中間試験4

「殿下が来た」


「まじっすか。こっちはエレノア様が自室に入ったきり出て来ないっす。でも部屋には誰も居る気配がしないんすよね。やっぱり感覚妨害系の魔術使ってるんでしょうね。エレノア様なら朝飯前でしょうし……。


 とりあえず、華耀王子の試合は自分も見たいんで戻っても良いですかね?」


「ああ、急いだ方が良い、そろそろ始まりそうだ」


「了解っす、護衛の子にも声掛けてから向かいます」



   §-§-§



「勝ったな」


 華耀の呟きに、アルテミスは頷いた。疲労困憊の所為で華耀の声は掠れ、アルテミスに至っては声を出す事すら出来ない状況である。


 先程の個人戦とは打って変わり、団体戦は拍子抜けする程短時間で終了した。


 連携不足に次ぐ足の引っ張り合い。見た目や個人の実力で判断し、普段から交流していない人物同士で手を組んだ結果、ほとんどのチームが戦えるレベルに達していなかったのが原因だ。


 苦戦したのは決勝戦のチームただ一組。だが、その一組が華耀とアルテミスをここ迄疲れさせた。


 普段から犬猿の仲の二人が手を組んだチーム。御互いが御互いをライバル視しているだけあって、誰よりも手の内を知っている者同士。彼等二人は御互いの良さを潰し合う事も無く、実に素晴らしい連携で華耀とアルテミスに意図せぬ切り札を使わせた。


 そう、意図しない・・・・・切り札。


 事前にアルテミスはこう言っていた。支援一択で行くと。華耀が見るに、アルテミスの実力はかなりの物だと思われる。だが彼女は決して攻撃に転じる事無く、支援術ばかりを使っていた。


 その理由は明白で、自分に自信が無い為だ。誰かを怪我させたら? 味方に当たってしまったら? 数々のネガティブ思考が彼女の身体を雁字搦めにし、結果、思う様にコントロールが出来なくなってしまうのだと言う。


 正直な所、アルテミスが例えコントロールに失敗しても華耀は防げる自信がある。だが、あらぬ方向に攻撃を行ってしまった場合。観客を怪我させてしまう。或いは想定以上の力を対戦相手に放ってしまい、重傷を負わせてしまうかもしれない。そう考えれば、無責任に「大丈夫だ」とアルテミスに言う事は出来なかった。こればかりは本人が克服し、練習しなければどうにもならない。


 故に、先程の戦いを華耀は脳内で思い返していた。想像もしていなかったアルテミスの実力の一端を垣間見た、その一戦を。



   §-§-§



 決勝戦の相手は二人とも前衛特化型。それも連携がきっちり出来ている。そうなると流石にアルテミスの支援を受けた状態の華耀でも、一人で捌くのは厳しかった。


 先程から華耀の防衛と潜り抜けた攻撃がアルテミスに達していたが、危な気無く彼女自身が捌ききっていた。


 要するに、両チームとも勝敗を決する決定的な火力に欠けていた。ずるずると、どちらかが疲労で隙を見せるのを待つ消耗戦へと突入していった。


 一番最初に疲れを見せたのが華耀だった。流石に個人戦からの連戦で、自分が思っていた以上に体力を消耗していたらしい。考えてみれば休憩時間も、エレノアから華耀に戻る為に会場と寮棟を往復し、無理やり魔力を消費する為に費やし、まともに休めていなかった。


 その隙を見逃す程相手は甘くは無く、予想通り二人は間髪入れずに華耀に対して襲い掛かった。


 まずい、と思った時には遅かった。相手の渾身の一撃で、華耀の剣は弾き飛ばされた。エレノアと違って華耀は即座に武器を生成する術を持たない。防御しようにも魔法は使えず、避けようにも挟み撃ちの状態では逃げ切れない。


「我流壱ノ型――かまいたち!」


 凄まじい爆風と共に眼前に迫り来る木剣の切っ先が切り落とされたのは、その時だった。


 横を見ればアルテミスが剣を握っていた。華耀の手から弾き飛ばされた、その剣を。


 そこから先はアルテミスの独擅場。吹っ切れたのか我を忘れていたのかは判断がつかなかったが、兎にも角にも、突然攻撃に転じたアルテミスに虚を突かれた二人組を、あっと言う間に叩きのめして優勝した。



   §-§-§



 実を言えばあの時、華耀も心底驚いていた。アルテミスが己に打ち勝った暁には、魔法をメインにして戦うものだと思い込んでいたのだ。


 だが考えてみれば、アルテミスはあのローズウォール家の一員。剣術メインで何等不思議は無い。


「何故アルテミスが魔法特化型だと思い込んでいたのか考えていたが……、魔法実技だけで、剣術も体術も取ってないからか」


「そうですね……先程の戦いで分かる様に、私が使うのはローズウォール家の剣術では無く、あくまで我流です。そもそも余り剣士に向く体型でも無いですし、武術適性は無いですから、剣と剣を交えると言うよりも、剣を媒体として魔術を放つ戦い方の方が多いです。


 ですから、華耀君の言う通り魔法特化型だと言うのも間違いでは無いですよ。


 物理攻撃に特化した剣術実技はそう言った理由で取りませんでした。体術も……自己強化支援術は余り得意では無いですし。


 正直、総合実技だけは迷ったのですが……自信が無かったのでやめたのです。


 今回は、華耀君を助ける為の魔術を、何の補助も無しに行う自信がありませんでした。だから華耀君の剣を借りて、慣れ親しんだ我流の剣術を使ったのです」


「だとしたら、剣に馴染み過ぎた所為で何も持たずに魔法を使うのが怖い、と言うのもあるかもしれないな。


 何はともあれ、助かった。アルテミスが居なかったら、今頃私は支援術師達の世話になっていた」


「発動のイメージが沸かないが故に調整が利かない、と言う事ですね。確かにそれはあるかもしれません。今後の課題です」


「さて……次は乱戦か。ニーナが出るみたいだし、観戦、と言うより応援の心境だな」


「トーナメント表はくじだと言ってましたが、どうも作為がある様に感じました……。乱戦の組み分けもそうなっているのでしょうか」


「どうだろう。そもそも、くじだろうが講師陣による決定だろうが試合さえ公正であればどうでも良いのに、何であんな見え透いた噓をついたのかは気になるな」


 そんな話をしつつ、始まった乱戦を観戦する華耀とアルテミス。


 ――生徒の見せ場を作り、実力のある人物からスカウトを受けられる様にする。その上で、実力の高い迫力ある戦闘で学院の講義の質の高さをアピールし、寄付金を募って資金調達も行う。その為に意図的にトーナメント表を操作するのは理解出来る。だが、それなら最初から「トーナメント表は講師陣で作成する」と宣言すれば良い。

 わざわざ噓をついてまでくじによる決定だと言う意味が分からない。或いは、本当にくじ引きで決めた筈なのに講師陣も意図せぬ作為が働いている、か。


 そこまで気にする様な事では無いのかも知れない事が、何故か気になる。そう言う時は大抵何かがある。何かがあるか、証拠も無ければ手掛かりも無い。無い無い尽しに悩むよりは、目先の試合の応援に集中する事にした。


 あれだけの大立ち回りを個人戦でやってのけたと言うのにもう回復したのか、ニーナは竜巻の如く他の人物を次々に床に沈めている。


 乱戦は一回に勝ち残る人数が少ない分、試合数も少ない。三戦目が決勝戦の様だった。


「あの様子なら、心配せずとも決勝迄上がりそうだな」


 華耀の言葉に、アルテミスは笑顔で頷いた。普段余り華耀以外の人物と言葉を交わす事は無いが、それでも同じテーブルで食事する面子は既にアルテミスにとって特別らしい。ニーナの活躍ぶりを見て、まるで自分の事の様にはしゃいでいる。


 華耀とアルテミスの見立て通り、ニーナは決勝戦へと進み、イリヤと華耀エレノアと戦った時程苦戦せずに優勝した。


 つまるところ、今期生の中で現時点でのトップ実力者は華耀といつも食事を共にする面子だと言う事である。


 ――付き合いを誰かに強制された訳でも無いし、策略とも考えられないが、こんな偶然があるとも思えない。トーナメント表の事と言い、この件と言い、何だか薄気味が悪いな。まるで誰かに行動を誘導させられているとでも言えば良いのか……。


 ふと、嫌な考えが頭をよぎった。今の面子と親しくなる切っ掛け。入学式からアルテミスの件迄全てにおいて、切っ掛けとなる人物が一人居たと言う事実。


 正直な所、いくら考えても現時点で何を考えているのかは皆目見当もつかない。それどころか彼女・・がどこの誰なのかすら目星もついていない。だが、何も知らない純粋無垢の様な表情で、裏では緻密な計算で自身の思い通りに人を操り、自分の都合の良い人間だけを集めたのだとしたら。その手腕は見事の一言で言い表わさざるを得ないな、と華耀は純粋に思った。


「……今日は疲れたし、残念だけど最後の同科目戦は見ずに部屋に戻るとするよ」


「そうですか。私は最後まで見てから戻ります。また明日、今度は敵同士ですが御互い頑張りましょうね」


「そうだな。頑張ろう。それはそうとアルテミス、気を付けた方が良い。本来なら明日の試験が終わってから正式な許可が下りるが……常識やルールを知らない無知な輩が今日から声を掛けてくる可能性がある。毅然とした態度で明日以降に出直す様、伝えるんだぞ。それでも引き下がらない人物は講師に引き渡せ」


「分かりました、御忠告ありがとうございます」


 一瞬、警告の意味も兼ねて、ニーナの件をアルテミスに伝えるべきか華耀は迷った。だが、口には出さないがアルテミスにとってニーナは、自分を窮地から救ってくれた英雄で、特別な思い入れがある筈だ。臆測だけでネガティブな情報を伝えるべきでは無いだろう。そう判断し、華耀は何も言わずに寮棟へと足を向けた。



   §-§-§



「見応えのある一日でしたねぇ。護衛の子も同科目戦で優勝していた様だし、明日が楽しみっすね。


 それにしてもまさか、妹君が剣術を使うとは。家門的には納得なんですが、見た目的には予想外と言うか」


「私も予想外だった。剣術が様になっている事も……、攻撃系統の魔術が使える事も」


「え?」


「いや、何でも無い。それより、殿下の戦いぶりをみて、どうだった?」


 我ながら誤魔化し方が下手すぎると思ったが、カミルは深く追究せずにあっさりと次の話題へと移ってくれた。


「そうですね……正直あそこまで強いとは思ってませんでした。終盤で疲労から体勢を崩した様ですが、それが無ければ連携の上手い二人を相手に十分立ち回っていました。他の戦いに至っては、相手が未熟すぎると言うのもありましたが、狙いが的確で真っ先に司令塔と思しき人物を見極めていました。状況分析能力にも秀でている証拠です。


 副団長的にはどうなんですか? 前回は背中を預け合った所為で、客観的に見るのはこれが初めてなんでしょう」


「お前の言う通り、驚く程強かったな。だが今日は相手が弱すぎた。何となく気になる事もあるし、本命は明日だな」


「気になる事……聞いた所でどうせ教えてくれないんでしょうね」


「その通りだ。まだ自分の中でも何が気になっているのか、形になってないからな。何かあれば真っ先に伝えるから、そう不貞腐れるな」


「うーん、街で何か驕ってくれれば機嫌が直るかもしれないですねー」


「またお前はそうやって……全く、仕方が無いな。全試合終わった事だし、今日はここ迄にして、街に行くぞ」


 貴族然としておらず、空気を敏感に察した上で適度に軽くしてくれる。カミルのそう言う所が好ましく、アシュレイはついつい甘やかしてしまうのだった。

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