王の好奇心

「頼みがあるのだが」


 そう国王に切り出されたドミニクは無意識に生唾を飲んだ。


 ――絶対ろくでもない頼みに決まっている……。


 国王が親しい家臣に命令・・では無く頼み事・・・をする時は大抵ろくでもない事だと言うのは人生経験上わかりきった事だ。


「またろくでもない事だろ。それで? 今度は何だ。聞くだけ聞いてやる」


 親しい家臣にだけ、と言う所がポイントだ。ただの家臣と違って、学院で同じ時を過ごす仲間だった親しい家臣達は、絶対に聞けない頼みは確実に断る。これは言わば、国王が甘えていると言う証だ。


 それが分かっているからこそ、ドミニクも普段の改まった口調とは違い、親しい友に対する砕けた口調で対応している。要するにこれは国王からの願いでは無く、旧知の友からの頼みであると言う事だ。


「うむ……。我ながら親馬鹿だとは思うのだが。エレノアと華耀が親しくしている者達について探りを入れて来て欲しいのだ」


「そりゃまた……珍しく普通の頼みだな!? そんなの、王族・・の周囲の人間を調査するのは当然の事だ。いくらでも命令のしようがあっただろうにどうしたんだ?」


「他国ではそうかもしれんが、私は子供の友人を調査するのを当たり前だとは思えないのでな。だが……事情が変わったのだ」


「と言うと?」


「息子に春が来た……やもしれん」


「は?」


「分かるだろうドミニク! 子供に恋人が出来るかもしれないのだぞ、これは一大事では無いか。どこの誰なのか詳しく調査して……相談された時に備えて相手の好みを知っておかねばならん」


「うん……? 将来王妃になる可能性があるから調査するんじゃなくてか? 子供の恋愛相談に乗りたいが為に相手を特定して好みを調査して来いと? 馬鹿かお前、そんなの却下だ却下」



   §-§-§



「話を聞く限り、断ったのでは? 何故自分の元に団ちょ……ドミニク元団長がいらしてるのかわかりませんが」


 そう言って首をかしげたのは城下の騎士団を束ねる騎士団副団長、アシュレイである。


 アシュレイの指摘は当然の事で、確かにドミニクはあの時点ではしっかり断った。だがしかし、困った事に色々理由を付けて国王が食い下がって来た事を脳内で回想し、頬を掻きながら続きを語る。


「確かにそうなんだがな。その後こう言われたんだ。


 ”先日あの子がお願いをして来た。お願いをして来た事なぞ……お前さんも一枚噛んでる・・・・・・・・・・・市井でのいざこざ以外に一度も無いのだぞ! 初めて個人的なお願いをして来たのだ、全て叶えてやりたいと思うだろう。

 私とて王としての自覚はある。これがうつけ者と化した子供の言う事であれば聞く筋合いも無いと突っぱねもするが、普段から己を律しているあの子の事だ。どうせ私にお願い等今後してくる事も滅多にあるまい。であれば、恋愛相談位は乗ってやりたいと思うだろう”


 ってな。エレノアも華耀もわがまま一つ言った事なぞ無いし、かと言って義務を放棄しているかと言えばそんな事も無い。何かしらの理由があって表立って行動が出来ないだけで、少なくとも裏ではきっちり王族の義務を果たしている。貴族共が流布している噂は全てデマだ。だから、俺としてもあの二人の為、と言われれば動いてやりたいとは思う訳だ。後はまぁ、それとなく市井で坊ちゃん……殿下と行動を共にしている事を持ち出されて断り辛かったのもある。


 で、だ。引き受けちまったは良いが、俺はギルドマスターになった手前、学院に探りを入れるだけの口実が見つからない。その点騎士団なら、他国からの密偵が入って来る可能性を考慮して学院の下見を、とかそう言う口実がいくらでも考えつく。


 加えて、あの二人に関する噂がデマで、尚且つ何かしらの理由があって表立っては動けない、と言う事情を知った上でフォローが出来る騎士団員で無ければならない。


 普段から城内の騎士団と坊ちゃんは仲良かったが、どこまで知っているのかは分からないからな……、確実に当て嵌まるのはお前とその部下位だろう。だからこの通り、頼みに来た訳だ。


 お前さんもその……ついでに見て来たらどうだ。あー、その、な。入学して以来、妹からの手紙が一切届かなくなった事でお前さんが荒れていて怖いと言う報告がいくつか……俺の耳に入って来て居るんだが」


「……そう言う事でしたら引き受けましょう。しかし余り大人数で行くのも城下の警備が手薄になってしまいますし、何より学院は中立を謳っている手前、王国騎士団が大人数で大挙しては他国からの印象も良くは無いでしょう。表向きは、私とカミルの二人で学院の警備のチェックと、ついでにこっそり妹の様子を見に行くと言う事で。学院長にだけは殿下の身辺調査だと伝えておく事にしましょう」


「ああ、それで頼む。しかし何故カミルなんだ? あいつは殿下嫌いで有名だろう」


「そうだったんですけどね……先日の一件以来、ちょっと様子が変わりまして。殿下と隠場に閉じ込められた際、何の変哲も無い書架を一目見て、殿下が謎を解いた事に何か思う所があったのでしょう。噂と違って決してうつけ者では無いと気付き、表立って嫌悪感を表す事は無くなりました。


 ですが、知っての通り、あの子は武術の強い者に憧れを抱きます。なのでまだ殿下が噂通りの人物では無い、と言う所で留まっているんです。私と違って殿下の武術の腕前を直接見る事はほとんど無かったですからね。


 ヘイトスピーチと言う程顕著ではありませんが、殿下に対して一番嫌悪感を抱いていたのはカミルですし、彼と同期の騎士団員は少なからず彼の影響を受けつつあります。


 ですからカミルに殿下に対する憧れを抱いて貰えれば、彼の同期の団員が抱く殿下に対する評判は大きく変わる筈です。勿論、副団長である私が一番噂を鵜呑みにして、殿下に対してひどい無礼を働いたので、人の事は言えないのですが……。今ここでカミル達――新人の悪癖を抑えておかねば、彼らの将来に差し障りがある事は元より、今後入って来る団員の意識にも影響がありますので」


「何、お前は内心どう思っていようがそれを部下に気取らせる様な事は一度もしていないだろう。本人の前で無礼を働こうが、殿下が気にしていないのであれば気に病む必要は無い。


 だが、カミルは他の騎士団員に影響を与える様な言動をしているんだろう。勿論、それに流されて同調する他の団員も同罪だが、少なくとも王国騎士団である以上、王族に対する私見を周囲に気取られる様な真似は慎むべきだ。


 特に城下担当ならば余計だ。民が直接王族と言葉を交わす事は滅多に無い。故意であろうが無かろうが、普段接する騎士団員が王族に対して抱く感情がそのまま民にも浸透してしまう恐れはある。その事を自覚せずに居るのであれば、ただの馬鹿者。自覚していて尚あの状態であったのであれば騎士団員である資格は無い。


 お前の言う通り、入団して間も無い今の内にその悪癖を止めさせられるのであれば、それに越した事は無いは無いだろう」



   §-§-§



「……副団長。自分は副団長の妹君を拝見した事は無いんす……無いんですけれど、美しい白髪だと言う噂は聞いた事があるっ……あります。と言う事は華耀王子の隣にいらっしゃるのがその妹君で……?」


「……どうやらその様だな」


「えぇと……王様からの頼み事は確か華耀王子のその……、恋の御相手の特定云々だったと思うんすけどまさか……」


「そんな事は有り得ない!」


「あー、ですよねー」


「だが……妹は人と関わるのが苦手で会話等満足に出来なかった筈だ……」


「いやあ、どう見てもあの二人楽しそうに話してますよ」


「……まさか、手紙が届かなかったのは殿下との学院生活が楽しくて手紙を書こうとすら頭に思い浮かばなかった事が原因だと言うのか……?」


「どうするんすか? もう依頼達成した様なもんですけど」


「何を言っているんだカミル。あくまで依頼は殿下とエレノア様が親しくしている方々の洗い出し及びその調査だ。アルテミスだけでは無い」


「はあ、まあ良いっすけどね。自分も華耀王子の実技試験、見てみたいですし」


「それは私も興味がある。それよりカミル、先程から口調が乱れすぎだぞ。寄宿舎内であれば良いが、人目がある所では慎め。王宮騎士団の資質が疑われかねない」


「おっと……大変失礼しました。副団長のシスコン具合に少し気が抜けてしま……あ、いえ、何でもありません。えーと、あ。せっかく学院長の取り計らいで学生服一式を御借りした事ですし、自分はちょっと華耀王子の周辺について聞き込み調査をして来ます」


 副団長の一睨みで沈黙したカミルは、逃げる様にその場を後にしたのであった。


「華耀王子、ね……。あいつは本当に……。殿下の実力を見た後もその呼び方を続けるのかが見物だな」



   §-§-§



「副団長。エレノア様と親しく御話になっているのも副団長の妹君に見えるのですが」


「……その様だな」


「自分、良く分かっていないんですが……華耀王子とエレノア様は敵対しているのでは無いのですか? 次期国王にエレノア様を、と言う声も良く聞くんですが。そもそもエレノア様って王妃様の遠縁であって国王様の子では無いんですよね? なんでそんな声が上がっているんですか」


「知っての通り、殿下に対する噂が酷い物だからだ。病弱だの醜男だの、能無しだの、色々言われているのに姿を見せる事も無い。それが噂に拍車をかけ、血の繋がりが無くとも才能溢れるエレノア様を跡継ぎに、と言う声が上がっている。


 他国では有り得ないかもしれないが、この国では王の配偶者も同等の権利を有する。それを拡大解釈して、配偶者の血筋も跡継ぎに選ばれて然るべき、と言う声が広がっているのだ」


「なるほど。しかし、実際の所どうなんでしょう? 華耀王子とエレノア様って不仲なんですかね?」


「それは私にも分からん。だが、少なくともドミニク元団長は二人が一緒に居る所は一度も見た事が無いと言っていた。


 しかし、普段からあのお二人は協力して市井の問題に首を突っ込んでいる、とも。それで不仲とも考えにくいだろう」


「うーん、それだけ聞くと、王子はエレノア様に後を継がせたいと思っているのかも、なんて考えちゃいますね」


「……まあそう見えなくも無い、が。先日の一件で御一緒した私としては、殿下に何か後を継げない理由があるとは思えない。であるならば、王様と王妃様の血を受け継いだ殿下が皇太子になるのが相応しいのでは無いだろうか。こればかりは御本人の意思よりも、国内や諸外国の反発を生みにくい直系を、と言う考えが尊重されるべきだと私は思う」


「そもそも、陛下は何で未だに皇太子を指名しないんすかね?」


「また言葉使いが乱れてきているぞ。


 それは私も疑問に思っていた事だ。国王御夫妻の間に何人も御子が居るのならば分かるのだが、そうではない。だと言うのにどうして未だに指名をしていないのか、そしてどうして未だに婚約もしていないのかが気になる所ではある。だがまあ、国王陛下も婚約者を持たず、この学院で王妃様を見初めたと言うし、そちらに関してはそう言う方針にしたのかもしれないな」


「王子の言う事情とやらを、国王御夫妻も理解しているからこそ指名しないんですかね」


「それしか考えられまい。と言う事は、その事情とやらは殿下御本人の心理的理由等では無く、周囲にも影響を与え得るのかもしれない」


「しかし、あれですね、華耀王子とエレノア様が御食事を取られている方々が全く一緒と言うのは、調査の手間は省けますがいささか気になりますね。


 それにしてもあの集団は目立つなあ……。表立って動けないと言っていた割にあんなに目立つ集団に居るという事は、身分さえ悟られなければ目立つ事に問題は無い、と言う事ですかね」


 確かに目立つな、とアシュレイは頷きながら集団を見やる。それぞれの人物の来歴は後程詳しく調べるとして、一通り名前と容姿だけは押さえる事に成功した。改めてそれらの情報を脳内で反芻する。


 兄馬鹿では無いが、我が妹のアルテミスよりも目立つ容姿の者は居ないと思っていた。だが、あの集団に居れば抜きん出て目立つと言う事も無い。


 この国で珍しい黒髪黒目の殿下やエレノア様は元より、他にも深紅の髪色を持つニーナ・アディントン。制服越しでもバランスの取れた筋肉が見て取れる。実技科目を中心に取得している事からして、武術特化なのは言うまでも無い。騎士か私兵、冒険者辺りを目指している可能性はある。


 その向かいに座るのがイリヤ・コズロフ・ヤノフスキー。同じ武術特化と思しきニーナと話し込んでいる光景を良く見掛ける。彼の、アルテミスと張り合える程真っ白な肌と、透き通る様な銀髪は、歴史書の内容を信じるのであれば何世代も前に滅んだと言う国の王族の容姿にそっくりである。だが、その儚げな色彩は鋭い眼光と鍛え上げられた体軀によって別物――抜き身の刃――を彷彿とさせる。


 そんなイリヤと最も良く話している男性が、ロラン・ヴィアセヴン・オリヴィエ。巧みに伏せられたミドルネームの特定に苦労はしたが、そのかいはあった。間違い無く彼の国、ヴィアセヴンの王族だろう。金髪碧眼と言う容姿も彼の国の王族に当て嵌まる。


 そして最後に同じ政治学専攻と言う事もあり、ロランと良く話すアイナ・クレメラ。彼女は茶髪に翡翠色の瞳と、容姿の色彩は平凡だが、特待生枠の中でも学費全額免除の最上級の枠を付与されているらしい。今はまだ集団の中では格段目立ってはいないが、中間試験、期末試験が終わる頃には注目度が急上昇するであろう逸材だ。


「王都に戻ってから調べるとは言え、今の所一人を除けば皆特待枠の平民の可能性が高いな。実力主義の私としては大歓迎ではあるが、もしもこのまま彼等が殿下の側近になった場合、二代続けて貴族を無視した形になる。後々問題が起こりそうだな」


「貴族が有能であれば関係無いんすけどねぇ。大抵資産を食い潰すロクデナシが多いのは事実っすよ。叙爵じょしゃくされた先祖が見たら泣くだろうなぁ。特にあの公爵令嬢の派閥とか」


「随分と言葉に棘があるな。お前だって貴族の端くれだろうに」


「まあ、自分は四男で誰からも期待されてなかった分、客観的に見れたというか。うちの家族達を見てたら貴族は皆ロクデナシなんだと思うっすよ。


 自分もその家の人間だし、話し方もこんな感じだしロクデナシ仲間なんすけどねー」


「客観的に物事を見る事が出来るのは素晴らしい事だが、自分もロクデナシだと決め付けて変わらないのはどうかと思うぞ。少なくとも君は自分の力で王国騎士団の地位を手に入れたのだ。労せずに爵位を得る者、その御零れに与かる様な他の兄達とは一線を画すると思うが」


「お褒めにあずかり光栄ですが、今更変われるとも思えないんですよねぇ」


「引きこもりだった我が妹が学院に入学した上で友人迄作ったのです、人はいつでも変われますよ」


「うーん、そう言われてしまうと反論のしようが無いですね。


 とりあえず、この後はどうしますか? 御友人の名前は押さえましたし、後は戻って来歴を探れば国王様からの依頼は一応終わりますが」


「実技の中間試験は明日明後日の二日間だったか。折角だから見てから帰るとしよう。将来有望な若者が居れば騎士団にスカウトするのも良い」

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