少年と母親2

 そうして数年が過ぎた。国王は貴族達の要求を退け、側妃を一人たりとも迎え入れなかったが、華耀に関しては事情が違った。


 貴族達の言う病弱・・は完全に誤解で、魔導師四人からの加護により、華耀は人並み外れた体力と頑強さを持っていたが、年を重ねれば重ねるほどに男女の見た目の差は顕著になる。


 その頃には華耀も気付いていた。どんなに魔法を使いこなせるようになろうが、武術を極めようが、母と自分の立場が良くなる訳では無い。


 貴族達は、母が他国の人間であるにもかかわらず国王からの寵愛を盾に大きな顔をしているのが気に食わない。そしてその息子である自分が、父では無く母に似た容姿であるのがそもそも気に食わないのである。


 むしろ今目立てば、国盗りだと騒ぎ立てて命を狙われる可能性の方が高い。と言うより、これまでだって既に何度も命を狙われている。


 ある時は買収された護衛に、庭で刺殺されかけた。またある時は王宮での催し物の際に、毒殺されかけた。


 どれもこれも大事には至らなかったがそれ以来華耀は、自分の身辺に置く人物は自分自身で徹底的に身辺調査を行うことにし、最低限の人数に留めた。着替えも食事も極力自力で行った。世話をする者が増えればその分、体質がばれてしまうリスクが高まるからだ。


 その上で華耀は、病弱と言う噂を逆手に取り、貴族達を遠ざけた。最低限、出席しなければいけない催し物は出たが、それ以外は全て体調を理由に欠席した。華耀のこの体質は、貴族達にとって糾弾する為の格好の材料だからだ。


 華耀はもう、両親以外誰も信じられなかった。表面上は華耀を親身に教えてくれてはいるが、そもそも大魔導師三人が一番信用ならないのだから仕方が無い。貴族なのか、師匠達なのか、暗殺の首謀者すらも判断がつかなかった。


 どちらにせよ、五歳の頃と数年経った今とでは男女で体格の差が出てくる。ごまかしが効かなくなる前に、と華耀は王妃の遠縁としての立場で毎日を過ごすことにした。


 だが、遠縁と言う立場はそれはそれで面倒くさい。目立てば跡継ぎの座を狙っているとか、よからぬ噂を立てられる。数少ない華耀の味方になる派閥からしてみれば、こっちが暗殺対象なのだ。


 エレノア・ブロッサム。それが女の姿である華耀の名だ。王妃の遠縁だと言うのならば帝国の名でなければおかしいが、そこはそれ、国元に居ては命にかかわる為、死んだことにして引き取ったのだ、と言うもっともらしい理由を付けてライゼンアムド風の名を用意した。


 何のことは無い、立場上外に出られない華耀が、外で動きやすい様にこの国で目立ちにくい名前にしただけである。髪色はそれこそ魔法なり染料なり付け毛なりでどうとでもなるからだ。


 だから華耀エレノアは一時期王都にある学校に通っていたことがある。残念ながら、それに気付いた貴族達に、王子を差し置いて王妃の遠縁が学校に通うとは、と言われた為にやめざるを得なかったが。


 流石に華耀として学校に通うことは出来なかった。数年間の修行の成果か、それなりに性別変換魔術に割かれる魔力量を減らすことに成功したものの、使用可能魔力が膨大になりすぎて、簡単に華耀に戻れなくなってしまったからだ。


 城内であれば魔力を吸収する部屋を用意し、無理やり魔力消費量の多い魔法を連発して男になれるが、魔力の自然回復時間がやたらに早く、エレノアに戻るまでの時間が短い所為で一日学校に居られない。


 それに加えて大魔導師三人が師匠である、と言うのは周知の事実なのに、華耀に戻ってしまえば魔法は使えないのだ。流石にそれは貴族達に華耀を引きずり下ろさせる良い口実になってしまうので、断念した。


 十五歳になれば、正式にどこかの学校に通うことになる。その時に、学校生活そのものが初めて、と言うのと短い間でも経験がある、と言うのとでは違いが出てくる。


 候補に挙がっている学校は、どれも学校の方針で身分を隠して過ごせる所だ。この国のたいていの貴族は、幼少期から貴族学校に通うし、平民は平民で、職業訓練校に入る者が多い。集団生活そのものに慣れていない者は珍しく、周囲から変に浮いてしまうだろう。


 だから短期間とは言え、エレノアとして学校に通ったのは華耀にとって良い経験だった。


 あと数年。数年ここで我慢すれば、学校で、華耀は自身の地盤を作ることが出来る。絶対的な地盤を築けさえすれば、貴族達から自分と母を守ることが出来る。


 噂は更に拍車を掛け、更に国王に対する側妃案は増したが、父は徹底的にはねのけた。その代わり、華耀を跡継ぎとして指名することと、許嫁をもたせることもしなかった。


 貴族側は、国王が妥協して半分だけ条件を飲んだと思っている。だが、何のことは無い、華耀にとってもその方が都合が良かった。


 跡継ぎとして正式に指名され、皇太子になればますます命を狙われる。逆に、皇太子派が暴走して、王妃の遠縁であるエレノアを警戒して命を狙う可能性だってある。どちらにせよ、皇太子と言う肩書きになるだけで、派閥争いは華耀を巻き込んで激化するのは目に見えている。


 そして誰も知らないだけで、どちらの派閥も担いでいる人物が華耀なのだから手に負えない。


 もう少し、もう少しだけ。国王の子供が一人きりなのに跡継ぎに指名しないのも、仮ですら婚約しないのも異常だが、ぎりぎりまで引き延ばす。少しでも長く政治関連のしがらみから逃れられれば、それだけ生存率があがるのだ。


 だが、全ての事象には終わりがある。特にたった一人の跡継ぎがいつまでも病弱だと言う噂があれば、母の出自如何に関係無く、貴族達を抑えるのも、厳しくなる筈である。


 十八歳まで。恐らく、父が皇太子の指名を延期できるのはその辺りまでになるだろう。その頃には父も四十になり、華耀に見切りを付けた貴族達にせっつかれた父が新たな妃を迎え、次の後継者が生んだとして成人する頃には六十前後。老齢と呼ぶには早いとは言え、老い始める年齢だ。


 貴族達もそこまで計算するだろう。そしてその頃にも今の膠着状態が続いていれば、何とか打破するために要求が激しくなる筈だ。


 それまでに華耀が噂を払拭出来るくらい自分の身体の制御も出来る様になり、それと同時に水面下で自分の味方を集めねばならない。皇太子として父が華耀を指名しても、誰も表面上は反対が出来ないくらいに。


 そうでなければ今度貴族達の口をついて出る言葉は、側妃案では無く、母に対する廃妃案、そして華耀に対する廃嫡案。


 そう踏んだ華耀は準備を着々と進めていくのであった。

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