人前で醜態を晒す事、それすなわち社会的死を表す2

 どういう仕組みなのかは未だに解明されていないが、五歳の誕生日を迎えた直後から、殆どの人々が突然何かしらの適性を発現する。


 昔は、ある日子供が蝋燭の火を操った、溺れたのをきっかけに水を操れる様になった、等、日々の生活を営んでいる中で偶然判明したものだが、今はどの様な適性があるのか、ある程度統計が出揃っているおかげで、適性を検査する施設にて色々調べる事が出来る。


 料理、建築等、様々な専門職の適性だ。過去に余り事例が無い適性の検査は対応していないが、必要とあれば別場所にて実施する事も可能だ。


 適性があるからと言って必ずその職に就かなければならない訳では無いが、逆に本人が望むのであれば適性に合った職業訓練を早いうちから無償で受ける事も出来る。


 これらの制度は二代ほど前の華耀の曽祖父に当たる王によって制定され、国民は貧困にあえぐ者が減ったと言う。



   §-§-§



 宴の数週間前、華耀も例に漏れず、適性検査を受けていた。結果は謎が多かった。


 魔法適性は確かにあったのだが、魔力が絶対的に少なく、使える筈が使えない状態。適性と呼べるのか周囲が首を捻る程だったと言う。


 大人になるにつれ自然と魔力保有量は増えるだろうが、魔法に対する適性が皆無の者並に少ないらしい。将来的に奇跡でも起こらない限りは、適性があってもまともに魔法を使うのは難しいとの事だった。せいぜいが日常生活で火を付けたり消したりする程度。


 だが、適性は一つとは限らない。故にあまり詳しく考えず、他も一通り調べてみた所、華耀は武術にも適性がある様だった。


 その他、適性と言う括りでは無いが、調べている過程で華耀の耳と眼が異常に良い事も判明した。


 単純に音が良く聴こえ、遠くが見渡せるのでは無く、通常は聴く事が出来ない魔法の発生音や、視る事が出来ない魔力の流れが視えると言う事だった。武術を極めるのであれば非常に有用で、例えば視野が狭くなりがちな近接戦で、音さえ聞き逃さなければ回避もし易い。魔力の目視が出来るのであれば、何らかの方法で魔法の妨害も可能なのでは無いかとの事だった。


 そちらの方のインパクトが強かった所為か、周りの者はさして魔法適性の謎を気にせずに終わってしまった。


 或いはそこに、北の大魔導師が居れば話は別だったのかもしれない。だが、大規模な自然災害にて彼の故郷である国の北側が壊滅的被害を受けた為、タイミング悪く不在であった。


 被害の報告があった時、それでも彼は暇も願わずにいつも通り仕事をこなしていたが、王直々に、かの地に赴く様、勅命を授けた。


 曰く、彼の力を使った方が兵を向かわせるよりも圧倒的に復興迄の日数が早い。それは理に適っていたが実の所、北の大魔導師に対する王の情だ。


 彼らには王と家臣以上の絆があった。


 最も、他に優先すべき何かがあれば、王として責務の為にそちらを優先させただろう。だが生憎と迫っているのは息子の適性検査と御披露目の為の宴。居てもらえればありがたいとは言え、北の大魔導師が居なければならない大事では無い。


 東西南の大魔導師が来る可能性を想定し、北の大魔導師を側に置く事も考えたが、偏屈や酔狂さでも有名な三人である。出欠連絡も当然の如く寄越さず、気紛れが故に当日ふらりと現れる様な性格の持主達の為に故郷へ行くなとも言い難く、また、半ば来ないであろうと思っていたと言うのも理由の一つである。何せ、現王の生誕祭には現れなかった三人である。今回も来なかったとしても何ら不思議では無い。


 最も、その判断が仇となった訳であるが――。



   §-§-§



 王宮魔術師筆頭である北の大魔導師ことリカルドは、筆頭の名にふさわしく誰よりも強いが、彼の真価はその頭脳にこそある。息子の宴よりも災害後の復旧に赴かせるのは道理であった。そしてまた、彼の優秀さと、適性検査を受ける前から旅立っていた事が功を奏して、北の大魔導師が城へと戻ってきたのは宴の翌日だった。


 王は宴の最中にその知らせを受けていたらしく、急遽宴を延長し、翌日まで持ち越した。要するに体の良い軟禁である。


 一応は善王のあだ名を冠する程度には名君、余程の事でも無い限り、こんな無茶はしでかさない。だが、今はその“余程の事”が起こっていた。


 何せ王子――息子――が、娘になったのである。理屈では説明が付かない。


 ましてや、問題の三人が自身の身体に異変を感じた様で、騒ぎ出している。当然他の出席者の目にも入る訳で、王子の叫び声と相まって会場は不安の渦に飲まれていた。人の口に戸は建てられぬが、このまま解放する訳にも行かず、頭を悩ませている所に“北の大魔導師明日帰還”の報告を思い出したのである。


「王子の適性は魔力吸収の可能性が高いかと」


 適性検査の結果や、宴での出来事を聞いた北の大魔導師は迷う素振りを見せながらも、口を開いた。


「私も存在しか聞いた事はありませんが、それ以外に現状、当てはまりそうな事象を伴う適性は思いつきません。魔力吸収適性を持っている人物は、元々の自分の魔力保持量が圧倒的に少ないと言います。自分で保持するよりも他人から吸い取った方が効率が良いですし、自己の限界を超えては吸収出来ない。ですから、必要な時に吸収出来る様に元の保持量は少ないらしいのです。その辺りも王子は当てはまります。


 恐らく、幼いが故に吸収の制御が出来ず、突然目の前で膨れ上がった三人の魔力を吸収してしまったのでは。


 王子の話を聞く限りでは、彼の目には魔力がとても綺麗な色に視えている様です。無意識に”欲しい”と願ったのでは無いかと」


「だがリカルド、性別迄変わった事は何とする?」


 王の言葉にリカルドは答えた。


「まだ五歳になったばかりの身体に、三人揃えば一国を潰せる程の力を持った大魔導師の魔力は吸収しきれず、負荷どころの騒ぎではありません。生きているのが不思議な位です。私が見た限りでは全く構造が読み取れませんが、過剰な魔力は人体を蝕みます。力が転じて、呪いとなって王子の身体を蝕んでいる状態なのでは無いでしょうか。


 当然の事、王子は吸収した魔力を手放す方法を知りません。故に、吸収時に余剰分の魔力をどうにかする為に、本能的に身体が魔力を強力な魔術に変換したのではないかと」


「つまり、華耀が力を制御する方法さえ見につければ、元の身体に戻れると言う事であろうか?」


 王の言葉に、リカルドは頷いた。


「その可能性は大いにあります。ですが、ただ制御する方法を身に付けても、今現在使用せずに身体の周囲を漂っている魔力のみしか制御出来ない可能性はあるでしょう。


 性別を固定する為に使用している魔力を完全に制御する為には、その魔術そのものに精通しなければならないかと。ですが、恥ずかしながら私はその様な魔術の存在を聞いた事はございませんので……」


 リカルドの言葉に、王は項垂れた。


「そうか……。早急にどうにかなるものでは無い事はあいわかった。


 しかし、そうなると王子として遇するべきか、王女として遇するべきか、判断が付かぬな。宴に参加していた者達にはなんと説明すれば良いだろうか」


「素直に説明しては、王子の評判に影響が出る事も予想されますが……しかし、王女でした、では将来的に元に戻れた時に困りますし……双子だったと言う事にするか、王子は王子としてそのまま発表し、今の御姿の王子は王妃様の遠縁と言う事にでもして、暫く城に滞在してもらう体を取るか。どちらにせよ、術が身体にどの様に影響するのかはまだ不明です。本来の魔力吸収とは、使う分をその場で調達する為の適性ですから、長時間その魔力を己の物とする事は不可能な筈なのです。もしかすると、すぐに魔力が霧散して戻る可能性や、日に一度は戻る、魔力を使い果たせば戻る等の可能性も否めません。王子の位を無くすのは尚早かと。


 それよりも、三人の処遇についての方が難しいのでは。命より大事な魔力が戻らない可能性があると知れば、暴走する可能性もあります。不敬罪にて即刻処分すると言う手もありますが、王子の今後の事を考えればあまり良い手とは言えません。幽閉が妥当かもしれませんが、それでは知恵を借りたい時に法螺を吹き込まれる可能性もあります。こちらは何かお考えが?」


 リカルドの問いに、王はつかの間沈黙し、ゆっくりと口を開いた。


「ふむ……三人とも酷く取り乱しておる。自慢の魔力が全て取られたのだから当然であろうな。もしもこのまま暫く魔力が戻らなければどう出るか……。


 彼ら程の魔術師であれば、魔力が無ければ脅威にならぬと言う訳でもあるまい。


 王族の前で多少争ったとは言え、不敬罪にする程の事でも無いと思うが、下手にこの城に賢者として滞在許可を出そうものなら手っ取り早く息子の命を狙う可能性もあるか。


 しかし、息子の為には三人の知恵は恐らく必要になる……これは難問だな」


 王の言葉にリカルドは頷き、躊躇う様に口を開いた。


「王子を害しても魔力が戻る保証は無いと言う考えに、本人達が辿り着かぬ訳がありません。ですがその根拠も薄い。危険な賭けではありますが、何某かの方法を以ってその説が濃厚だと思わせれば良いのではないでしょうか」


「なるほど、しかしそれではある日突然考えが変わった時が危ないな」


「ええ、だから危険な賭けなのです。最初は納得していても、一向に魔力が戻る気配が無ければ焦りが募って王子に手をかけるかもしれません。或いはこちらの思惑に嵌った振りをして、最初から王子を狙う気かもしれません。


 場合によっては、一切説得せずに罪人としてひっ捕らえた場合よりも表向き、お互い友好関係を築いている様に見せかける分、化かし合いになる事を考えれば、危険度は跳ね上がります。


 それと分かっていながら城内に不穏因子を増やす事になりますし、それに伴って対策費も跳ね上がります。


 ですから、この辺りを鑑みた上で御判断をしていただければ、と」


 長い沈黙の果てに、王は疲れた様に呟いた。


「今現在の状況では処刑に値する不敬とは宴の参加者も思うまい。実行するには言い争い時に王子を傷つけた、等の名目が必要。


 それには当然記憶の書き換えも必須、か。既に起こった事象に書き加える事は容易いが、起こっておらぬ事象を書き換える事は容易では無い。いずれ綻びが出るであろう。


 既に宴の引き伸ばしも不審に思われておる頃合、この件の処理に関する熟考は無理、か。致し方ない。


 この決断が我が子の運命に苦難を与えぬ事を祈るばかりだ。


 ――”王子の師として三人は暫く滞在する”。良いな」


「王の御心のままに」


 頭を垂れると、リカルドは優雅な足取りで部屋を退出した。


 その姿を見送った王は、緊急事態でも変わらぬ彼の動きに、少しだけ安堵を覚えつつ、深く溜息をついた。


 彼の知と腕があれば、三人の諍いも王子の異変も、少しの不自然さを感じさせる事無く、王子の生誕祭にてかの有名な大魔導師三人を、王子の師として迎え入れると言う、王国にとって心強い話題へと早変わりするであろう。


 三人の大魔導師は、魔力を失った。だが代わりに、変わらぬ名声と王族の師と言うステータスが残る。


 聡い者であれば、例え腹の内が煮え繰り返っていようが、この状況を無碍にする事はあるまい。魔力が無くなった事を周囲に知られる事無く、名声も衰える事が無い。


 或いは、自身では無く王子を本格的に魔術師として一流に育て上げ、名声をもっと上げる道を選ぶ者も居るかもしれない。


 三人が結託するよりは今迄通り犬猿の仲で居てもらった方がこちらとしては都合が良い。果たして三人は、どの様な選択をするのか。


 巨大な不穏因子を城内に三人も拘留する――。王の決断として、この選択肢は間違いであるだろうか。


 だが、どうしても我が子を見捨てる様な真似は出来なかった。理由をつけて人々の記憶を改ざんし、処刑に持ち込んだとして、その後、我が子が取り込んだ魔力を制御出来なければどうなる? 制御出来たとして、それが呪いの様なこの魔術からの完全解放を示すのか? それらを考えた結果、危険を承知で三人を生かす選択を瞬時に下していた。


 三人が我が子の命を狙う可能性も考慮に入れた上で、想像出来得る範囲の危険よりも、全く未知数の方の危険に我が子の運命を委ねる恐怖の方が勝ったのだった。

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