中間試験2

「カミル、聞こえるか。殿下は見付かったか? こっちは一戦目の八割が終了した所だ。私の記憶よりも勝敗がつくのが早いが……。


 二戦目も七十五組程居るとなると、まだ実力差がある組が多いだろう。精々一試合の時間が長くなるのは三戦目以降だな。お前の言う通り、すぐにでもお連れしないと、あっと言う間にグループ方式のトーナメント戦になってしまいそうだ」


「副団長は卒業してから多少年数が経ってますしね。ここ最近の傾向的には……入学直後の試験は情報が少ない分、二極化しやすいんすよ。片方は事前に伝手でも何でも使って、試験難易度を正確に把握する、もしくは想定よりも高めに見積もって試験ギリギリ迄努力するグループ。もう片方は入学出来た事に安堵するのか、伝手が無くて情報が入らないのか、或いはここでの生活に慣れるのに必死なのか、とにかく試験に対する対策が不十分なグループ。前者と後者がぶつかれば、前者の独擅場なんで、当然勝敗はすぐにつきます。


 まぁ、三戦目以降は恐らく努力したグループばかりが残るんで、試合時間も多少は長くなる筈でしょうけど……。個人的には近年の傾向の方が、実力だけでは無く、事前の情報収集能力、リスクの見積もり方、有事の際の備え方とか……まぁ参謀に向いた武官が見極められるんで、良いと思いますけどね。参謀は文官の仕事、と言ってしまえばそれ迄ですが、武官の方にも文官の考えを理解出来るだけの処理能力の高さは必要だと思うっす。


 で、王子の件ですが、困った事に、部屋から応答は無いんすよねー。多分ですけど、中からは誰の気配も感じられません。まぁ、感知妨害系の魔術とかが掛かってなければ、の話ですけど。


 とりあえず図書館とか、食堂とか、手当たり次第に見て来ましたけど……そっちにも居ないです」


「そうか……。悪いが引き続き捜索を頼む。決勝迄は、試合数的には少なく見積もっても、三,四十分程は掛かるだろう。続けてグループ戦を行うとも考えにくい、多少の休憩を挟むとすればまだ少し猶予はある。


 それと、殿下の場合は慣例が当て嵌まらない場合が多くて何とも言えないが、本来ならば護衛も同時に入学してるだろう。もしかしたらそっちも殿下を捜してるかもしれないが、生憎と俺達からは誰が護衛なのかは分からない。場合によっては向こうからお前の挙動を不審に思って声を掛けてくるかもしれん、適当に正体を探ってみろ。護衛の様なら、協力するかしないかはお前の判断に任せる」


 カミルとの連絡を遮断したアシュレイは、まだ試合が続いている場所を遠目に見つめ、カミルの生い立ちへと思いを馳せた。


 カミルは二年前に学院でスカウトされ、新人騎士として城下担当の配属となった。砕けた物言いに騙される者も多いが――演技なのか素なのかはアシュレイも判断がつかないが――、彼は武術も然る事ながら、優れた情報収集能力や頭の回転の早さ、そして大抵の事は何でも出来る引き出しの多さによって見出だされたと言っても過言では無い。


 カミル・リベルテ・アーベライン。アーベライン伯爵の令息として生まれながらも、四男と言う地位の所為で見向きもされず、かと言って外で家門に泥を塗る行いをせぬ様、その身には自由も無く。典型的な長子崇拝主義の家系に育った。能力よりも長子である事を重視する家柄。国の政策故に適性試験は受けるだけ受けさせてはもらえたが、長子より優れた適性を示しても、何の意味も持たなかった。とは言え、最低限の衣食住は与えられていたのだから、貧しい暮らしをしている者に比べれば恵まれている、と言う意見は多いだろう。


 だが、生まれながらに敷地から出る事は許されず、ただひたすらに最低限の衣食だけを提供される毎日を送り、成人すれば家を追い出される身。平民と違い、街の物価も知らなければ働き方も分からない。その状態で家を追い出されて、生きる当てがあるだろうか。平民ならまず選択する、職業訓練校も平民が通う学校、と言う理由で通う事は許さない。


 三子はこれと言ってずば抜けて秀でる適性も無く、また衣食住が確保されていた状態が故に、先の事を考えもせず、その身の上に危機を抱く事は無かった。だが、四子のカミルは違った。


 幸か不幸か、カミルの適性は武術と知能。文武両道を可能とする、珍しい適性にもかかわらず、報告を聞いた両親は素っ気無かった。彼は五歳にして、生きたければ自分で何とかするしか無いと悟ったのである。


 家庭教師の類いは付けて貰えず、学費も一切出して貰えない。その上貴族のプライドと言う下らない物の所為で手っ取り早い職業訓練校には通えない。だが、金さえ掛からねば家の中では比較的自由に動けた。故にカミルはまず、屋敷の図書室に入り浸り、本を読み耽った。伯爵家の書庫である、幸いにも蔵書の数はカミルが生きる道を見付ける為には十分であった。


 そうして蔵書をあらかた読み終わったカミルは、次は長子の部屋に入り浸り、家庭教師の講義に耳を傾けた。一緒に受ければ文句を言われたかもしれない。だがカミルは、自身の幼い年齢を巧みに使い、ただ、長子の部屋で遊んでいる体で教師の話に耳を傾けただけである。それだけで、カミルには必要十分な知識が手に入った。


 それと同時に、長子とその代わりスペアである次子に深く失望もした。自分よりも十も年上なのに、どうしてカミルが一度で理解出来る事が彼等には理解出来ないのか。それなのにどうして、四男と言うだけでカミルには機会が与えられないのか――。


 貴族には必要の無い物だと武術の家庭教師は雇っていなかった。故にカミルは図書館の蔵書と自身で彫り上げた木剣とでただひたすらに、愚直に独学で剣術を身につけた。これが何処まで世間で通用するかは分からない。外に出られないカミルに比較対象は無く、彼は学問の方に比重を置きながら努力をした。


 能力も無いのに長子と言うだけで全てを与えられ、甘やかされ、ろくでもない人物に育った長子は、カミルが十歳になる頃には快楽の為に湯水の如く金を消費し、堕落しきっていた。それでも両親の長子崇拝は止まらない。輔佐兼ブレーキ役として機能せねばならぬ次子は、長子の腰巾着であり御機嫌取りだった。代わりスペアとしていつでも使える様、次子にだけはアーベライン家が所有するもう一つの爵位である男爵位を与えられる予定だった。その為に長子と両親の機嫌を損ねない様、彼は彼で自分が生きるのに必死だっただけとも言えたが。


 そんな環境で育ったカミルは、家族に対して期待をする事を早々に止め、ただひたすらに成人迄に手に職をつけられる環境に身を置く為に動いていた。職業訓練校が無理なのであれば、独学で勉強し、二トラール学院の特待制度で入学するのが手に職をつける、最良の選択肢だ。だが特待制度を得られるだけの能力が自分に無い可能性もある。第二プランは、成人してから城下で働き口を見付ける事だったが、先立つ物や宿の取り方等の最低限の知識が無ければ城下で一日も過ごす事は出来ないだろう。


 カミルは十歳にして、内職を始めた。外に出られないのであれば、屋敷内で金を稼げば良い。幸い五歳の頃から学問に取り組んでいるのだ、筆記もお手の物。馴染みの商人に仲介を頼み、家族に気付かれぬ様、写本の仕事を始めた。ある時は巷で話題の小説を、ある時は学生の為に伯爵家の図書館の蔵書を。そしてその商人から、城下での金の価値基準や家の探し方、どんな仕事があるのか等、民の暮らし向きを学んだ。


 こうしてカミルは二トラール学院の入学試験が行われる時迄、少しずつ私財を増やしていった。勿論、貴族枠で多額の入学金を支払うだけの金額に等、到底及ばない。だが、特待枠で入学出来た後の当分の生活費としては十分な額。入学出来ずとも、成人する迄の残り五年間、同じ様に内職を行えば城下でも暫くは生きていけるだけの金額だ。


 そうして無事に入学を果たし、騎士団の目に留まり、今の地位迄上り詰めた。


 幸い、アシュレイの生まれたローズウォール伯爵家は代々騎士の家系で、故に三男のアシュレイに対しても武術の教師と二トラール学院の貴族枠での入学費用を惜しまず提供してくれた。勿論、アルテミスの様に騎士の道を選ばない者も居たが、投資は惜しまず、無理強いもせず暖かく見守ってきた。


 そんなアシュレイからしてみれば、同じ貴族、同じ爵位の家系でこうも待遇に差があるのかと、驚愕せずにはいられない。だが、カミルが入団してくる迄の間、騎士団で触れ合った貴族の子の大半が似た様な境遇だった。貴族の家系では、家門存続の為、長子以外に労力も財産も割かない風潮は割と当たり前なのだと、初めて知った。彼ら曰く、彼らの様に成人して家門との関係が切れる迄幽閉されるか、幼い頃に修道院に入れられ、そのまま生涯を閉じるかの二択が多いらしい。


 故にカミルの気持ちは分からなくも無い。彼等の様に生まれた順番の所為で自由を奪われ、将来の見通しも立たない。そんな境遇にあれば、華耀殿下に対して相当根深い憎悪心を持っていただろう。


 王子と言う立場にあり、適性もある。更には大魔導師三人を師に持ち、元王宮騎士団長からも目を掛けられた、正に至れり尽くせりな人生。


 それなのにどうして、彼は努力をしないのか。どうして世間の目から己を隠す様に生きているのか。まるで理解が出来なかった筈だ。もしかしたら、立場を変わってくれと、何度も心の中で願った者も居るかも知れない。


 そして先日の一件で、アシュレイとカミルは華耀殿下と出会った。アシュレイは華耀に”事情がある”と言われ、疑問に思いながらも頷いた。あれ程の力と頭脳があれば、我が国は安泰だろう、そう判断もした。だが、何も聞いていないカミルは逆に思っただろう。


 それ程の能力を有していながら、何故もっと巧く立ち回らないのか。どうしてエレノア派なる派閥の影響力の方が強い現状を、放置しているのか? 自分が同じ立場だったら……。もしかしたら、そこまで思ったかもしれない。


 その存在を家族に放置された者としては、華耀殿下の姿は愚かに映っただろう。自らチャンスを溝に捨てている様に見えているのかもしれない。


 ――それでも、先程の表情は少なからず華耀殿下の安否を気にしていた。それが騎士としての義務感からなのか、先日の一件を通してその人柄に何か感じる物があったのかは分からないけれど、少なくとも今のカミルにとっては良い傾向な筈。

 今年の入学者数は、九九二人。例年の二倍以上。普段はわざわざ入学して来ない様な他国の貴族も入学している。皆、ライゼンアムド王国の次期国王である華耀殿下の情報を少しでも手に入れる為に入学したんだろう。中には十五に満たない者、或いは十六や十七の者も入学して来ている。わざわざ入学を遅らせてでも、動向を探りたい魂胆が丸わかりだ。

 ……裏を返せば、それだけ命を狙われる可能性もあると言う事。現国王の直系は華耀殿下しか居ない。エレノア様の派閥は元より、一番の宿敵であるインテコア連邦にとっても、これは千載一遇のチャンスだ。果たして殿下は何処へ……何かあったのか、殿下の意思なのか、それすらも分からない。ここでは身分を隠しているだろうし、大事には出来ない。

 アルテミスに話を聞きたい所だが、殿下がどこまでアルテミスに話しているのかも分からない今、妹と言えど迂闊な事は言えない。くそっ、本当にやりにくいな。


 そんな焦りを微塵も表には出さず、涼しい顔でアシュレイは試験を観察する。一戦目は全て終了し、二戦目も半分は終わっている状況。人数の関係上、七戦目に当たる決勝戦は、勝ち残った三人で戦う様だ。ここ迄見てきた限り、アシュレイの目にはニーナ、イリヤ、エレノアの三人が決勝に進む面子では無いかと予測していた。


 まだ実力差のある二戦目とは言え、あの三人は始まってものの数分で対戦相手を下している。まるで決勝でぶつかる事を願うかの様に、トーナメント表もあの三人が見事に左右と中央にばらけている。たまたまランダムに組んでそうなった可能性もあるが、普段から見ている講師陣から見ても、あの三人を途中でぶつけるのは得策では無い、と考えた結果と言うのも十分にあり得た。


 武器は学院側が用意した木製だが、ニーナは短剣、イリヤは極僅かに湾曲した長剣、エレノアに至っては無手である。


 遠目に見る限りだが、ニーナは御世辞にも長身とは言えず、筋力も人並み以上にあるとは言えない。恐らく、実戦での相手との体格差を考慮して速度重視の短剣を長年使い続けてきたのだろう。


 反対にイリヤは、武器も剣術の型も、アシュレイには馴染みが無い物である。恐らく、彼の出自に関係しているのだろう。もしかすると、亡き王国の王族が身につける類いの剣術と、それに最適化された形の剣なのかもしれない。


 無手のエレノアは、魔法に頼りきりかと言えばそうでは無く、対戦相手に合わせた武器を魔法で作り出している。それはつまり、相手の戦い方に合わせてその場で相性の良い武器が何かを判断し、応戦していると言う事である。


 ある程度複数種類の武器の使い方をマスターした上で無ければ、この様な戦法は採れないだろう。仮に分析能力が高く、どの様な武器が有効かを見極めるのが得意でも、武器の扱いに慣れていなければまともに戦えはしない。つまり、それだけの実力があると言う事だ。


 ――確かに、これほどの実力であればエレノア派なる派閥が出来るのも分からなくも無いが……。エレノア様は王位を狙っているのだろうか。城下で殿下と暗躍していた時も表立って動いていたのはエレノア様だと言うし、学院でもエレノア様は日中帯、殿下は主に夜間の講義を中心に取っている。エレノア様に弱みを握られていて、華耀殿下が思う様に動けない、と言う筋書は説得力がある様に感じる。


 だが仮にそうだとして、何の意味があるのだろうか。この国は国王と王妃の――或いは女王と王配の――持つ権限は同一の物だ。つまり、華耀とエレノアが婚姻さえしてしまえばエレノアも一国の主と同様と言う事である。長くこの国に暮らしていて、それを知らぬ筈は無い。


 なのに華耀との婚姻で王妃になるのでは無く、女王になる事を望んでいると仮定すると、その理由は何だろうか。


 ――或いは、殿下は弱みを握られているのでは無く、自身の意思でエレノア様を女王にする為に動いている可能性もあるか? いくら弱みを握られていたとしても、一国の王子と王妃の遠縁ならば王子の権力の方が上。殿下の意思でエレノア様を推していると言われた方が納得がいくな。

 強制的にせよ自主的にせよ、この仮説が正しければ殿下とエレノア様がそこ迄してエレノア様を女王にしようとする意味が分からない。現国王の血筋は華耀殿下のみ。もしもエレノア様が女王になる事があれば、それは即ち新王朝の幕開けと言う事になる――。


 縁起でも無い想像を追い出そうと、アシュレイは頭を振った。馬鹿な考えだ。流石にそんな事は有り得ない。そう思いながらも、どこか暗澹あんたんたる思いを持て余しながら、アシュレイは試験に集中した。試合は既に四試合目も終わる頃。考え事をしながらも、これまでの試合を通してこれは、と言う人物の容姿と名前は頭に叩き入れている。入学人数が多い分、実技を受ける生徒数も今年は例年よりも多い。その分目を付けた人物の数も多い。これで少しは人員不足が解消されると良いが、と思いながら、既に試合が終わった一団を見つめる。


 予想通り、三人は順調に勝ち進んでいた。アシュレイの見立ててでは、これ迄に頭に叩き入れた人物一覧にも、彼等と互角と思われる人物は居ない。何も起きなければ、あと二戦を経て彼等三人で優勝者争いをする事になるだろう。


 そう、アシュレイが心の中で断じたタイミングで、耳飾りが微かに揺れ、カミルの声が聞こえた。

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