中間試験5

 実技試験二日目。とは言え、一通りの試験は昨日の内に終了し、今日は各試験の優勝者による乱戦。


 昨日テストを受けた生徒達も観戦に回る為、場外は昨日よりも大賑わいである。


 だが、生徒以外の観戦者も多く目立つ。昨日の試験のレベルの高さを聞きつけてきたのだろうか。それとも、最初から二日目だけを見に来るつもりだったのか。いずれにせよ、アシュレイの気のせいでなければ、昨日でもそれなりに多いと感じた外部の観戦者が、今日は明らかに増えている。


 会話を聞かれぬ様、アシュレイは二人の身体に纏うようにして、軽い防音の魔術空間を作り上げた。


 それを確認してから、カミルが口を開く。


「エレノア様は辞退だそうです。いやー、あのお二人、何が何でも顔を合わせないおつもりなんですかね」


「……そうか。ひとまず、今日は殿下が最初からいらっしゃるから一安心だが」


「副団長、全然一安心って顔してないっすよ。あれですか?やっぱり妹君が乱戦に参加するのが心配だとか?」


 茶化すカミルに反論しようにも、指摘が的を射ている為、何も言えない。とは言え、以前であれば心配では無く不安、だっただろう。


 それが心配に変わったのは、昨日、兄である自分すらも知らない妹の実力を目の当たりにしたからだった。


 それでも流石に乱戦と言う事は、昨日と違って殿下とも敵同士と言う事。一対多の戦闘となれば、流石に昨日の様に無傷では済まないだろうと考えると、心配ではあった。


「まあ心配じゃないと言えば嘘になるな」


「素直に認めるなんて珍しいっすね。でも、心配になるのはわかりますよ。エレノア様を除いた十三人の中でも、結構体格の良い男性の割合は多いですし。


 女性は妹君と王子の護衛ちゃんと、弓術と支援術の優勝者の四人しか居ないですからね。


 まぁその中では妹君と護衛ちゃんは身長も高くて、まだ体格的なハンデは無さそうな部類ではありますが……、そうは言っても、例えばイリヤ殿の剣術を真面に食らったらひとたまりも無さそうな細さですよね」


 アシュレイの心配事を取り除きたいのか煽りたいのか、何とも受け取りがたい発言をするカミルに対し、アシュレイは口を開く。


「まあ、あの子の魔術を持ってすれば防御位は出来るだろうが。攻撃に転じられるかと言ったらどうなんだろうな」


「昨日の攻撃は良かったですけど、本人的には余り前面には立ちたく無さそうな雰囲気でしたしね」


「多分、性格的な物だろう。恐らく、「コントロールに失敗したらどうしよう」とか、またネガティブな事を考えているんだ。心配しなくても、よほどの事が無い限り講師陣がうまくカバーしてくれるだろうが、それでも不安か或いはそこまで考えが及んでいないか、だな」


「なるほど、確かに副団長から普段聞いてる感じだと、自分の事より他人の事を考えちゃう感じなんですかね……。まぁ、それも一種の傲慢と言えば傲慢っすけど。


 ……うん? あれ、王子の剣、ちょっと変わってますね。どちらかと言うとイリヤ殿に似た雰囲気で、少し湾曲してますが」


「……確かに。騎士団の剣術は使わないと言う事か?」


「まあ、身分を隠してるならその可能性はありますね。あの外見なら、深く調べられない限りは極東から来た人物だと認識されてるでしょうし。聞くところによると、馬車どころか荷物も手荷物のみで入学したらしいですから、手続きを見た生徒は誰も、身分が高い人物だとは思わないでしょう」


「なるほど、殿下の外見は広く貴族の間に広まっているに、どうやって身分を隠しているのかと思えば、既に入学前から人々の印象操作をしていた訳か」


「あ、それに関しては昨日の夜、たまたま食堂で夜食を漁っていた時に、面白い物をみましたよ。どうも、華耀王子とエレノア様の偽者が居るようです。多分、好き勝手になりすましている訳では無く、王子主導の下だとは思いますが。


 かなりの数の取り巻きが王子らしき人物と一緒に食事を摂っていましたね。時折咳をしていましたし、病弱な王子と言う世間一般のイメージにまさにぴったりと言うか。体格も華奢で、先日王子に会ってなかったら僕ですら本当に王子だと思ったかもしれないですね」


「殿下自身がどれだけ目立とうとも、あくまで同姓同名の他国の平民を装う作戦か」


「多分そうだと思います。演者の方から、取り巻きに関する情報も入ってくるでしょうし、一石二鳥でしょう。ただ、僕には未だにそこまで能力がある王子がなぜ人目を気にしているのかは分かりません。勿論、学院で身分を隠していた方が、王子と言う身分に釣られた有象無象を排除して、将来の右腕となれる人物を探すのには効率的だと思いますが。


 学院で身分を隠す為だけに、今迄の十五年間も病弱を演じて他社を欺いていたと言うのは、やり過ぎな気がするっすね。使えるものは何でも使ってしかるべきだと思いますし。身分もその一つでしょう。要らぬ苦労を背負う必要は無い気がしますが」


 少し不服そうな表情で、カミルは疑問を口に出す。


 その様子に、アシュレイは微苦笑を浮かべる。カミルの立場からしてみればわざと目立たない様にする殿下の様な人物は到底理解出来ないのだろう。それでも、最初の頃と違って完全に受け入れない、のでは無く、今は少しだけ、殿下がどうしてその様な事をしているのかを考え始めている。それだけでも、十分な進歩だと感じた。


「まぁ、これは私の臆測に過ぎないが。……色眼鏡は、必ずしも良い方向に作用する訳じゃないと言う事だろう。それが殿下の行動の理由の全てだとは思わないが。とにかく、この国の貴族にとって、殿下の外見は悪い意味で目立つと言う事だ。ざっくり言ってしまえば、殿下の見た目が代々の王族とは全く違うが故に、例え殿下が優秀だとしても、貴族派からも国王派からも支持を得られにくい。むしろ、優秀であればある程反対する声が大きくなる可能性もある」


「手に職をつけるのに必死で、そっち政治の世界からはうんと遠い所で生きてきたのであまりピンと来ませんが、この際勉強しないと駄目みたいっすね。


 将来の国王が優秀なのは喜ばしい事でしょうに、どうして反対されるのか……」


「まあ、教えるのは構わないが、細かい話は後だな。そろそろ試合が始まる」


   §-§-§


 時は少し遡り、試験一日目の夜。


 華耀は自室で、思案気な表情を浮かべていた。


 ――本日、カミル様から接触あり、お二人の関係を聞かれましたので、打合せ通りと致しました――


 確かに華躍とエレノアが同一人物ではないか、等と疑念を抱かない様に、何かあれば不仲説に持って行く様、前々から華耀は護衛のエリサに指示はしていた。


 やはり、と言えば良いのか。予想通りアシュレイとカミルは華躍とエレノアの関係を疑っている様だった。


 とは言え、今のところは同一人物ではないか、と言う疑いさえ持たれなければ良い。打合せ通りと言う事は、エリサはエレノアに対する敵意むき出し、と言ったスタンスで、王子がエレノアにこき使われている、等と言った話をした筈だ。


 であれば、恐らくエレノアに弱みを握られているのではないか、と言う方向へ誤解をさせる事が出来た筈。


 前にアシュレイに話した”事情”と勝手に結びつけて、今頃あらぬ方向へと妄想を進めている筈だ。


 華耀の体質に関していずれバレるとしても、今は困る。もう少し華耀の王子としての地位を確立してからで無いと、「別の世継ぎを」との声が大きくなるだけだ。ただでさえ華耀は支持者が少ない。貴族派はともかく、国王派も支持しない王子は前代未聞だろう。


 そこに更に勝手に性別が変わる呪いの様な体質もある等と知られれば、「大魔導師三人に師事しているのに落ちこぼれている、病弱で容姿的にも出自が怪しい王子」以上に次期国王の資格無しとして、運が良ければ継承権剝脱か幽閉、或いは国外退去、下手すれば、将来に禍根を残さない様に処刑、なんて事も有り得るかもしない。


 そこに関しては今考えた所で仕方が無いので、地盤を固める為にも一旦、目の前の成績に集中する事にする。


 先程から華耀が頭を悩ませているのは、明日の事であった。


 だいぶ傲慢な考えではあるが、当初の予定では個人トーナメント戦でエレノアが優勝する事で、明日の乱戦でイリヤと当たる事を避ける筈だった。


それが、重症にもかかわらず想定外に粘りを見せたイリヤの奮闘により、これ以上怪我が悪化する前にと講師陣が判断した結果、エレノアとイリヤは同率一位となり、イリヤにも明日の乱戦の参加権利が与えられてしまった。


 その上、華耀として出場したチームトーナメント戦では、個人トーナメント戦からの疲労により、最後はアルテミスに助けられる形となってしまった。


 今日の明日では、戦闘に関する勘の鋭いイリヤに勘付かれそうで、もしもイリヤが参加するのであれば、極力華耀としての出場は避けたいところである。とは言え、今日の体たらくを考えると、明日参加して実力を示さなければ、華耀私自身の成績はエレノアよりも低くなってしまうだろう。


 将来の事を考えるなら、エレノアよりも華耀の成績の方をあげておきたい、と言うのが華耀の本音である。


 回復魔術の仕組み上、怪我を治す時は怪我を負った本人が平常時に持っている体力や自然治癒力を、前借りして行使する。イリヤの怪我自体は講師陣や支援術の生徒達によって完治はしているだろうが、怪我の度合からいって、今頃感じている疲労感は尋常じゃない筈だ。


 まして、突然怪我が治るという事態に慣れていなければ、脳の処理が追いつかず、少なからず幻肢痛ファントムペインも感じている筈。


 その状態で、イリヤが明日参加するとは思えない――思いたくない――のだが、彼の性格上、参加は十分に有り得る事だとも思う。それ故に華耀は悩んでいた。


 現状、エレノアから華耀へ戻るのは、大量の魔力を消費する必要があり、そこそこ時間がかかる為、イリヤが参加しない事を確認してから華耀に戻るのでは、試験の開始迄に間に合わない可能性が高い。


 かと言って、華耀からエレノアへと変わるのは、魔力吸収による自然回復を待つ必要があり、およそ半日、魔力の消費具合によっては一日近くかかる。意図的に魔力吸収の量をコントロール出来ない今、イリヤの参加を確認してからエレノアへと変わるのは、実質不可能だ。


 つまり、イリヤの参加不参加に関係無く、今日中にどちらの姿で参加するのかを決めておかねばならない。


 ――入学してまだ数ヶ月。ここでアルテミスに次いでイリヤに迄、華耀の体質がばれてしまうのは流石によろしくない。

それに、本来なら一年生の、それも入学後初めての中間試験は、外部の注目度は極端に低いと聞いていたのに、今日の観戦者は多かった。明日も同程度の人数来るとすれば、私と対面した事がある貴族が居る可能性も低くは無い……。


 だが、と華耀は考える。


 学院に入学する時の為に、城内で誰かに会う時は、師匠に頼んで私の魔力経由で高度な認識阻害魔術を掛けて貰っていた。


 それ故に、貴族の頭の中では私の容姿は黒髪黒目と言う事以外は認識されていない。


 師匠曰く、「容姿を思い出そうとすれば、病弱で表に出られない、と言う噂を基に、各々の頭の中で無意識に想像し補完される」らしい。


 師匠達が発動した術式を破れる程魔術に優れた貴族は居ないので、認識阻害魔術を掛けている事すら気付かれていないだろう。


 それに今の所、護衛騎士が演じている偽華耀と偽エレノアは、想定以上に効果があり、皆本当に王子と王妃の遠縁だと信じている。


 ――であれば、イリヤの件さえ無ければ、華耀として出ても気付く貴族は居ない、か?


 今回の定期試験の結果については、学院長に偽華耀を下位五十人の辺り、偽エレノアの方は全体の中間辺りにそれぞれ名前を入れて貰う様に協力して貰っている。


 その上で、城の方であえて父には「慣れない環境の所為か、病気を何度か振り返した結果、出席不足によりほとんどの授業の定期試験を受ける資格が取れなかったとの事だ」と漏らして貰う事も依頼済み。


 ――同姓同名で目立つ人物が他に居れば、怪しむ者は出て来るだろうが、既に多くの取り巻きに囲まれている「王子らしき人物」と「王妃の遠縁らしき人物」が居れば、そちらが偽者だと疑う人物はそうそう居ない筈。

その間に私はなるべく力になってくれそうな人物を見付けつつ、好成績を修める。そして、代理を務めてくれる二人からも、周囲の人物の情報はある程度入ってくる。これだけで、卒業後に多少は現状よりも上手く立ち回れるようになる筈だ。

イリヤの事ばかり気に掛けても居られない。やはり明日は予定通り華耀私自身のままで参戦しよう。


 そう考えた華耀は、魔力吸収により少しずつ回復していた魔力を地下室で発散し、明日の朝の準備で手間取らない様にしてから床に就いた。

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王国ライゼンアムドの禁秘 暁月 紅蓮 @xxakatukixx

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