違和感の正体1
翌日夜、無事にトレヴィルに到着した華耀達は、門兵へと事情を話し、協力を仰ぐ事にした。
アメリーの容姿や、ヨハネスの学生証から、豪商アダルベルト家だと判断した門兵は、事件性を認め、荷馬車の特徴や山賊の顔等の仔細を聴き取りし、見かけたら必ず連絡をくれると請け負ってくれた。連絡先として、冒険者ギルドとトレヴィルのアダルベルト家の別宅を指定し、一行は捕らえた山賊二名を連れて、冒険者ギルドへと向かう。
「いらっしゃいませ。御依頼でしょうか?」
にこやかな笑顔で出迎えた受付嬢の声を背に「私が行きますので皆様はどうぞソファにお掛けになっていてください」と、アダルベルト家の面々に華耀は自ら交渉役を買ってでた。今から頼む事をギルド側が無条件で受け入れるとは到底思えない。切り札を使わざるを得なくなった場合、アダルベルト家の面々が近くに居るのは華耀にとって都合が悪い。
「依頼と言えば依頼ですが、ちょっと特殊な御願いでして。
数日前に、ここに居る四人の商人が王都からこちら迄荷を運ぶ為の護衛を、王都の冒険者ギルドで雇ったそうなのですが、道中山賊に襲われた際にやけにあっさり打ち負かされたと言うのです。
四人は命からがら森に入り、崖側のルートに抜けた所で私と遭遇し、追ってきた山賊を追い払いまして。その一部があそこに縛り上げてある二人なのですが。
よくよく聞けば、山賊は五人だったのに対し、護衛は六人居たと言うんです。
正直な所、私一人に倒されるレベルの山賊ですから、そこまで腕が立つ訳では無いと思いまして。となると、そんな山賊にあっさりやられた六人の素性が気になります。……依頼を受けた冒険者のギルドカード情報開示、それから彼らが他に所属をしていないか、しているならば、ここに転がっている山賊も同じ所に所属していないか。
無理を承知の上で、御願い出来ないでしょうか?」
「なるほど。御依頼内容は理解いたしました。
まず、今いらっしゃっている中に御依頼主様が居るのであれば、依頼内容及び受託者の情報開示はある程度迄なら可能です。
ですが、他の所属等の重要情報、これは残念ながら御依頼主様にも開示出来ません」
想定していた通りの、至極真っ当な回答であるが、この場合は喜べない。
アメリーは、王宮に程近い東区の冒険者ギルドで依頼したと言っていた。東区と言えば、貴族の邸宅が多く並ぶ区画だ。必然、ギルドの対応も、そこを拠点とする冒険者もある程度の技量や、マナーと言った物が求められる。その上で山賊に負ける様なランクの冒険者だったのであれば、何かあるとしか思えない。
場所柄、貴族かそれに列なる立場の者が一枚噛んでいると考えるのが自然だ。
司法の手に委ねるにしても、全く証拠が無ければ委ねようもない。まして、もしも華耀の推測が当たっていた場合、相手は爵位持ちと言う事になる。華耀としては頭の痛い話ではあるが、往々にして貴族に対する調査の手と言うのは緩まる傾向にある。賄賂然り、権力行使然り。
犯罪の証拠が見つかり、罪が確定、刑が施行される迄は貴族としての権力や金は如何様にでも使用出来る。調査の過程で調査員の家族が攫われ、結果として無罪と判じざるを得なくなった事等、過去に事例はいくつかある。司法の中でも裁判にて罪の有無を判断する為の調査を行う部署の人間には、貴族に対しても十分効力を発揮出来るだけの調査権限と爵位を授けてはあるのだが、家族の命や自身の命を盾にされ、尚も職務を全う出来る者等皆無に等しい。
近年、そう言った被害を防止する意味で、貴族の権利・資産を調査中は一時的に凍結する案も浮上はしているが、推定無罪の原理に反する事や、貴族の猛反発もあり、なかなか実現には程遠いのが現状である。仮に実現しても、万が一潔白だった場合の報復も考えれば、調査員も及び腰になるだろう事は想像に難くない。
そう言った背景を知る華耀としては、誰が背後に居ようとも、司法の手が緩まない程有力な証拠を集めてから然るべき所に委ねたいと言う思いはあった。
――どうする? やはりここで奥の手を使うか? トレヴィルに着いて早々に、と言うのは避けたい所だが、そうしなければ欲しい情報は開示はされそうに無い。荷馬車がここに到着する事を願ってここは一旦引くべきか?
しかし、そもそもそこが引っかかる。本当に貴族が絡んでいるのであれば、アメリー達の命を奪えなかった段階で山賊達は口封じに消されるのが落ちだ。今更逃げた所でどうにもならない。
いくらこちらが寝る間も惜しんで急いだとは言え、荷馬車を捨てて馬で走るなり、森をもう一度抜けてくるなりすれば、襲撃のチャンスは道中いくらでもあったのだ。あっさりトレヴィルに到着出来た理由が分からない。
更に言えば、ここに捕らえている山賊二人からも、自分たちの命の心配をしている様な雰囲気は一切感じられない。何もかもが、不自然過ぎる。何か、何か見落としている事がある筈だ。
等と、受付嬢の前で華耀は考えていた。
すると、その沈黙をどう受け取ったのか、今迄黙していた山賊の片割れが突然くぐもった笑い声を上げた。
「あんたぁ、馬鹿だねぇ。伝手も無くて開示なんかされる訳が無い。変な言い掛かりはよして、早く牢屋にでもぶち込んでくれないかね。俺ぁ腹が減って仕方が無いんだ」
山賊の発言に、思わず微笑んだのは華耀の方だった。
「なるほど、貴方は余り頭が良くない様だな」
「な、なんだと?」
「今の今迄口を閉ざしていたのに、突然饒舌になる。安心した証拠だ。つまり、情報が開示されない事に安堵している。
そして次に、貴方の口振りはまるでギルドのシステムを熟知している様だ。つまり、ただの山賊では無く、冒険者ギルドに縁のある山賊と言う事になる」
華耀は再び受付カウンターへと向き直り、懐から一枚のカードを取り出す。
手の平で覆い隠す様に、それをカウンターへとそっと置いた。
「先程の件、これで開示して欲しいと頼んだらそれは出来るか?」
言いながらそっと手の平をカードから退ける。
それは身分証明書であった。
それも、エレノア・ブロッサム(
華耀にとってこれは奥の手であり、出来れば使いたくは無かったが、思わぬ所で後押しをされた。山賊の言葉に。
この山賊の口振りなら、確実に開示された情報には手掛かりがある。空振りをしないのであれば出さない手は無い。情報が多ければ多い程、違和感の謎も解ける筈だ。
最も、王族と言えど開示されるのか、そこは華耀にも分からず、一種の賭けである。
「お待ち下さい、ただいまマスターを呼んで参ります」
受付の女性は一瞬目を見張ったが、そこは職業魂なのか、すぐに元の微笑みに戻り、一礼をしてから奥へと引っ込んでいった。
感触的には悪くは無かったが、果たしてギルドマスターはどうであろうか。暫しの緊張を強いられながら、待つ事数分。
現れたのは、見知った顔だった。
「何だ、誰かと思ったらエレノアじゃないか。こっちに来て早々早速問題
か?」
「なっ……まさか、貴方がここのギルドマスターだと言うのですか」
「おう、一週間ほど前からな。お陰で引き継ぎ事項がまだ終わってないって言うのにお前さんと来たら……まあ良い、話は上で聞くから付いて来い」
突然の大男の登場、次いで華耀と親しげに言葉を交わす様子に、アダルベルト家の面々は目を丸くするばかり。山賊二人に至っては、形勢の逆転を察知したらしく、華耀の隙をついて逃げようと考えたらしい。だが、華耀は山賊の身体を縛り上げてある綱をがっちり掴んで離さない。
更には、動けば動く程食い込む方法で縛り上げていた為、逃げるどころか山賊達の絶叫がホールに響いた。
「おーおー、賑やかだねぇ。ギルドって言うのはこう言うイメージがあったんだが、来てみれば書類仕事ばかりで辟易していた所だ。エレノア、俺を楽しませてくれてありがとうよ」
「貴方を楽しませる為にやっている訳ではありません。それより、流石に彼らを持ち上げて階段を上るのは骨が折れますから、手伝って下さい」
「そうかー? 俺はエレノアなら出来ると思うけどなあ」
そう言いながらも、ギルドマスターはひょいと山賊二人を両肩に担ぎあげ、危なげ無く階段を上っていく。その姿を追いかける様に、華耀はアダルベルト家の四人を伴い、二階へと向かう。
――ん?
階段を上る途中、華耀は一瞬何かを感じた気がしたものの、それが何なのかを判断する間も無く気配は消え失せた。暫く集中してみたものの、もはや跡形も無く消失した違和感は、結局残滓すらも掴む事が出来なかった。
――気の所為……では無かった。誰かの視線だった様に感じたのだが。
§-§-§
「つまり、お前さんが助けた一家は、たまたま山賊に襲われたのでは無く、前々から命を狙われているが、それを証明する証拠が無いって事だな」
「ええ、そうです。ですから、出来れば今回の依頼を受けた人物の情報を開示して欲しいのですが。やはり難しいでしょうか」
「まあ、普通なら無理な話だが、事が事だし、お前さんの事だ、恐らく目には見えない証拠がいくつかあるからこそ、そこまで言うんだろう。
開示しても良い。が、もし、だ。もし何も出なかったら、お前さん、どう責任を取る?」
「そうですね。情報を開示された方々への慰謝料……それから開示要求によって無茶な要求を飲ませられたギルドに対する御詫び、でしょうか。
まぁでも……この場合、もし本当に何も出なかった場合、護衛の六人は
であれば、慰謝料を払うべき人は既にこの世には居ないので、ギルドに対する御詫びだけすれば良いですね」
華耀のこの不遜で不謹慎な物言いに、アダルベルト家の面々は眉をひそめたが、対するギルドマスターは豪快に笑った。
「なるほどな、お前さんがそこ迄ふざけた物言いをするって事は、絶対に何かが出て来るって自信の表れだ。よし分かった、今開示情報を持って来るからそこで待ってろ」
そう言い残し、階下へと消えて行くギルドマスターを見送ると、ヨハネスが遠慮がちに華耀へと問い掛ける。
「あの、エレノア。ギルドマスターとは随分親しげでしたが、昔からのお知り合いなのですか?」
「まあ、そうですね、知り合いと言えば知り合いです。恐らく本人が後で自己紹介をすると思いますが、彼の名前はドミニク・ドーソン。この名前に聞き覚えはありますか?」
「ドミニク……ドミニク・ドーソン!? それはまさか、先日引退した王国騎士団長様の事でしょうか!?」
驚愕をにじませたヨハネスの言葉に、華耀は頷く。
「ええ。彼がまだ騎士団長だった頃、城下で迷子になっていた私を助けてくれたのが縁で。それ以来彼は何かと私を気にかけ――、いえ、からかいに来る様になったのです」
――等と言うのは嘘で、実際は騎士団長がこっそり剣術の師範を務めてくれていた訳だが、それを言えばある程度の身分があると疑われそうだからな。ドミニクにも後で口止めをしておかねばなるまい。最も、身分証を出した段階で十分疑わしい筈で、アメリーが見逃すとも思えないが。
そんな話をしている間にも、再びドミニクが上って来る足音が聞こえる。随分と早い再登場に、駄目だったのかと階段の方を見つめる面々だが、ドミニクは華耀と目が合った途端、豪快に笑い出した。
「上に招いた段階で、データの開示は確実だろうって部下が用意し始めてた。出来た部下が居るって事は、引き継ぎさえ終われば俺は気楽な隠居生活が出来るかもしれんな!」
立派な体躯とその豪快な話しぶりに似合わぬ、静かな足取りで、ドミニクは華耀達の真正面へと座る。紙束を華耀へと差し出すと、続けて話し始める。
「事情は知らんが、どうやら、お前さん達はちーっとばかり厄介な相手に目を付けられた様だな。最低位とは言え、相手は御貴族様だ。一体何があったんだ?」
ドミニクの問いに答えたのはアメリーであった。彼女は、道中華耀へと話した事情を、掻い摘んでドミニクへと説明する。
アメリーの説明を横で聞きながら、華耀は素早く資料へと目を通す。
二度目の説明故か、大して時間がかかる事も無く、華耀が資料を読み終わると同時にアメリーの声も途絶えた。
「なるほど、御家騒動、と言うと貴方に失礼ですな。要するに本家の人間が一方的に貴方がたを排除しようと躍起になっている、と。
だが証拠が無い訳か。まあ、この資料が少しは役に立てば良いが……どうだエレノア、何か分かったか?」
「そうですね……結論から言えば、依頼を受けた六人は全員リュフタ男爵家にも所属しています。
リュフタ男爵家には随分と所属している冒険者が多い様ですね。男爵家所属冒険者の情報には、彼ら六人以外にも十人の名前、計十六人が載っています。
そしてその内十二人は最近出来た魔域の調査依頼を受け、――不自然な事に、全員同時に直前にキャンセルしています。更にその中の六人だけが今回ラリ氏からの護衛依頼を受けています。
……では、調査依頼をキャンセルした残りの六人は何処で何をしているのでしょうかね?」
ドミニクからの紙束を机上へと放り投げると、華耀は口の軽い山賊を見やる。
「ドミニク、この者達が身分証を持っているか確かめたいのですが、それは可能ですか?」
「まあ、普通は騎士団や司法の領域だが、ここまで来たら、証拠を揃えてからのが早いだろう。俺が証人になるからチョロっと探るくらいなら許可しよう。良いか、チョロっとだぞ」
ドミニクの念の推し様に思わず微笑を浮かべながら、華耀は山賊の靴を脱がせる。失くしてはいけない物、或いは人目に付いては困る物は、大抵隠し場所は決まっている。靴の中敷の下か、靴底に切り込みが入っているか、腹巻の中、そして最後に急所だ。
階下でのやりとりから得た印象に間違いはなかった様で、口の軽い山賊の身分証は一番最初の靴の中敷の下からあっさりと見つかった。
続く二人目の山賊は、多少は用心していた様で、急所の下着の内側に縫い付けてあった――のを流石に人前で華耀が探す訳にもいかず、ドミニクに対応してもらった――。
こうして得た身分証はやはり、護衛依頼を受けていない六人の内の二人と一致した。恐らく、逃げた二人や森の中に捨てて来た遺骸の身分証も残りの三人と一致するであろう事は安易に想像が着く。
今得た情報から、華耀は瞬時に仮説を立てていく。違和感の正体もこれで解ける筈である。表舞台に出てきたのは十一人。だが、資料上では十二人いる筈なのである。
仮説を元に山賊を問い
「実入りの多い魔域の調査依頼を十二人全員がキャンセルしておきながら、貴方がたと六人の護衛には何の繋がりも無いと言われても信憑性は薄いですが、一応聞いておきます。
貴方がたはリュフタ男爵家から頼まれた為に調査依頼をキャンセルし、そちらの依頼を受け直した。六人は護衛として、そして残りの六人の内五人が山賊役として。そして恐らく、残りの一人が今回のリーダー役として何処かで今も同行を伺っている。だから貴方がたは今なおそれだけの余裕を保っていられる。
更に言えば、護衛の六人のランクはDでした。貴方がたの身分証にも確かにランクDと刻まれていますね。まぁ、魔域の調査依頼を受ける位ですし、その位はあると思いますが、Dランク同士が衝突した場合、そんなにあっさりやられるでしょうか?
奇襲する側の方が有利としても、六人対五人と、数の上で勝っていながら体制を立て直す事も出来ずに打ち負かされたとは思えません。貴方がたの目的がアダルベルト家の四人を殺害する事であれば、説明がつきます。違いますか?
普通に考えれば私達五人がこの街に入ってしまった段階で男爵家からの依頼は失敗したも同然。そうなれば口封じ兼失敗した罰として男爵家から何らかの処罰が下される筈。それなのに貴方がたのその様子……ずっと気になっていました……。リーダー役は一体どこに居て、何を考えているのか……」
半ば独り言の様に考えを口にすると、不思議と考えが纏まって行くのを感じた。
「……まさか……!?
山賊の方から一転、自身の後ろに立つラリへと向かって華耀は呪文を唱えた。自分の予想が当たった事を、魔術へと昇華した魔力から感じると、ドミニクへと鋭い一声を放つ。次いで、自身はそのままアダルベルト家の面々を庇う様にラリとの間に立ち塞がる。
「ラリ!? どう言う事、夫はどこに行ったの!?」
取り乱したアメリーは、華耀を押しのけ、今しがたまで最愛の夫であった男に詰め寄ろうとするも、華耀がそれを許さない。更には、ドミニクが男をがんじがらめにし、男の身動きの一切を封じている。
「ラリ氏をどうしたんです?」
静かに、それでいて鋭い問いを投げかける華耀に、男は不敵な笑みを向ける。
「なるほど、リーダー役なだけあって多少は肝が座っている様ですね。このまま貴方が口を開かなければ計画は順調に進む、と言う自信の現れでしょうか。
つまりは貴方の幻術や、それが解ける可能性も想定して計画は練られている。おざなりに練られた計画では無く、前々からじっくりと立てていた感じがしますね。これは……男爵は後戻りが出来ぬ所までアダルベルト家の事情に首を突っ込んでいる可能性が濃厚、かな」
独り言の様に状況分析を続ける華耀に、これ以上情報を渡さぬ様にか、男はあらぬ方向を見たまま黙秘を続ける。下っ端山賊の方の様子を伺うと、どうやらラリが幻術で入れ替わったリーダーだとは知らされていなかったらしく、目を見張っている。
その様子を見てとった華耀は、これ以上の詮索は時間の無駄だと見切りをつけ、ドミニクの方を見やる。
「ドミニク、申し訳ありませんがこの後私は使い物にならなくなりますので、別の者を遣いに出します。今後の事は彼と相談して下さい」
「そうか、了解したが、余り無理はするな。いや、今の宣言が無理をすると言う意味なのは分かっているが……」
「貴方が私の心配をするなんて、天変地異の前触れの様なのでやめてください。
とりあえず、遣いの者が来るまで多少の時間がかかると思いますので、アダルベルト家の方々は一度宿で休んで頂いた方が良いと思います。この様な時に休めるとは思いませんが、ラリ氏は私が必ず見つけますから、少々お待ち頂けますか。
それから、今回の件をもう一人に話す許可を頂きたいのです。この後私は多少の無茶をするので、その後の事は一旦もう一人に託したいと思うのです。素性も知れない人物に話をするのを許せ等と、無理を言っているのは分かっているのですが」
華耀は、アメリーとしっかり目を合わせながら話しかける。ここで彼女に取り乱されたままで居ると、この後の動きに支障が出る恐れがある。聡明な彼女であれば、内心がどうであれ、表に出さぬ程度には落ち着きを取り戻してくれると信じて。
華耀の言に、アメリーははっとした様子で居住まいを正す。流石は賢商アメリーと言われるだけはあって、この様な事態に陥っても正気は失わない様である。
「……取り乱してしまい、申し訳ございません。私は大丈夫です。息子たちと共に、エレノア様からの知らせをお待ちしております。それから、本件、エレノア様を巻き込んでしまい大変心苦しい限りですが、それでも私は家族の無事を最優先したいと思っております。男爵様の名が出た以上、私共の手には負えません。ですから、エレノア様が解決の為に奔走して下さるのであれば、誰に話そうとも、どう動こうとも、エレノア様の好きにして頂いて構いません」
凛とした表情でアメリーは言い放つ。その隣で事の成り行きを見ていたヨハネスも、母の言動に意を示す様に華耀へと頭を下げる。事実上アダルベルト家の手を離れ、華耀へと託された訳である。
その様子を見ていたドミニクは、軽く溜息をついたものの、何も言わずに華耀へと頷いた。これから
ドミニクの気が変わる前に事を始めようと言わんばかりに、アダルベルト家の四人が階下へと降りた途端、下っ端山賊二人をギルドの職員へと渡し、華耀はラリに成り代わっていた男へと詰め寄る。
「暫く眠っていて下さい」言い切る間もなく男の腹に拳を埋める。
鈍い声と共に体の力が抜けた男を、何も言わずにドミニクが紐で縛り付ける。なんだかんだと言いつつ、華耀を手伝ってくれる辺り、ドミニクは甘い。
「ではドミニク、後は任せました」
頷くドミニクを尻目に、改めて華耀は神経を集中させる。
自分から何も喋らなければ手がかりは潰える。男はそう考えていた様であった。逆に言えば、男の中には手がかりがたくさん詰まっていると言う事でもある。故に、華耀は男の記憶へとその身を委ねた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます