が居た。
黒く輝く髪。見慣れない平たい顔のパーツ。小さな鼻と口。長い睫毛。少し露出が多目の、材質も分からない古代の服装。黄色に近い白い肌は血色も良く、今にも動き出しそうな姿で。
眠るように。氷の中で浮かんでいた。
「こりゃすげえな。そもそも生きてるのか? 解かしたとして既に死んでないか? 普通」
オルヴァリオは、実物を見るのは初めてだと言う。あの見世物があった後に、クリューの街に引っ越してきたのだ。だが誰もがこれを見れば、一度は眼を奪われてしまうことは必然だ。クリューに至っては生涯に渡って心を奪われてしまった。
「……あまり考えないが、それならそれできちんと埋葬してあげたい。いずれにせよ、こんなところで晒し者になるのは彼女とて不本意に違いないだろう」
「まあ、そりゃそうだな」
オルヴァリオの疑問には、口だけで応える。目は、全て『彼女』へ向いている。美しい。やはり。10年経とうが、この気持ちは変わらない。
「綺麗だ。……冷たいだろう。苦しいだろう。氷を解かしてやりたい。断言できる。俺は氷なんかに閉じ込められていなくても。君をひと目見た瞬間に、君に心を奪われていただろう」
「…………」
普段は、冷静な男だ。喋り方も、考え方も。クリューの評価はそれで間違いない。彼は冷静沈着な男だ。
だが、それだけではない。オルヴァリオは知っている。クリューはとても、『熱い』男であると。
「今一度、決意が固まった。俺は必ずまたここへ戻ってくる。100億を集めてからじゃない。その解けない氷を解かしてからでないと、君の人生は停まったままなんだ」
「……解かせると良いな」
「解かすさ」
クリューはくるりと踵を返し、出口へと向かった。世界的な美術館へ、高い交通費とチケットを買って。『彼女』以外の他の品には一切目もくれずに。
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