違和感の正体2

 早く、逃げなければ。あいつを連れて早く、この国から出なければならない。


 あいつを傷つける者は誰であれこの俺が許さない。あいつの父親の所業が、あいつの人生に影を落としている。このまま行けばあいつは夢を叶える事はおろか、命すら危ない。


 あいつが家族を大事に思っている事は知っている。だが、俺はあいつが無事であればそれで良い。あいつの父親が自分の所業で罪に問われようが、そんな事は知った事では無い。それであいつが悲しんだとしても、助けなかった俺を恨んだとしても、俺はあいつをこの国から――……



   §-§-§



「不満や疑問等、多々あると思うがまずは一旦話を最後まで聞いて欲しい。聞きたい事があればその後で出来る限り答えよう。


 ……単刀直入に言う。私達の望みは分家のアメリー婦人を本家当主にする為に、現本家の悪事の証拠を掴んで潰す事だ。その為に、いくつか君に協力してもらいたい事がある。我々はリュフタ家の男爵位はく奪・・・の阻止及び男爵令嬢ユスティーナの保護に動く。


 これを条件に、分家への攻撃停止と男爵家に監禁されているラリ氏救出の援助を君に頼む事は可能だろうか」


 華耀の発言に、ドラゴは不可解そうな、それでいて縋る様な表情を浮かべた。その表情に、華耀は続けて語る。


「君は……、ここに来る道中、アメリー婦人の話を聞いて、アダルベルト家がリュフタ男爵家に縁談を持ち掛けたのが、親戚に貴族を迎えて商売に箔を付けたい、と言う安易な理由じゃ無い事に気づいたんじゃないのか。

 連中の狙いがユスティーナ嬢の商才にあり、縁談は彼女をアダルベルト家の専属商人にする為の手段で、男爵家の事業が急に立ち行かなくなったのも縁談話を断られなくする為の手段の一つに過ぎなかったのだと」


「ユスティーナの事を何故……いや、それよりも、お前たちがそこまでする理由が分からない。本家を潰すのも、アメリー婦人達分家の人間の得になりこそすれ、たまたま助けを求められたエレノアや後釜のお前、それにそこのギルドマスターには一切のメリットが無い筈だ」


 多少なりとも交渉の余地があると、ドラゴの方も考えたのだろう。話にならない、信じるに値しないと突っぱねず、華耀達が動く理由を問うて来た事に華耀は手ごたえを感じた。


「私もエレノア同様ヨハネスやユスティーナ嬢が通う学園の新入生だ。


 私は卒業したら、王都の治安を守る職に就く。ドミニクもつい先日まで王宮騎士団長を務めていたのだ、離任したからと言って無関係だと割り切れはしまい。


 私は私の将来の為に、ドミニクは自身の正義の為に、潰せる芽は潰しておきたい。


 アダルベルト家は商家の中で一、二を争う豪商だ。他の商家や、貴族への影響力も少なくは無い。そんな家の当主が、殺人を平気で命ずる人間性であれば、数年後には王都は腐り果てている。そうなる前に現本家当主と嫡男を排し、分家を本家にする事であるべき姿へと戻したい」


 華耀の発言は嘘では無い。王族とは治安を守ると言う側面もある。最も、守るべき場所は王都だけでは無いが馬鹿正直に言う必要は無い。騎士系統の家系だとでも勘違いしてくれればそれで良い、そう考えてあえてそんな言い方をした。頭の中で華耀がそんな事を考えているとはつゆ知らず、ドラゴは頷いた。


「俺個人のメリットと、王都全体のメリットがたまたま一致したって訳か。確かに、困っている人間は無条件で助けるとか、聖人みたいな理由よりも信用出来る。一つ気になるのはユスティーナの事だ。何故俺の望みを知っている? この短期間に調べ上げたのか?」


「……あたらずといえども遠からずと言ったところか。悪いとは思ったが、他に手掛かりがなかったからな……。


 先ほど君が気を失った時に、全て見させてもらった。……エレノアが」


 そう言って、華耀は何も無い空間から鈍い光を帯びた小さな珠を取り出した。少なくとも、ドラゴにはそう見えた。


「これは君の記憶の欠片だ。時空魔法の一種で、行使された人物の過去を、実際に時を遡って視る事が出来る。その上で、証拠用に他人でも可視化出来る様、結晶化した物がこれだ。


 私もこれを視た上で今話している。この魔法では記憶の改ざん及びその奪取をする事は出来ない。


 君の方が詳しいだろうが、それらは幻術魔法の領域になるだろう。この魔法の強みは、時空を歪ませて過去を視る性質上、幻術魔法で上書きもしくは抹消された記憶すらも関係無く視る事が出来ると言う点だ。つまり、もし仮に君の記憶が誰かに改ざんされていたとしても、私が知ったのは紛れもない真実だと言う事だ」


 華耀の説明に、勝手に記憶を覗かれた不快感が表情に表れていたが、それ以上にこの話の続きが気になると言う様子でドラゴは黙って頷いた。


「なるほど……つまり、仮に俺が自白剤対策に都合の良い様に自分自身の記憶を改ざんしていたとしても無意味だったと言う訳か。ま、そんな事はしてないが。


 ……それで? 証拠用って事はその結晶とやらは騎士団に持って行ったら証拠になるんじゃないのか。それを提出すれば手っ取り早そうだが」


「証拠にはなる。だが、この結晶の中身は改ざんも、不都合な部分の切り取りも出来ない。騎士団に提出した証拠は、そのまま司法に提出される事になる。残念ながらこのまま提出すると私達にとって不都合な結果に成り得る」


「俺の記憶で不利な部分……と言えば、男爵が俺にアメリー婦人の殺害を命じた事か?」


「そうだ。男爵一家を追い詰めておきながら、アダルベルト本家の嫡男であるヴィクトールは従姉であるアメリー婦人に執着しており、ユスティーナ嬢とは結婚する気は毛頭無かった。それに気付いた男爵に、君はアメリー婦人殺害を命じられた。


 確かに、全て通しで記憶を見れば、アダルベルト本家からの圧力に屈した事は伝わって来る。とは言え、ユスティーナ嬢との政略結婚を確実な物にする為にアメリー婦人の殺害を君に命じた事は男爵の意思だ。


 今現在ラリ氏が男爵の屋敷に滞在しているのも、ラリ氏を本家の人間から匿っていたと見なされれば減刑の材料になるかもしれないが、実際の所それも君がアメリー婦人を殺害し易い様に婦人の夫であるラリ氏を誘拐し、彼に成り代わらせる為に誘拐したのだとこの結晶で明らかにされてしまっている。


 まだ客人として扱っているならともかく、ひたすら彼に細工物を作らせ、代金も払わずに売りさばこうとしているだろう。


 総合的に鑑みて、どう軽く見積もっても男爵位のはく奪は免れまい。


 非常に不本意ではあるが、私達はそれを阻止したいが故に結晶に頼らぬ方法で証拠を集めたいのだ」


 華耀の発言に、ドラゴはやはり不可解だと言いたげな表情をした。


「結晶の話は良いとして、そもそもがそこまでして男爵位あいつの立場を守る意味が分からねぇな。俺が言うのも何だが、今回の事が無くともあいつは切羽詰まれば何だってやる人間だ。俺はユスティーナの為に爵位を残してやりたいとは思うが、あいつの為に動こうとはこれっぽっちも思わんな。……それもまた、俺には分からねぇメリットとやらがあるのか?」


「君は話しが早くて助かるな。そう言う事だ。リュフタ男爵から爵位をはく奪して、それを簡単に他人に渡すと言う事はなかなか出来ないのさ。


 あまり大きな声では言えないが、確かに男爵位は唯一金で手に入れられる。だが、実はある一定の基準がある。その基準を超えられない者はどれだけ金を積んでも爵位は手に入らない。


 本来ならば軍功等を得た人物に爵位を授与すべきなのだが、これだけ平和な時代が続いている今、それはなかなか難しい。


 そしてこの国は全ての爵位に領土を与えている。分かるか? わずかでも空位があれば、その時点で領主の居ない土地が発生してしまう。


 国の税収の面でも、魔物が跋扈し荒廃する可能性の面からも、主の居ない領土は何があっても認められない。故に余程の事が無い限りは爵位はく奪は行いたくない。


 だが、司法が裁判にて判決を下す時、その辺りは鑑みない。あくまでも罪の重さに対する適切な罰則を与えるだけだ。


 リュフタ男爵は……為人ひととなりこそ余り褒められたものでは無いが、領主と言う意味では素晴らしい働きをしている。君の記憶を視るに、本家の妨害で頓挫している此度の事業計画も、港を使用した交易の為に、数多の領民を雇用する用意があるらしいな。


 邪魔さえ無ければ今頃あの地は活気づき始めていただろう。そう言う訳で、私としては本家の脅威を排除して、その計画を是非とも再興して欲しい」


「なるほどね。……それだけの視野の広さからして、あんたの将来の職とやらが王都の治安維持って言うのには疑問が残るが、それはまあ良い。


 とりあえずはあんたと俺は全然違う方向を見ているのに、不思議と利害が一致しているって事が分かったしな。協力しても良い。


 だが悪いが、ラリの奪還に協力は出来るが、分家への攻撃停止は難しい。俺一人が手を出さないって言う意味では簡単だが、他の奴らは各々勝手に自分の利益の為にザシャやヴィクトール、男爵の依頼を引き受けた奴も居る。そいつらに停止命令を出せば、怪しまれて依頼主にチクられる可能性がある。


 その代わり、俺一人で動ける事なら他の事でも協力する。この条件でどうだ?」


「ああ、こちらはそれでも構わない。君の記憶を視た時点で、そちらのチームが一枚岩では無い事は承知していた。むしろ安請け合いをせずに、事前に何が出来ないのか申告してくれた君は、誠実で好感が持てる。これからよろしく頼む」


「ああ」


「早速で悪いのだが、ラリ氏の状況を考えるに、余り猶予は無い。ここから王都迄の日数を考えると今すぐ発たねばならないだろう。


 役割を分担したい。王都でラリ氏を救出し、アダルベルト本家を叩き潰す組と、ユスティーナ嬢及びアダルベルト分家の面々を保護する組とだ。


 流石にここにいる三人でどうこう出来る話では無い、それぞれ現地で援軍を調達せねばならないだろう。調達出来る伝手がある者が担当すべきだとは思う。


 そこでまず、ユスティーナ嬢と分家の面々を保護する場所を決めたい。今、ユスティーナ嬢もアダルベルト分家の面々も皆この街に居る。移動する手間や危険を考えればこの街のどこかに全員固まってもらうのが理想だが、この街に安全且つ護衛しやすい場所はあるだろうか?」


 着任初日とは言え、華耀やドラゴより先に来ていたドミニクの方が街には詳しいだろう、そう考えてドミニクの方を向く華耀。だが、予想に反してドミニクは何か言いたげな顔で華耀を見ている。その表情に華耀は、ここまでドミニクには一切何の説明もせずに同席してもらっていた事に気付いた。


「あー……その前にドラゴ、悪いがこの結晶をドミニクに観てもらっても良いだろうか? すっかり失念していたが、昼間、アメリー婦人が話した事以外一切ドミニクには説明していなかった様だ」


「あ、ああ……構わないが」


 すっかり毒気を抜かれて承諾したのはドラゴ。よもやこの街のギルドマスターで、先日迄王国騎士団の団長を務めていた程の人物が蚊帳の外だった等、信じられないと言う表情だ。胡乱げな表情で華耀を見ている。流石に騎士団長にこの様な扱いが出来る人物がただの学生で、将来王都の一騎士になるとは思えない、と言った感情ニュアンスも含まれているかもしれない。


 ――ドラゴならすぐに勘付くだろう。まあ、元々ギルドの受付で身分証を出した時点で怪しまれるのは覚悟の上だ。吹聴したり利用しようとして来ない限りは構わないが……。


 等と考えている間にも、ドミニクの表情に理解が広がる。どうやら結晶を通じての旅が終わった様だった。


「随分と速いんだな」と、ドラゴ。


「言っただろう、時空魔法の一種だと。本人の体感が数か月に及ぼうが数年に及ぼうが、戻って来る地点は必ず”結晶に触れた直後”だ。最も、余り長い間記憶を覗いていると、触れる前に何をしていたか忘れてしまうと言う弊害はあるが」


 等と華耀とドラゴが話している間、ドミニクは何か考え込む様な表情で沈黙していたが、一つ大きなため息をつくとこう言った。


「まったくこいつはちいとばかり……早急に叩かないと波紋が広がりそうな相手だな。本物のラリ氏の安否も心配だ。


 王都迄はゲートを使え。俺が許可する。と言ってもまずは役割分担か。ん? 違うな、保護する場所だったか? 俺も来たばかりで王都ほどには詳しくないが……その前にまず、念の為街から移動する事も視野に入れてみるとしよう。この街は国境だから、インテコア連邦領に入る西は論外、だが東は王都。こちらもあり得ないな。行くとしたら北か南だが国境なのには変わりは無い。インテコアの奴らが領土侵犯に目を光らせているから、安全とは言えないな。この街から行けるゲートも王都のみ……やはりお前さんの言う通りこの街が最良の選択だな。


 その中で比較的安全となると……ニトラール学院じゃないのか? 他国の要人となるべき生徒も多い。何かあればそれこそ戦争の火種になるから警備は万全な筈だ。


 問題はしばらく滞在出来るかどうかだが……」


「ユスティーナ嬢は元々学院の生徒だから問題無い。ヨハネスが学院の生徒だから、アメリー婦人と弟も家族としてしばらく滞在出来ないか聞いてみる価値はあるな。


 では、トレヴィス組と王都組の二つに分けよう。ドラゴには、出来れば王都でラリ氏奪還組に加わってもらいたい。アダルベルト家の悪事の証拠をつかむには、本人の口から喋らせるのが一番手っ取り早い。その為に、顔なじみの君が、男爵家から寝返る振りをして口を割らせて欲しい。かなり危険な役だが、どうだろうか? 勿論、外に何人か潜ませておくと約束する」


「そうだな……俺が男爵の事を信頼していないのは周知の事実だ。あからさまにユスティーナを優先しているからな。だからユスティーナを思う余り、俺が暴走した事にすれば、疑われはしない筈だ。


 ザシャに……”このまま男爵家が没落してユスティーナが苦労する位なら、アダルベルト家に嫁がせた方が幸せだ、けれどあの父親は、自分の事業の尻拭いの為に、縁談を急いで纏めようとした。才能豊かなユスティーナの邪魔でしか無い。縁談を確実な物にしたいからだろう、タイミング良く男爵にアメリー婦人殺害を命じられた。あんたも、ヴィクトールがアメリー婦人に固執しているのを疎ましく思っていただろう。”そう言って婦人の生首の一つでも差し出せば少しは口を滑らせるか? ヴィクトールも一緒に居る時を狙えば仲間割れの一つでも起こしてくれそうだが」


「その案は悪くないが、生首はどう用意する?」


「頭と同程度のサイズの麻袋に頭と同程度の重さになる様詰め物をして、アメリー婦人の髪色にそっくりな糸を大量に縫い付けた物を用意する。そこに俺の幻術をかければ本物の生首に見えるという算段だ。静物を生物に見立てるのは至難の業だが、呪詛を吐いていると見紛う程の険しい表情と、生乾きの血がついた死体を凝視しようと言う人間は居ないだろう。ある程度の誤魔化しは効く筈だ」


「ではその作戦で行くか。生首をを作るのに必要な材料があれば一覧にしてくれ。こちらで用意する。それで、私とドミニク、どちらがどちらを担当する? 護衛と言えばドミニクの領域ではあるが、それこそ王都はドミニクの伝手が無ければ厳しかろう」


「そうだな……。だが俺の伝手の大半は王国騎士団の連中だ。団長を退いた俺がしゃしゃり出るよりも、可愛がられていた・・・・・・・・お前さんの方が話を聞いてもらえると思うがなあ」


 ”可愛がられていた”の部分を微かに協調するドミニクの言動に、華耀はその意図を察する。ドラゴの手前抽象的な表現に留めているが、要するに、既に団長を退き、何の権限も無くなった自分よりも、王子たる華耀の方が王国騎士団を率いるべきだ、言いたいのだ。


 華耀は唸った。司法は騎士団経由で報告が上がった案件以外は取り合わない。一個人からの申請を受け付けてしまえば、手が回らなくなるからである。よって、何か事件や揉め事があった場合、必ず騎士団に相談し、騎士団経由で裁判の申し立てを行う。


 騎士団にもある程度の権限は与えられている為、簡単な債権の取り立て等の場合、文証等があれば、騎士団権限で取り立てを行う事も出来る。ここで応じればお咎め無し、素直に応じない場合にのみ司法へと上げられ、取り立て分以外にさらに罰則が設けられる。こうする事により、司法はより大きな事件の調査・判決に力を注ぐ事が出来る様になる。


 しかし裏を返せば、確たる証拠が無い時点で騎士団に応援を頼んだ所で、事件性無しと見なされる。動いてもらう為にはある程度騎士団員個人への伝手が必要になると言う事だ。


 王都の騎士団は暗黙のうちに二つに分かれている。城内と城下。同じ王都でもこの二つには大きな差がある。城内で暮らしていた華耀は、こっそり人目に付かぬ様に剣の稽古をつけて貰ったり等、城内の騎士団の面々とは馴染みはあるものの、城下の騎士団との交流はほとんど無い。


 騎士団員は貴族の子息が半数を占める為、プライドが高い。伝手の無い城下の騎士団に対して、目立たぬ様に生きてきた、落ちこぼれと名高い華耀の”王子”と言う切り札は彼らには通用しないだろう。


 かと言って、城内の騎士団経由で頼めるかと言えば、これもまた難しい。能力の高さを買われ、身分問わずに詰めている城内の騎士団員は比較的穏やかではあるが、王族の護衛と言うエリート街道に選ばれなかった城下の騎士団からのやっかみが酷く、顔を合わせれば突っかかられる為、同じ王国騎士団と言えど、この二つは犬猿の仲と言っても良い。


 騎士団長はそう言ったしがらみを無視出来る数少ない人間である。華耀は頻繁に城下に降りては毎度毎度何かしらの事件に首を突っ込んで司法に引き渡して来たが、それらは全てドミニク経由で城下の騎士団達に動いてもらっていた。ドミニクが団長を退いた今、城外に華耀が持つ伝手は無い。


 こうした背景を鑑み、王都へはドミニクが向かう方が良い、と伝手の話を持ち出した華耀だったが、それを分かった上でドミニクは王都へは華耀に向かわせようとしている。つまりこれは、ドミニクからの課題なのだろうと当たりを付ける。だがこの課題は無理でしたでは済まされない。敵地に潜入するドラゴと、今なお捕らわれているラリ氏の命が掛かっている。


「本当に、私が騎士団に可愛がられていたと? ドミニク以外と接した記憶等皆無だが?」


 念を押して聞く華耀に、ドミニクは再び頷く。つまりは絶対と言う事だ。時々ドミニクは華耀に、課題を課す。華耀は、城下の騎士団へ己の存在を認めさせるのは、学院を卒業してからで良いと踏んでいた。だが、恐らくそれでは遅いとドミニクは考えている。ドミニクは決して無理難題は押し付けないし、課題を課す時期も見誤らない。現時点で、華耀がきちんと考え、準備を怠らなければ城下の騎士団への伝手は必ずあると言う事の証でもあり、この先城下の騎士団の手を借りねばならぬ事態が直近で起こる可能性を示唆している。


 それが分かっているからこそ華耀もこう言う時のドミニクの命には逆らわない。そしてだからこそ普段、多少の無理は聞いてもらえているのだ。


「では私とドラゴで王都へ。ドミニクは護衛を。


 さて……。この街でまずすべきは学院にアメリー婦人とリュリュの滞在許可、それからユスティーナ嬢への状況報告。それと生首の材料調達及び作成。こんなものか?


 私もこれから学院の生徒になる事だ、滞在許可は私が掛け合ってみるとしよう。ユスティーナ嬢も学院生徒とは言え、私は面識が無い故、ドラゴ、頼む」


「では俺が材料調達をするとしよう。ドラゴ、材料のリストを頼む。


 ……ところでエレノアはどうするんだ? 一人にして平気か?」


「エレノアの事は気にしなくて良い。体調が良くなれば自分から姿を見せるから見舞いにも来なくて良いとの事だ」


 華耀は不自然にならない様、慎重に答える。王都に一緒に行くと言えばゲートを使わない事に不信感を感じられる。かと言って華耀が王都に行く以上、エレノアがここに居る事は無い。華耀が王都に居る間、ドミニクがエレノアに接触しない様に牽制しておくのが精いっぱいである。


 ――最近のドミニクは明らかに探りを入れてきてる。あれだけ長い事城で一緒に居たのに、華耀・・エレノア・・・・が一緒に居る所をただの一度も目撃していない。それなのに、毎回事件に首を突っ込む時は必ずエレノアは華耀を頼り、華耀もまたエレノアを頼る。どう言う関係なのか気になるのは当然の事、か。

 この件が片付いたら、ドミニクに対する対処を改めて考えるべきだな。今はとにかく、目の前の問題に集中するか。


「ドラゴ、私は学院で滞在許可を貰ったら、色々事前に根回しをしなければならないので一足先に王都へと向かう。君はドミニクから材料を受け取ったら、こちらで生首を制作してから来てくれ。王都の騎士団本部で落ち合おう」


「了解。だが、あんたも気を付けてくれ。もしかしたらアメリー婦人の助太刀をした人物として既に王都の奴らに報告が行ってる可能性もある」


 ドラゴからの忠告に華耀は頷いてから、ドミニクに向き直る。


「そう言う訳で、申し訳ないがゲートは私とドラゴとで二回使用したい」


「ああ、構わん。お前たちがここに来れば使える様に手配しておく。が、幻術使いが他にも居ないとは限らないしな、合言葉か何かを取り決めて置く必要があるか」


「そうだな、では……”DD同盟の会合へ行く”でどうだ。ドミニク&ドラゴ同盟、会合は今回の案件に決着をつけると言う意味合いにでも受け取ってくれ。変に捻るよりそのままの方が忘れなくて良いだろう」


「お前さんの名前が入ってないのが気になるが、まあ何でも良い。ゲートを使用したい時はここに居る職員に”DD同盟の会合へ行きたい”と伝えれば案内させる様に手配をしておく。それで良いか?」


「助かる。それと、何かあった時の連絡手段はどうするかだが……」


 そう言うと華耀はドラゴを見る。


「利便性と言う意味では悪いが、俺は連絡系の魔法は水鏡しか身に着けてない」とドラゴ。


「では水鏡にしよう。ドミニクは連絡系は網羅しているし、私も水鏡ならば使える」


 水鏡は水の無い所では使用が出来ない為、連絡を取りたい相手の近くに水が無ければ声が聞こえない。よって、定時連絡等は問題無いが、緊急の連絡手段として用いる為には、革袋等に水を入れて持ち歩かなければならない。利便性が悪いと言うのはそう言う意味だ。


 一方、ドミニクは王国騎士団の訓練の一環として、あらゆる連絡手段に精通している。例えば事前の準備が必要ない分利便性は高いが、周囲に居る者にも相手の声が聞こえてしまう為密談には向かない風魔法、火の無い所では使用出来ない為これもまた利便性が悪い炎魔法。だが、炎は野営や室内では暖や明かりに使用される為、夜はほぼほぼいつでも連絡が取れると言うメリットはある。騎士団はそれらを使い分けて様々な状況下でいつでも連絡手段を確保していると言う訳だ。


 余談だが、使用者の魔法能力の高さ如何によっては物のやり取りも可能であったりする。とは言え、水鏡では濡れてしまう為何らかの措置を取るか濡れて良い物に限るし、火は大抵の物を燃やしてしまう。風が唯一無事に届くが重い物は運べない。


 物と人を手軽に運べるのはゲートだけだが、誰でも安心して使える様に設計してある分、高難易度の魔法技術を用いた魔道具故、設置個所はごく一部に限られる。また、少しでもコストを削減する為に一方通行の物や転送地域が限定される物も少なくない。ここ、トレヴィルのギルドに設置してあると言うゲートも、地域が王都に限定されている廉価版ゲートだと言う事だ。


「さて、もう話し合う事は無ければこれで解散としよう。今後何か少しでも不測の事態や疑問があれば即水鏡を通じて連絡をくれ」


 ドミニクとドラゴが頷くのを確認すると、華耀はギルドを後にした。

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