中間試験1

 学院の運動場を貸し切って行なわれる実技試験は、御丁寧に観客席まで用意され、なかなかの賑わいを見せていた。


 表向きは友人、知人の応援だが、その内実は将来の権力者が自分の護衛や私兵に、と強者の目星を付ける為の席。勿論、貴族令息や令嬢の中にも、自分達が力を付ける為に実技を受講している者も多いが、大抵は観客席で値踏みするだけで、自分で身体を動かす人物は極少数だ。


 そうなる原因の一つとして、この学院独自の特待制度がある。この学院では、貴族は既定の金額を払えば学力及び武力問わず、誰でも入学する事が出来る。言ってしまえば、体の良い資金調達源だ。その代わり、卒業には単位が必要で、どの講師も賄賂は一切通じない。入学するのは容易でも、卒業するのは容易では無いと言う事だ。それでも貴族連中が挙って子供を入れたがるのは、偏にこの学院がこの大陸で最高峰の教育機関であり、無事に卒業出来れば箔が付く為である。


 そして貴族以外の者は、一律特待制度で入学する。学費は比較的安価で出世払いも可能。その代わりに入学条件として一定の試験が課され、合格した者だけが入学出来る。試験では、己の得意な分野で一定以上の基準を満たす事。この国、ライゼンアムドで言えば五歳の頃に全国民が適性検査を受け、適性のある分野は本人の希望によって無料の職業訓練校に通う事が出来る。そしてそのままその才能を伸ばし、より適性がある者が二トラール学院へと進む、と言う道筋が王道だ。


 これにより、少なからず親から子へと貧困が連鎖する事の抑止力となっている。


 その特待制度の中でも、より優秀な一握りの者は学費が免除される。


 ちなみに貴族であってもこの特待制度の入学条件を満たせば選択出来る。長男跡取り代わりスペアとしても機能しない様な三男や四男等、将来絶対に家督を継ぐ事が無い子供に対し、一切の金銭的援助を行わない貴族は多い。特待制度はそう言った事情に対する救済措置として機能しており、カミルもその制度を利用してこの学院に入学した一人であった。


 自分で身体を動かす極少数の貴族の子にはこう言った境遇事情が多い。武力に秀でていれば、文官よりは食い扶持を稼げる可能性が高い。その中で筆頭の雇用先として、貴族の護衛や私兵、各国騎士団等がある。実技試験は自分の将来がかかった大事な場。それは身分に関係無く、生徒の間で共通の認識だ。


 学院内には、生徒以外出入り禁止だが、この時期だけは例外的に生徒の家族の出入りが許可されているのも、スカウトしやすい様にと言う、学院側からの配慮である。


 生徒の家族のみ、と限定しているのは各国の密偵がこぞって押し寄せて来る事に対する対策だ。最も、今回はその密偵・・対策を口実に無理にカミルも連れて来た訳だが。


「今までは各教官毎に実技試験を行っていたのが、今年から全実技合同での試験になったらしいっすけど……。


 今までの試験の様に、例えば同じ科目を取っている魔術師同士が戦っても実戦でも相手が魔術師だとは限らない。だから合同での試験を実施する。理に叶っているとは思いますが、中間試験直前にいきなり告知されても、総合実技の科目を取ってない人にとっては不利っすよねー。


 あと、個人的には自分が在学中にその方針とって欲しかったっす」


「そうだな、だが見方を変えれば、我々の時よりも実戦経験が豊富な人材をスカウトできる可能性があると言う事だ」


「確かに。今日は全員の試合を見る位の勢いで頑張るっす」


 俄然やる気を出した様子のカミルを、アシュレイは苦笑しながら諭す。


「それは良いが、巧く学生に溶け込んでいるんだ、例え良い試合が見れたとしても興奮しすぎて目立つのはやめてくれよ。殿下に見付かったら何を言われるか分からないからな……」


「了解しました。まぁ大丈夫ですよ、多分ですけど。毎年実技試験は大盛り上がりっすから、むしろ大人しくしてる方が目立つ位っす。


 それに、副団長は妹君の家族として見学して、そのついでに騎士団員に、と思う人物を見つけた。と言う大義名分が揃ってるんですから、華耀王子に何か言われる筋合いはありませんよ。


 おっと……、そろそろ始まりますね」


 カミルの発言通り、生徒の前には二十人の講師が現れた。


 体術実技、剣術実技、魔法実技、弓術実技、総合実技の五科目の内、剣術の中でも短刀術、槍術、大剣術等々と区分され、魔法実技も支援術、攻撃術等と別れている。


 更に昼夜問わず受けられる様にカリキュラムが組まれているのだから、講師二十人で回っている方が不思議だと、アシュレイは感じた。


 生徒達が集まっている事を確認すると、代表して一人の講師が口を開いた。


『これより、各実技教科の中間試験を始める。初めに、先日告知した通り、今年は新しい試みとして全実技教科合同での試験を行う事とした。


 とは言え、全員で乱戦、もしくはトーナメント戦等で判断すれば、支援術師志望の生徒等、評価出来ない者も出てくる。


 従って、何種類かに分けて判断する事とした。


 一つ目がトーナメント戦。希望する生徒にはくじを引いて貰い、一対一の勝ち抜きトーナメント戦を行う。当然、決勝まで進出すれば評価は上がる。


 二つ目が多対多のグループ方式のトーナメント戦。支援術師の見せ場と言えよう。グループの人数は二人以上六人未満であれば構成は問わない。だが仮にグループとして勝利したからと言って、ただ棒立ちのメンバーが居れば当然その者の評価は低くなる。人数が多ければ良いと言う物では無いからな。


 三つ目が乱戦。いくつかのグループに分けて乱戦を行い、最後まで残った一人が他のグループの勝者と最終的に競い合う形式だ。一対多を経験出来る良い機会にはなるだろう。


 最後に、従来通りの、同種の実技科目受講者同士でのトーナメント戦。総合実技を受講しておらず、自信が無い生徒の為に設けた。だが、他の形式よりは評価が下がる事は留意して欲しい。


 尚、複数の試験形式に参加する事も認める。それを考慮し、各試験形式は並行して行わない事とする。経験は成長に通ずる。例え自信が無くとも、多数の種目にも挑戦してみて欲しい。


 また、明日は各種目の優勝者を集めた乱戦を行う。複数種目で優勝者が被った場合は、準優勝者以降に繰り上げで参加権を与える。


 各試験形式を並行して行わない分、時間を節約する為にトーナメント戦の予選は並行して行う物とする。


 以上、質問がある者は居るか? 居なければ今から五分程度、時間を与える。参加する形式、グループメンバー等を相談し、ここにある名簿に名前を書く様に』


 風魔法で拡散されているのであろう講師の声は、アシュレイとカミルの元へも難無く聞こえてきた。


 講師の説明が終わるや否や、生徒達はそれぞれ親しい者と相談したり、早々に名簿へと向かったりと、あっと言う間に辺りは喧騒に包まれた。


 その様子を眺めながら、アシュレイはそれとなく視線を動かしてから、カミルの方を見る。


「殿下の姿が見えない様な気がするんだが……カミル、見つけたか?」


「そう言われてみればそうっすね。えーと、あ、エレノア様は居ますね」


「……どう言う事だ? 殿下は確実に実技科目を取得していた筈だよな?」


「そうっす。自分が調べた限り、体術実技、剣術実技、総合実技の三科目を履修しています」


「だとしたら、まさか殿下の身に何かあったと言うのか?」


「時間切れですね。見て下さい、各種目の対戦表が発表されていきます。……あれ、変っすね、王子の名前も記載されている様ですが」


「どう言う事だ? 誰かが殿下の代わりに申し込みをしたと……?」


「この場に王子の姿が無いのであれば、その可能性が一番高いっすけど……。可能性があるとすれば……副団長の妹君か、エレノア様かな」


「だが、どの形式に出るか迄勝手に決めたと言うのか? 流石にそれは……。それとも、最初から参加出来ない事が分かっていて代理申し込みを頼んでいたと? まさかな……。それが本当ならば、中間試験より優先する用事とは一体何だと言うんだ?」


「んー、それは分かりませんけど、多分わざわざ時間を与えたって事は詳しい試験内容は今の今迄伏せられてたんじゃ無いっすか? だとしたら、代理申し込みは難しい気がしますけどね。


 それより、エレノア様と妹君が余り明るいとは言えない表情で話し込んでますけど、どうします?」


「暫し様子を見る。流石に学院内で殿下の身に何かが起こるとは思えない。急な体調不良か、またトラブルに自分から巻き込まれに行ったか……どちらにせよ、不測の事態で無い限りは、申し込みをした種目迄には姿を見せる筈だ。直前になっても戻ってこなければ考えよう」


「了解っす。……どうやらグループ方式のトーナメント戦に、妹君と華耀王子が二人で参加する様ですね。エレノア様は個人トーナメント戦、と。


 ちょっとまずいんじゃないっすか? グループ方式のトーナメント戦は、これから始まる個人トーナメント戦の次に始まるらしいですよ。


 一戦目が総勢百五十組、勝ち抜いた二戦目が七十五組……、並行して対戦していくなら、トーナメント戦と言えど対して時間はかからない筈っす。現時点で華耀王子の姿が見えないと……」


 既に講師は全試合同時に監視を行う為の魔術を、着々と組み上げている。


「カミル、悪いが急いで殿下の部屋へ行ってくれないか。こちらから又何かを頼むかも知れない、一応これも持って行ってくれ」


 そう言って、己の両耳の飾りの内、片方をカミルへと渡すアシュレイ。それは水を内部に内包した、特注のガラス細工で出来ていた。滅多な事では壊れぬ様に魔術が付与されている事もあり、魔道具程では無いが良い値段がした代物である。だが、騎士団副団長と言う立場上、いつでも連絡を受けられねば困る。緊急時には片方を相手に渡せば双方向で連絡が取れるのだから、安い物だろう。


「了解、ちょっと見てきます」


 アシュレイに渡された耳飾りを握りしめながら走り去っていくカミル。未だに王子・・等と不遜な呼び方をしているが、その顔には焦燥が表れており、少なからず華耀の身を案じている事が窺えた。

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