番外編:アシュレイの休日
久々の休日。アシュレイは分厚い手紙を騎士団お抱えの飛脚へと託した帰り道、自主的に城下を見て周り、結局普段と何ら変わらぬ時間を過ごしていた。
今回の騒動の報告をまとめたその手紙は、ここから一週間程の距離の国境に存在する、トレヴィルと言う街の学院に通う王子、華耀へ宛てた物である。
特に報告を求められた訳では無く、トレヴィルに前騎士団長が居る事を考えれば、わざわざ手紙を送らずとも華耀は事の顛末を知る事が出来るであろう。そう分かっていながらもわざわざ筆を執ったのは、そうしたいとアシュレイが思ったからであった。
出会いは最悪で――主に華耀にとって――、であったが、今は将来の君主に相応しい人物であると認識を改めていた。
そもそもアシュレイが華耀を必要以上に嫌っていた理由は、尊敬する前騎士団長のドミニク・ドーソンが突然騎士団長の任から退き、一介の都市トレヴィルのギルドマスターの座に収まった事が原因である。
タイミング的に確実に華耀がニトラール学院に入学する事に関係していると察したアシュレイだが、華耀に関する噂を信じ切っていたが為に能無しの殿下の為にドミニク前騎士団長の華麗な経歴に傷が付いたと思い、苛立ちを感じていた。
更に腹立たしい事に、家格が同じと言う事もあって前から親しくしていた城内の副騎士団長たるルーカスが、昔から事ある毎に華耀の話を持ち出していた。曰く、ドミニク騎士団長直々に剣の稽古をつけている、殿下の腕は素晴らしい、等。だと言うのにルーカス以外からこれらの話が城下に流れて来ない事を鑑みるに、共に過ごす内に情が沸き、欲目で見ているだけで事実では無いと思っていた。
今回の件で背中を預け合い、その噂が完全なる嘘であると判断したアシュレイは、騒動の後、改めてここ数年の事件を洗い出していた。恐らく、今まで前騎士団長であるドミニクが突然持ち込んだ案件は全て華耀が関わっていた。そう感じたからである。
結果として、事実そうであったし――騎士団はともかく、司法の方には華耀直々に要請をしていた事が分かった――、そのほとんどがアシュレイ達城下の騎士団が全くあずかり知らぬ事件であった。
普通、大なり小なり事件になる事は、その前兆と思しき諍いが毎日城下を見回っている騎士団の耳に入って来る物である。いや、実際にはあったのかもしれない。だが無意識か故意にか、それを見落としていた。
ある事件は、被害者は騎士団に相談する事が出来ない様な事情があった。前科持ちだったのである。意識してはいなかったが、事件の概要を読みながら考えた。もし自分が華耀の立場だったら、前科のある彼のこの些細な証言を取り上げて、これほど大きな事件の全容を掴む為に王都中を駆け回っただろうか、と。
あの日、日課である城内の騎士団との手合わせに行った際、華耀に言われた一言は、今も胸に重くのしかかっている。
――今城下で起こっている事全ては君達にとっては大切な守るべき民の事だ。決して下らない事では無い――
その言葉に、アシュレイは顔から火が出る程恥ずかしくなった。
国によっては、騎士とは民を守る者では無く王の私兵であり、民とは税を搾取する為の存在との認識も根強くある。だが華耀王子は自らを馬鹿にされても動じずに受け流す強さを持ち、民を守るべき存在だと言い切った。その瞬間に、噂との激しい矛盾を感じた。
噂では病弱で、方位の異名を冠する伝説級の大魔導師三人を師匠に持ちながらも鳴かず飛ばずの王子。一説では、王妃の遠縁として城で過ごしているエレノアの方が能力では秀でているとか。王妃の血縁であり王との繋がりは何も無いにもかかわらず、後継者としてエレノア派なる派閥迄生まれている……。実際、最近では華耀派よりも規模が大きくなりつつある。
――先日の一件で、事件にかかわった当初こそ賊を滅したのはエレノア様だと言っていたが、少なくともアダルベルト家での大立ち回りを見た限り、同じ事は華耀殿下にも出来た筈。それなのにそもそもトレヴィルに向かう際、こっそりと後ろからついて行き、アダルベルト家の面々はそれを知らないと言う。
城下で殿下が解決した数々の問題も、事件関係者の大半は口をそろえて最初に話したのは女性だったと言っている。つまり、表立って話を聞くのはエレノア様で、実際に解決する為に奔走しているのが華耀殿下だと言う事。これではまるで殿下がエレノア様の影の様だ。最初に話した時も確か、人前に出られぬ事情があると言っていた。殿下の事情とは一体何なのだろうか……。
――そもそも、御二人の関係性が分からない。表立って二人で居る所を見た者は皆無だが、明らかに御二人は協力して事に当たっている。それだけ仲が良いのであれば、殿下とエレノア様を婚約させてしまえば良い。代々王家は極東の島国から王妃様の家系である紅家の人間を正妻に迎え入れる事が多い。家柄的にも王妃様の血筋であれば何も問題は無い筈だ。自分達の家格を上げたいこの国の貴族からは反対の声が多かろうが、それこそ側妃にすれば良いだけの話。華耀殿下を疑問視する声が大きいのは、齢十五にもなって婚約者が居ない事も要因の一つであるのだ。一体何故誰とも婚約しないのだろうか……。
華耀の事情が分かれば、力になれるかもしれない。だが、きっと話してはくれないだろう。そう考えたアシュレイは、無礼を承知で少し探りを入れてみる事にした。
そして分かった事は大まかに以下である。
一つ、華耀は適性試験で武術と魔術の両方の才能があると判断され、魔力聴や魔力視も持っている。だが、魔力は常人以下である。
二つ、エレノアも適性試験を受けている筈だが、その記録が一切無く、適性は不明。ただし華耀同様、大魔導師三人に師事しており、剣術もドミニク前団長直々に稽古をしていた。
三つ、華耀の生誕祭に関する証言が曖昧である。一説によれば突然この生誕祭でエレノアを城に住まわせると言う話が出たと言う。
四つ、エレノアの出自が一切不明。王妃の遠縁であるとの事だが、紅家は王妃が嫁いできた直後に後継者が亡くなった事により途絶え、没している筈だ。エレノアが本当に王妃の遠縁なのであれば、それこそ紅家当主となっていなければいけない人物である。
どうにも、華耀の事情とやらにはエレノアが密接にかかわっている気がする。そして、それは華耀が五歳の頃、生誕祭で何かがあった事に起因する――。
全て憶測ではあるが、アシュレイはひっそりと、引き続きこの線を辿って行く事を決意したのであった。
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