少年と母親1

 「大魔導師三人が弟子にと見込んだ王子」の噂はまたたく間に広がり、貴族達はこぞって華耀の元へと押しかけた。


 母には「身体が女性になってしまったのだから気を付けなさい」と言われたが、一体何をどう気を付ければ良いのか、華耀にはぴんと来なかった。


 だから、登城する度に華耀の元へと顔を出す貴族達を特に避けることはしなかったし、むしろ次々と渡される土産は密かな楽しみですらあった。


 けれど、そんな華耀の内心とは裏腹に、訪問者は一人、また一人と減っていった。


 初めはそれが何故なのか、全く分からなかった。理由が分かったのは、中庭で迷子になってうろついていた時。


「……なあ、最近殿下に関する陰口をよく耳にするんだが……」


 周囲に誰も居ないか確認しながら、茶髪の青年が声を潜めてそう言った。自分の話をしている、と気付いた華耀は息を潜めた。何となく、あまり良い話では無い気がしたのである。


「まぁ確かにな。なんで急にそんなことを?」


 答えたのは褐色の肌の青年。どちらも、最近華耀の元へと通う様になった貴族の子息だ。


「なんで、ってそりゃ、殿下はまだ五歳なのに、ずいぶんじゃ無いか? 父上も、最初は殿下に近付こうと必死だったみたいだけど、最近じゃ陛下の所へ姉さんを嫁がせる方法ばかり考えているよ。


 一応俺には殿下の所へ行け、って言ってるけど明らかに殿下に見切りを付けた感じ。なんでみんなそこまで急に手のひらを返したのか、さっぱりで」


「あー、俺の所も大差ないな。親父はそろそろここに通わない方が良いかも、ってさ。ま、騒ぎ立ててるのが上位貴族ばっかりだし、俺達下位貴族は関わり合いにならない方が良い、って意見には俺も賛成だ。


 お前、座学は昔から苦手だもんなぁ……。良いか? この国は元々、各国の戦争被害者を集めて始祖である英雄王が守り抜いたことが由来だ。そこから更に年月を経ても、変わらず各国の亡命者やら流民やらを受け入れてる。いわゆる多国籍国家ってやつだ。


 髪の色、瞳の色、肌の色。皆違う。だけど王族だけは例外だ。どんな人物が輿入れしようが影響を受けること無く、代々金髪金眼だった。それが突然、他国から嫁いで来た黒髪黒眼の王妃様の影響で黒髪黒眼の跡継ぎが生まれてしまった。


 その上殿下の名前も緋藍帝国王妃様の故郷の言葉。


 この国じゃ王の伴侶も同等権利を有するから、どうしても緋藍ひらん帝国による乗っ取りに見えてしまうんだろ。


 更に殿下は、魔法適性があるはずなのに、大魔導師三人に師事しておきながら未だにろくに魔法を使えない。そうなると……緋藍の血が濃すぎるせいだ、って話になるだろう?


 確かに殿下はまだ五歳。魔法だって、これから身につける可能性は多いにある。だけど、それを待つよりも新たな妃を迎えて正しい血筋の子を、と言うのが貴族達の本音だな」


 黒髪黒眼。王妃。乗っ取り。その全部の意味が分かった訳では無いが、自分と母のことを良く思っていないのだと、華耀は感じた。


「でも、国王様と王妃様は珍しいことにほら……恋愛結婚だろう。新しい妃と跡継ぎを、なんて言われて、受け入れると思うか? それに、緋藍帝国から王室に輿入れしている人物は過去にも居るし、その中には緋藍帝国の名前の国王様だっていただろう。なんで今回だけ許されないんだ?」


「まあ、王妃様がこの国の貴族だったなら問題にはならなかったのかもしれないが。


 たまたま他国の貴族と恋愛結婚をしたら、たまたま王妃様似の黒髪黒眼の王子様が生まれ、たまたま王妃様の国の名前を付けられた。そんなこと、信じられるか?


 国王様が二トラール学院に入学するのを見計らって、同時期に入学。色仕掛けで王妃の座に納まった。こう考えるのが当たり前じゃ無いか?


 今までは金髪金眼の子供が生まれたから、名前が緋藍帝国風でも許されていただけだと思うぞ。容姿も名前も緋藍帝国の人物は、過去に誰一人として居ないはずさ」


「要するに、国内のどんな貴族が輿入れしようが影響を受けずに代々金髪金眼だった王室が、他国から嫁いで来た黒髪黒眼の王妃様の影響で黒髪黒眼になってしまったしまったのが問題だ、と」


「それにほら、噂じゃ王妃様が遠縁の子を引き取って宮に住まわせているって言うだろう。


緋藍帝国は摩訶不思議な術を使うと言うから、国王様が王妃様の呪術に蝕まれているとか、引き取った子を世継ぎにしようとしているんじゃ無いのかとか、噂はどんどん悪化してる。


 仮に全てが偶然だったのだとしても、王妃様の行動を快く思っていない人物が多いのは事実だ。このままじゃ王妃様と殿下の立場は危ないだろうな」


 褐色の肌の青年の言葉に、茶髪の青年は納得した様に頷き、二人してその場を後にした。


 庭園に残ったのは、華耀ただ一人。


 ——まほうを使わなければ、みんなぼくからはなれていく? ぼくがもっとがんばらなければ母上がいじめられるの?

 でも、どうすれば……。ぼくはまだ、おししょうさま達のまりょくをろくに扱えない。初きゅうのまほうを一つ使うだけで、すぐに倒れてしまう。こんなんじゃきっと、もっとみんなに嫌われてしまう。


 どこをどう歩いたのか。気付けば、華耀は自分の宮へと戻ってきていた。


 その日から、華耀はとにかく大魔導師師匠との授業に没頭した。それが母の立場を少しでも良くするのだと、信じて疑わなかった。


 けれども、魔力のほとんどが性別変換魔術に用いられている華耀は、初級魔法を少し使うだけで女から男に戻ってしまう。その際の痛みは耐えられる物では無く、華耀は地面を転げ回った。


 身体が男に戻った後は、魔法は使えない。要するに余剰魔力を使い切り、性別変換魔術に用いられている魔力を使用して、初級魔法を使ったのだ。


 その結果、性別変換魔術は術を保てなくなり、男――本来の姿――へと戻る。しかし、根本的な解呪とはならないらしく、本来時間経過で自然回復する魔力は、全て性別変換魔術へと吸い込まれていく。だから男の姿では華耀は魔法が使えない。自由になる魔力が何一つ無い状態ゆえに。


 不幸なことに、その様子を遠巻きに見ていた貴族達は、華耀が病弱なのだと勘違いをした。初級魔法ですら反動が大きく、身体が耐えられないのだと。


 流石に、「殿下の容姿が王妃に似ている」だけでは行動に移せなかった貴族達も、「一人息子が病弱では、王家の血筋が途絶える可能性がある」との大義名分を得たことによって、ここぞとばかりに自分の娘や妹を側妃に、と国王へ紹介しはじめた。

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