捕縛

 アシュレイは光魔法を使用し、五人の周囲が確認出来る程度に照らし出した。その結果、階段に積もった埃に足跡が残っている事と、埃の積もり具合から誰かが通ってからそう時間が経っていない事が推測出来た。ザシャが居る可能性が格段に上がったと言う事である。


 この下にある空間がどんなものか、どの程度外の音が聴こえるのかは分からないが、書庫で何度も罠を発動させてしまった事や、地下空間へと至る通路が開いた音から気付かれている可能性は少なくない。


 五人はゆっくと、周囲を警戒しながら地下へと伸びる階段を進んでいく。


 水路へは至っていないと言うアシュレイの言葉を信じるならば、この先は外界と言うよりも一時的に姿を隠す為の小部屋になっている可能性が高い。だが、今進んでいる階段は思ったよりも深い。ただの地下室ならばここまで掘り下げる必要は無い筈だ。どこまで降りるのだろうか。


 そんな事を考えながらしばらく歩き続けると、やがて階段は途切れ、細長い通路が現れた。


 しばし考え、アシュレイは新たに光玉を生成し、通路へと放った。


 放たれた光玉が壁らしき物にぶつかって消失する迄の距離の間に確認出来たのは左二つに右二つ、全部で四つの扉。消失した部分が突き当りなのか、はたまた曲がり角なのかは判別が出来なかったが、通路に扉以外存在しない事を確かめた一行は、扉を順に調べる事とした。


「地下牢か……」


 一番手前にあった、通路右側の扉を見た華耀は呟いた。


 視線を左側、そして後ろ側へ走らせる。見える範囲、残り二つの扉も扉上部に鉄格子が嵌っている様子からして、同じく牢屋であろう。距離的に少し離れた、左の奥の部屋だけは判別が出来ない。


 格子から中を覗いても、人が居る気配は感じない。ドアノブを回すと、鍵が掛かっていた。


 牢であれば中から鍵は掛けられないだろう。ここにザシャが居るとは思えなかったが、華耀は何となく気になった。


「アシュレイ、部屋の奥迄照らしてくれるか」


 華耀の言葉にアシュレイは光玉をそっと格子の隙間から放つ。すると、部屋の奥、右側に何やら物体が見える。よくよく目を凝らして見ると、それは白骨であった。


「そう言えば、ザシャが当主になった事に疑問を抱いた人物は皆姿が見えなくなったと婦人が言っていたな……あの御遺体がそうだろうか」


 華耀は静かに黙祷を捧げた後、後ろを振り返った。通路左側の部屋を覗いてみる。こちらの部屋でもアシュレイが光玉を放つと、やはり白骨が放置してあった。黙祷を捧げる。


 そのまま通路を進み、右側の部屋も覗く。こちらは扉その物が軽く開いており、中に入れる様になっていた。


 罠を警戒しながらも、華耀は部屋へと入る。カミルが後ろから入ってくるなり、口を開いた。


「ベッドに誰か横たわっていますね」


 カミルの言葉に頷き、華耀は近寄った。それは白骨では無かったが、明らかに亡くなっていた。死体の状態からして死後そこまで経っていない、男性。


「顔を知らないから何とも言えないが、もしかしたらアメリー婦人の父君かもしれない。いつ居なくなったのかは聞かなかったが……」


 そう言って黙祷を捧げると、部屋を見渡して怪しい物が何も無い事を確認し、最初に視認出来た最後の一つ、左側の奥の部屋へと歩を進める。


 この地下空間全体に言える事だが、どんなに叫んでもきっと地上の屋敷迄は聞こえないだろう。異様に長い階段はその為だったのだと、華耀は思った。


 通路最後の扉の上部に、鉄格子は存在しなかった。ただひたすらに分厚い、鉄扉。開ける前から全員が察した。ここは恐らく、拷問部屋だと言う事を。


 アシュレイがゆっくりとノブを回す。鍵は掛かっておらず、扉は重たげな音を立てて開いた。


「おや、ここに辿り着ける程優秀な方が王国騎士団に居るとは思っていませんでしたね……」


 そこに居たのはザシャ・アダルベルトその人だった。悪びれる様子も、捕縛される事に対する恐怖も微塵も感じられない、不自然な迄に平静なザシャの様子に、違和感を感じた。


 ――この空間そのものがが罠なのか、それとも癒着関係にある貴族が助けてくれると言う余裕の表れか?

 ここに来るまでの間、この地下空間には特に何も魔力を感じなかった。アシュレイが魔法を使えていると言う事は魔力を封じる何かがある訳でも無い筈。

 と言う事は、罠では無く誰かが手を回すと分かっているが故の余裕の現れか?

 そうでなければこれだけの死体が転がっている地下空間に足を踏み入れられたのだから、もう少し慌てる筈だ。

 しかし、死体を見られても揉み消せるだけの力のある人物となると……。全く、考えるだけで頭が痛くなる。下手したら公爵クラスが腐敗していると言う事か……。


「ずいぶんと余裕の表情だが……ザシャ・アダルベルト。貴殿には既に捕縛状が出されている為この場で身柄を拘束させて貰う。


 裁判が始まる迄、騎士団の監視下に置かれる。判決が出る迄は罪人とは見なされないが、行動は制限される。また、逃亡すれば判決内容にかかわらず問答無用で罪人と判断される事に留意する様に」


 アシュレイの宣言に、ザシャは肩をすくめて言い放つ。


「逃げるなんてそんな事しませんよ。そもそも罪状が何かも私にはさっぱり分かっていませんからね」


 この空間だけで既に死体が三つも発見されていると言うのに、罪状がさっぱり分からないとのたまう・・・・ザシャ。何と面の皮が厚い事か。


「少なくとも、ここにあるいくつかの御遺体だけでも、全くの無罪と言う事はありえない様に見受けられますが」


 口を開いたのは華耀である。死体があるこの空間に逃げ込んでおきながら、なおも平然と構えていられるその理由を裁判前に少しでも知っておきたい。場合によっては、今回音封魔道具で取得した自白と、この後司法に頼み込んで当主の座を簒奪した証拠を時空魔法で探って貰うだけでは足りないかもしれない。


 こちらを不安に指せる為に虚勢を張っている可能性も考えられるが、あらゆる可能性を考慮しておいて損は無い。


「ああ、あれはうちで働いていた者達だよ。各地に物を仕入れに行くからね、どうしても時々たちの悪い感染症に罹ってしまう。だから隔離する他無かったんだ。ああ、勿論医者には診せたよ、だけどもう手遅れだと言われてね……。亡くなった後も菌が無くなる訳じゃないからああして放っておく以外何も出来なくてね……幸い、身寄りも無いから急いで遺族に引き渡す必要も無いし、菌が消滅する迄申し訳ないけれどそのままにしていたのだよ。


 骨になってしまえばもう安全だからね、近々埋葬する予定だったんだ」


 つらつらと答えるザシャ。確かに、骨になってしまえばどこの誰か等判りはしない。彼らがアメリー婦人の言う、ザシャの当主たる資質に疑問を抱いた者だったとしても、今更証明のしようが無い。


「なるほど、ここにある御遺体は全て感染症に罹ってしまった方々だと……。念の為、御三方の御名前をお教えいただけますか、後で戸籍と照らし合わせたいので。特に直近で亡くなった様に見受けられるあの男性は、まだ顔の判別も出来ますし、誰かしら親しい者を探して確認も取っておきたいですからね。

 それから、貴方の罪状ですが……教唆です」


「教唆? 一体何を……」


「殺人教唆。それに信用毀損と業務妨害。リュフタ男爵家……と言えば御理解いただけますか」


「さて、何のことやらさっぱり……それに、良く見れば貴方は騎士団では無い様だ。どちら様かな?」


「良く見なくても騎士団ではありません、ドラゴ君の友達です。今回の件を彼から聞きましてね、微力ながら手伝っているのです」


「ドラゴ? 全く、彼も君も大局が見えていない様だ。もしも仮に私にそれらの罪があったとして、それは本当にアダルベルト家の当主と言う座を奪い取ってまで償わなければならない罪なのかな。君には分からないかもしれないが、私はこの国一番の商家の当主だ。私が居なくなればありとあらゆる流通は滞り、物価は上昇するだろう。まあもちろん、わたしはそんな事をしていないけれどね。清廉潔白だよ」


「大局? 大局が見えていないのは貴方の方では。仮に貴方の言う通り物流が滞り、物価が上昇したとしても一時的な事です。貴方の様に罪を罪とすら思わない方がライゼンアムドの筆頭商家に名を連ねている事の方がいずれ大問題に繋がります。


 それに、本当に大局が見えていたのであれば、分家のアメリー婦人の方が名をはせている事に説明がつかない。貴方は大局どころか少し先の事にすら目端が利かないが故に結果としてアメリー婦人との差が開いてしまった。そして次は更に才能の無い息子に家督を継がせようとしている。本家当主の座はそこまでして守るべきものですか? 大局が見えているのであればアメリー婦人に本家当主を譲るがよろしい。


 ああ、言い忘れてました。貴方の罪状には、当主地位の簒奪も含まれていましたね。譲るどころか最初から貴方の物ですら無いのでは?


 ……さて、長話が過ぎましたね。副騎士団長様、申し訳ありません」


 ザシャが男爵以外の貴族と癒着状態にあり、罪の揉み消しを狙っているのであれば、華耀の身分を知られるのは万が一にも避けたい。そう判断し、あくまでドラゴの友人と言う立場でアシュレイに声を掛けた。心得たとばかりにアシュレイは頷き、騎士団員に連行を命じた。



   §-§-§



 ザシャは表面上は大人しく捕縛された。とは言え、どこで誰に根回しをしているのか定かでは無い為、裁判が始まる迄の間、ザシャは最上級の厳戒措置として、面会禁止の制限が課された。


 その上で、捕縛と同時進行で男爵家より保護されたラリ氏に連絡を取り、改めて地下牢の御遺体の身元確認に付き合ってもらった。結果として、あの男性はアメリー婦人の父君で間違い無いとの証言が取れた。


 念の為、騎士団に軟禁されているザシャに三体の遺体の身元を確認したが、どれも戸籍に存在しない人物であった。本人曰く、事情を抱えた人物にも雇用の自由を与えていた為に、身分詐称や戸籍の存在しない人物も居た可能性があると言っていたが、捕縛時点で他に働いていた人々全てを念の為洗い出した所、皆戸籍も存在し、身元がしっかりと確認出来た。この事からも、たまたま三人がほの暗い経歴を持っていたとは考えにくかった。


 司法お抱えの魔術師には、魔力結晶を大量に寄贈した上でザシャが当主襲名した日から遡って二週間分の記憶の結晶取得を依頼。アメリー婦人の証言通り、先代当主が当主にアメリー婦人の父君を指名した直後にザシャが先代当主暗殺と当主を指名した書類の偽造を命じている記憶が存在した。


 毎度毎度厄介な案件と厄介な条件を持ち込む華耀が魔術師と裁判官からねちねち言われたのは言うまでもない。


 そんな後処理も済ませ、長い様で二日しか経っていない、アダルベルト家にまつわる事件は華耀にとってはこれにて一旦幕を閉じた。後は司法の領分である。


 父である王に見つかる前に、華耀とドラゴは再びゲートにてトレヴィルへと帰還。既にアシュレイから顛末を聞かせれていたらしく、ギルドにてドミニクにしこたま絞られた後、無事にニトラール学院の門戸を潜った。


 なお、後日アシュレイから届いた手紙によると、異例の速度で開廷し、ザシャは書類偽造、殺人教唆、位簒奪及び身分詐称、信用毀損、業務妨害の五件で立件された。また、地下室の複数体の遺体から余罪も多いと判断され、裁判の結果、有罪。悪質であるとの見解から、斬首刑が命じられた。


 息子のヴィクトール・アダルベルトもラリ氏殺害を命じた事実が発覚し、殺人教唆にて立件され、こちらも有罪となったが、父とは違い一年の懲役刑で済んだ。


 彼らに与していた山賊に扮した冒険者達は、逃亡した者も含めて捕縛され、一ランク降格の上暫くは一切の行動をギルドの監視下に置かれる事となったがドラゴだけは特に何の沙汰も下らなかった。


 同時にアダルベルト家本家当主の座は本来の主であるアメリー婦人の父君であるダミアン・アダルベルトへと返還。ダミアン氏の死亡手続を経て、アメリー・アダルベルトへと移譲手続きが為されたらしい。


 ――見捨てられたのか、そもそもザシャに便宜を図っていた人物等居なかったのか。そこは分からずじまいか。あの余裕から行くと誰かしら背後に居たとは思うが……。


 リュフタ男爵に関しては、嘆願書やユスティーナ嬢本人の意向が汲まれ、表立って裁判を行わず書類手続きでユスティーナ嬢へと爵位の譲渡が行われた。事業の引継ぎも考慮し、元男爵が病気療養・・・・の為に遠方へと旅立つのは数ヶ月後と定められた。恩情措置である。ドラゴに沙汰が下らなかったのは、元男爵に与した証拠が不十分と言う事もあるが、ひとえにリュフタ男爵となったユスティーナ嬢の右腕だからだろう。


 ドラゴの話によると、ユスティーナ嬢は既に卒業可能単位を取得していたが、本来の卒業年数迄は施設使用料は支払い済みであった為、自習目的で滞在していたらしい。今回の沙汰が下ったタイミングで学院を去り、今は王都で事業の引継ぎをしている。


 落ち着いたら二人で挨拶に来るとの事であった。


 日用品の買い出しや王都からの報告を受けたりと日々を過ごし――、ついに明日は、入学式である。

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