王国ライゼンアムドの禁秘

暁月 紅蓮

プロローグ

人前で醜態を晒す事、それすなわち社会的死を表す1

 それは盛大に行われた。


 聖誕祭。この国の王族は五歳までその存在を明かされない。性別然り、名前然り、容姿然り。五歳になる頃に行われる聖誕祭と名付けられた御披露目会迄は一切秘匿されている。


 当然、人の口に戸は建てられない為、生まれた頃に幾ばくかの噂は流れる。だが、正確な情報はこの祝いの席迄はもたらされない。



   §-§-§



 今回の祭りの主役は自分だった。五歳の頃の自分。それを華耀かようは見つめていた。


 これは夢だ。いつも通りの、悪夢。一度見始めてしまえばもう、この宴が終わるか、華耀の眠りを妨げる何かが現実で起こらない限りは終わらない。


 結末を変えようと足掻いてみた所で、その手は空を切り、声は誰にも届かない。もうすぐ忌まわしい出来事が起こる。そう思うと、無駄と知りつつも身体は無意識に動いていた。


 王と五歳の華耀の眼前には若い女が頭を垂れている。この女の発言が全ての元凶だ。


 華耀は無意識に女の口を塞ぐべく手を伸ばした。だが、夢は幻。華耀の行動を嘲笑うかの様に風景は手をすり抜け、煙の如く霧散し、数歩離れた位置で寸劇を続けた。


「此度は王子の聖誕祭にお招き頂きありがたく存じます。


 先程、王子の適性は武術だと御聞きしました。


 東の大魔女と呼ばれて久しい大魔導師、その腕は世界一だと自負しております故、王子には人目を惹いてやまないその美しさ同様、華麗な人生を歩まれます様、御加護を授けたく参上致しました。


 つきましては、武術に必須の頑強な身体等如何でございましょうか」


 東の大魔女の言葉が終わるや否や、人混みの中から大音声の反論の声が上がった。


「御加護を授ける事に異議は無い。我も持てる力全てを捧げて御加護を授けましょう。だが、世界一と言う所には意義を唱える。


 我は西の大魔導師と呼ばれて幾星霜。東の赤子に遅れを取るとは到底思えんな。まして、王子の適性には魔法もあると聞いている。


 ここは一つ、古今東西の魔道知識を吸収出来る、優れた記憶力にすべきでは無いのか」


 人を掻き分けて王の前に姿を現したのは魔術師と言うより武官と言った風体の男。まだまだ現役と言った年齢層に見えるが、優れた魔術師――魔導師、或いは大魔導師と呼ばれる程――、は己の寿命を巧みに伸ばすと言う。東の大魔女を赤子と呼ぶ程長寿だとしても、さして不思議では無かった。


「それを言ったらあたしだって南の覇者と呼ばれてる大魔導師だよ、世界一を名乗る資格はあるんじゃないのかい?


 あたし的には、王子たる者、人を従わせてなんぼの物だし、溢れ出るオーラが良いと思うけどね」


 東西の争いに加わったのは南の覇者。三者三様だが皆、王の御前である事等忘れたかの様に睨み合っている。


 五歳の華耀は雰囲気に飲まれて動けず父を見るばかり。困り果てたのは父である王で、苦笑しながら三者を宥め様と手を尽くし始めた。


「皆様お揃いで。招待を受けて頂きありがたい。息子に加護を授けてやって下さるとは誠ですか。


 世界一の名にふさわしい皆様から加護を授かるのですから、我が子は間違いなく王族、いや、人として世界一幸運でしょうな」


 話題を転換してこのまま収束させようと言う魂胆が透けて見えたが、父王なりの精一杯の対応だったのだろうと、今は思う。


 国を統治すると言うのは主に申請書類を承認し、嘆願の耳を傾け、新たな案を募り、研究を国民に命じる事である。王一人で国を動かそうと言うのは不可能な話だ。


 だが、一方東西南の魔術師――ともう一人此処には居ないが王直属の部下である北の大魔導師と呼ばれる男――は一人で街を破壊出来るだけの武力を持ち合わせている。三人ともなれば文字通り国を潰せるのではないかと言う力だ。


 それだけの力がある者達を自分達の眼前に呼ぶ事に不安はあっただろうが、宴に呼ばなければ恨みを買う可能性も大いにある。故に、何も含むところが無い事を示す為に彼らを呼んだが、至近距離で刺激したくないと言う本音が先の父の言葉には如実に表れていた。


 そんな父の言葉が彼らを刺激したのか、それとも単純に彼らの中での優劣を付けずには終われなかったのか、それは幼かった華耀の記憶からはもはや読み取る事が出来ない。だが、王子に祝福を授けるのが誰か、と言う話で揉め始めた事だけは記憶からでも伝わった。幼い華耀の身体では、三人の加護を受け止められない、と言う常識だけは持ち合わせていた事が結果として余計に災いを招いた形になった。


 誰から始めたのかは分からないが、そのうち三人は己の魔力保持量で優劣を付ける気になった様だった。


 場所も人目も憚らず、魔力を解放し出す三人。


 魔力の解放その物は、特に誰の害にもならない。強いて言うならば中途半端に魔力を持つ者が近づけば、多少当てられて体調を崩す可能性がある、その程度の筈だった。


 だから父王も下手に関与するよりは早々に決着が付くならばと、多少の無礼には眼をつぶり、傍観しようと考えたのだ。


 だが、事態はそう上手く収まらなかった。彼ら三人の一番近くに、華耀が居た事によって。




 ここからの事は鮮明に覚えている。


 三人の身体から何色とも表現出来ない程美しい様々な色の何かが立ち昇ったのを視認した途端、五歳の華耀は純粋に欲しいと思った。


 あの綺麗な輝きを自分の物に出来たら楽しそうだ。多分、そんな単純な理由だった。


 ところが、そう願った途端、三人から出ているあの綺麗な何かは、明確な意思を持ったかの様に幼い華耀に向かって飛んで来た。


 華耀はたじろいだ。だが、何かは驚く程すばやく華耀に接近し、逃げる暇を与える事無く小さな身体を貫通した。


 衝撃。しかしそれは、恐れていた痛みでは無く、暖かかった。


 ほっとし、思わず硬く瞑った眼をゆっくりと解く華耀。


 ところが、気を抜いた途端、今度は身体から強烈な痛みを感じた。


 それは五歳の身体に耐えられる痛みでは到底無かった。


 頭痛や腹痛、或いは怪我をした時の痛み等では無く、身体の内側から根本的な何かが作り変えられる様な痛み。身体中が悲鳴を上げ、それに呼応する様に幼い華耀と、それを見ている今の華耀もまた、知らず知らずのうちに悲鳴を上げていた。


 それは一瞬だった、とは後に王から聞いた話だ。幼い華耀にとってはとても永い時間に感じたが、周りの人物からしてみれば瞬き二回分程の時間。


 その後の事は余り覚えていない。だからいつしか夢の風景もおぼろげなもやの様な物へと変じていた。父王が眼前に現れ、華耀に対して何があった、大丈夫かと問いながら身体をあちこち触っていた。そして何かに気付いたのか、すぐさま華耀の世話役を呼び、身体中を調べ上げる様に命じた。そうして幼い華耀は、気を失いながら宴の席を後にしたのだった。

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