女嫌いと噂の伯爵様と結婚するまで

黒うさぎ

女嫌いと噂の伯爵様と結婚するまで

(はあ、どうして私がこんなことを……)


 エイラは目の前の席に座る、婚約者候補の男のことを見た。


 相手は新興ではあるが、伯爵家の当主だ。

 本来なら、男爵令嬢に過ぎないエイラが婚約者として選ばれることはないだろう。

 精々、側室が関の山だ。


 だが現状、エイラがこの伯爵の婚約者候補として最有力であるということは、間違いないのだ。

 正確には、他の候補者たちが脱落していって、残っているのがエイラしかいないだけなのだが。


 女嫌いのローランド。

 末端貴族の令嬢にすぎないエイラですら、その噂は耳にしていた。


 エイラとて、好きでそんな男と婚約をしたいわけではない。

 全ては貧しい男爵家に少しでも援助をしてもらうため。

 大切な家族のためにも、数多の貴族令嬢たちを袖にしてきたこの男を、どうにか攻略して嫁がなければならないのだ。


 己に課された試練の難易度の高さに、エイラはため息をついた。


 ◇


 ローランド・クロイツ伯爵。

 彼の武勇をこの国で知らぬ者はいないだろう。


 五年前に王国を襲った魔物の大群。

 魔境と呼ばれる、大森林の中から溢れ出してきた魔物たちは、王国にその猛威を振るった。

 主要都市の一つが落とされ、滅びた村は数知れない。


 そんな王国の滅亡の危機を、己の剣一つで救ってみせたのが、当時冒険者だったローランドである。


 身一つで魔物の大群に突撃し、そのまま無数の魔物を斬り伏せた。

 噂では竜種すら単独で葬ったという。


 個でありながら、圧倒的な強さをみせたローランドの姿に激励され、絶望のなかでも民は戦意を失うことはなかった。

 そして一年の激戦の末、とうとう魔物を魔境へと追いやることができたのである。


 未曾有の危機を乗り越えた立役者として、ローランドは称賛され、平民の出でありながら、特例として伯爵の位を叙されたのだ。


 王国を救った英雄。

 そんな者を、貴族たちが放っておくはずもなかった。


 男性貴族を引き込む手段。

 それは金、地位、そして女だ。


 伯爵に叙された際に、多額の褒賞金が国庫から支出されたため、金と地位には困っていないだろう。

 そんな考察から、貴族たちはこぞって自身の娘をローランドへあてがおうとした。

 その中には、王女も含まれていたという。


 だがしかし、誰一人としてローランドに嫁ぐことはできなかった。


 なぜ誰も嫁ぐことができなかったのか。

 それにはいくつか理由があった。

 一つは、ローランドの見た目だ。


 冒険者として圧倒的な強さを誇っていたローランドは、肉体も非常に恵まれていた。

 筋肉の鎧に覆われ、巌のような肉体は、華奢な貴族令嬢の何倍もの体格を誇る。

 顔には何かに切り裂かれたような、大きな古傷があり、無愛想な表情も相まって、まるで山賊のようだった。


 蝶よ、花よと育てられた大抵の令嬢たちは、ローランドの姿を見ただけで、その迫力に飲まれ、失神、あるいは逃げ出してしまった。


 中には肝の据わった令嬢もいた。

 自身の内に湧き上がる恐怖心を抑えつけ、懸命にローランドへ話しかけ、微笑みを向けた。

 そんなことをするのは、己の美貌に自信のある者ばかりだ。

 自分が男からどう見られているかわかっているからこそ、できる手段でもある。

 実際、同世代の貴族の異性に対しては、有効な手段であったのだろう。


 だがローランドは、令嬢たちと目を合わせることすらなかった。

 その態度は、まるでお前になど興味ないといわれているようで、令嬢たちのプライドを砕いていった。


 どんなに美しいと評判の令嬢にも、全くなびかないローランド。

 そんな彼に貴族たちも、自陣へ引き込むのを諦め始めた。

 どうせ誰も嫁ぐことはできないのだから、無理に自分の娘を嫁がせる必要もない、と。


 そして圧倒的な武勇を誇ったローランドは、「女嫌いのローランド」として貴族社会で語られることになった。


 ◇


 エイラ・フェルトはフェルト男爵家の長女として産まれた。

 下級とはいえ、貴族の生まれだ。

 それなりに贅を尽くした生活を送ってきた……、ということはなかった。


 フェルト男爵家の治める領地は、魔境のすぐそばにあった。

 魔物の脅威があるために、農作物をろくに育てることができず、かといってこれといった産業があるわけでもない。


 良くいえば優しい、悪くいえば為政者に向かないエイラの父、フェルト男爵は、貧しい民を思いやり、最低限しか税の取り立てを行っていなかった。

 それどころか、民の暮らしを支えるために、積極的な支援をしていたほどだ。


 民から慕われている領主だと思う。

 エイラ自身、民のために精一杯働く父を尊敬していた。


 だが、ない袖は振れない。

 民のために尽くした皺寄せは、全てエイラたちにきた。


 民家より多少大きいだけの屋敷。

 屋内に装飾品の類いはほとんどなかった。


 民と同等、場合によってはそれ以下の食事で、どうにか飢えをしのいでいた。


 苦しい生活だったが、家族で支え合い、どうにか生きてきた。

 しかし、どれだけ気丈に振る舞おうとも、限界はある。


 エイラたちにこれ以上削れるものはなかった。

 このままでは、そう遠くない未来に、フェルト男爵領は終わりを迎えることになるだろう。


 現状を打破するためには、貧する根本的な原因に対処する必要がある。

 すなわち、魔物に抵抗するための力だ。


 エイラがローランドに嫁ぐことで、最強の冒険者であるローランド本人に魔物討伐の協力を仰ぐことができるようになる。

 それだけではない。

 あわよくば、魔物に対抗する手段を享受してもらうことで、ローランド抜きでも魔物に屈しない領地に生まれ変わることができるかもしれないのだ。


 エイラの肩には、全ての領民の期待がのっていた。

 女嫌いだろうが、なんだろうが、押して、押して、押しまくらなければならない。


「ローランド様は、今でも冒険者として活動なさっているのですか?」


「ああ」


「冒険者は、依頼によっては野営することもあると聞いたのですが、ローランド様も野営をなさるのですか?」


「ああ」


「……そういえば、フェルト男爵領にも、小さいですが、冒険者ギルドがあるんですよ」


「そうか」


 ……会話が続かない。

 エイラがどんな話題を振っても、ローランドは一言答えるだけで終わってしまう。


 それだけではない。

 噂どおりというべきか、対面に座って会話をしているにも関わらず、ローランドは一度たりともエイラと目を合わせようとしなかった。


(……なんだか、ムカッとするわね)


 ローランドの力を頼りにすり寄っているだけの身なので、文句をいえる立場にはない。

 だがそれでも、話をするときに相手の目を見るのは最低限の礼儀だろう。


(この感じ、あれね。

 反抗期の弟と接しているみたいだわ)


 エイラには弟がいた。

 将来フェルト男爵家を継ぐ予定であり、小さい頃はエイラもよく可愛がったものだ。


 だが、いつからだろうか。

 エイラが話しかけても素っ気ない返事をするだけで、目も合わせようとしなくなった。

 スキンシップなど、もってのほかだ。


 そんな弟を見て、エイラは察したのだ。

 これが反抗期だと。


 そして、目の前にいる男、ローランドの態度も、反抗期の弟と酷似していた。

 というより、反抗期そのものだ。

 もう、反抗期ということでいいだろう。


 反抗期に構いすぎるのは、あまり良くないことかもしれない。

 しかし、だからといって、駄目なことを駄目だと教えないのは違うだろう。


 普段は温かく見守りながら、注意するときはする。

 それが、姉というものだ。


 エイラは立ち上がると、ローランドの元まで歩み寄る。

 そして、厳つい顔を両手で掴むと、グイッとエイラの方を向かせた。


「話をするときは、相手の顔をしっかり見なさい!」


 エイラのいきなりの行動に、目を見開いたローランドだが、すぐさま視線だけを逸らしてしまう。


(そう、そういう態度をとるのね。

 それならこっちだって!)


 エイラはローランドの視線の先へと、自身の顔を動かした。

 するとローランドは、すぐに反対を向いてしまう。


 右、左、右、左……。


 繰り返される鬼ごっこは、結局エイラのギブアップで終わった。


「はあっ……、はあっ……、はあっ……。

 ……どうしてローランド様は私を見てくれないのですか?」


 肩で息をしながら、エイラは尋ねた。


「それは……」


「ローランド様にとって、私なんかは見る価値もないということですか?」


「違う!!」


 突然の大声に、思わずローランドを見やった。


 こんな声も出せるのかと、ついどうでもいいことに感心してしまう。


「では、どうしてですか?」


 エイラはまっすぐローランドを見つめた。


 相変わらず目を逸らしたままのローランドだったが、しかしポツリと心の内をこぼした。


「怖いんだ……」


 数多の魔物を斬り、王国を救った英雄のまさかの発言に、エイラは驚きを隠せなかった。


 ◇


「怖い、ですか?」


「……貴族の令嬢はみんな華奢で、触るのはもちろん、目を合わせただけでも壊れちゃいそうで」


(……ああ、怖いってそういう)


 強者故の悩みというやつだろうか。


 目を合わせただけで壊れてしまうなど、そんな馬鹿げた話があるわけない。

 だが、もしかしたらとも思ってしまう。


 人間誰しも、畏怖の念を抱いている相手に睨まれれば、冷や汗の一つもかくだろう。

 竜種に睨まれれば、気を失ってしまう者だっているはずだ。


 仮に、この国の誰よりも、生きる災害とまで呼ばれる竜種よりも強い存在と目を合わせたとしたら。

 果たして、繊細な貴族の令嬢が耐えられるだろうか。


(……とか考えているのかしら?)


 馬鹿らしい。

 エイラはため息をついた。


 救国の英雄だか、なんだか知らないが、こうして対面してみれば、そこにいるのはただの男だ。

 もちろん、体格はいいし、傷の入った顔は山賊のようにも見えるが、それだけである。


 ろくな戦力もいないフェルト男爵家。

 そのため、領内に出没した山賊を捕えるため、領民とともに山狩りをした経験もあるエイラとしては、馴染みのある風貌といってもいいだろう。


「ローランド様」


 エイラの声に、ビクッと体を震わせるローランド。

 本当にこの男が、数多の魔物を葬った者なのかと、不安になってしまう。


「こちらを見てください」


「いや、だからそれは……」


「こちらを見なさい!!」


 エイラはピシャリと言い放った。

 時には、しっかりと怒ることも、弟の教育には必要なのである。


 迫力に圧されたのか、ローランドは怯えたようにエイラの方を向いた。


「ほら、壊れないでしょう」


 柔らかな笑みを向けるエイラ。

 その表情に、思わずローランドは目を逸らした。


「ああっ!

 どうしてまた目を逸らすのですか!

 私は壊れたりなんかしなかったでしょう!」


「いや、今のは……」


「もうわかりました。

 最低限貴族として、相手の目を見て話すことができるようになるまで、私が朝から晩までみっちり特訓します!

 いいですね?」


「えっ、そんな……」


「いいですね!?」


「……はい」


 こうして、なし崩し的にローランドとの同棲に漕ぎ着けた、という事実をエイラが認識したのは、しばらくたってからだった。


 ◇


 ローランドの朝は早い。

 まだ薄暗い時間に目を覚ますと、ベッドの脇に立て掛けてある愛剣を手に取った。


 そして、部屋を出ようとすると……。


「おはようございます、ローランド様」


 目を逸らした。


「ローランド様、挨拶をするときは相手の目をしっかり見てください。

 さあ!」


「……おはよう」


 チラッとエイラの方を見て、早口でそれだけいうと、逃げるように庭へと出た。


 朝の鍛練は、冒険者として活動していた頃からの日課だ。

 いや、鍛練というより、もはや癖といったほうがいいだろうか。

 これをしないと、どうにも一日が始まった気がしないのだ。


 ほどよく汗をかき、鍛練を終了したところで、横からタオルが差し出された。


「お疲れ様でした。

 どうぞお使いください」


 受け取ったタオルで汗を拭いていると、強い視線を感じる。


「……ありがとう」


 言葉を発する瞬間だけ、エイラのほうへと視線を向けた。


 ◇


 食事は、屋敷の広い食堂で行う。

 これまでは一人でとっていた食事だが、最近は対面の席にエイラが座っている。


 広い食堂で独り食べるのは落ち着かなかったが、目の前にエイラがいるのも落ち着かない。


「冒険者にも女性の方はいらっしゃいますよね?

 女性と目を合わせられない状態で、どうやって生活なさっていたんですか?」


 美味しそうに、料理を食べていたエイラが尋ねてきた。

 フェルト男爵の領地は貧しい、という話をエイラから聞いた。

 貴族であるにも関わらず、時には平民よりも安上がりな食事をとる日もあるという。

 そのせいもあってか、エイラは伯爵家での食事を、とても美味しそうに食べるのだ。


「……基本、独りで活動していたから」


「なるほど」


 独りでも、とくに困ることはなかった。

 魔物相手に後れを取ることはなかったし、数日程度であれば、休息も必要なかったため、野宿をするときに見張りを交替する人員も要らなかったのだ。


「そういえば、どうして目を合わせようとしなくなったんですか?

 なにか、きっかけがあったんですよね?」


「……昔は普通に話せていた。

 でもある日、睨んだだけで魔物が倒れたんだ。

 剣で斬ってもいないのに、魔物を倒してしまった。

 魔物ですら殺してしまうのなら、それより弱い人々と目を合わせるなんて、怖くてできなかった」


「でも、もうそんな心配する必要ないってことは、わかりましたよね」


「……それは、まあ」


 エイラは不思議な人だ。

 貴族の令嬢らしくないというか、お節介というか。

 長年、人の目を見ずに過ごしてきたというのに、ここ数日でいったい何度、エイラの瞳を覗いたことだろう。


 そしてその度に、妙に緊張してしまう。

 こんなこと、竜種と闘ったときですらなかったのに。


 きっと今も目の前で微笑んでいるだろうエイラを思うと、胸の辺りが苦しくなった。


 ◇


 今日は王城で、建国記念日のパーティーが行われていた。


 貧しいフェルト男爵家は、パーティーのために着飾ることすら難儀していたので、これまでは領地が遠いことを理由に出席を辞退していた。


 だが今年は、ローランドのパートナーとして、出席できることになった。

 ドレスも、ローランドが用意してくれた。

 まさに、ローランド様様である。


「初めて出席しますが、流石は王家主催のパーティーですね……。

 このパーティーを催すのに費やしたお金があれば、我が家なら数年は暮らせそうです」


 豪華絢爛に飾り付けられた会場を見たエイラは、まるで別世界に迷い混んだような気さえしていた。


「俺も何度か出席しているが、根は冒険者だからな。

 やはり、こういう雰囲気は少し落ち着かない」


 肩を竦めながらローランドが言った。


 ローランドと生活するようになって、しばらく経つ。

 未だに目を見て話すのは難しいようだが、それでも普通に会話をすることはできるようになってきた。

 弟の成長は、姉としても嬉しいものがある。

 いや、弟ではなく、玉の輿を狙っている相手なのだが。


「見てください!

 あんなに沢山の豪華な料理が!」


「行ってくるといい。

 俺は顔見知りに挨拶でもしてくる」


「わかりましたわ!」


 エイラは、はしたなくないギリギリの速度で、料理の並ぶテーブルまで近づいた。

 伯爵家で食べた料理もなかなかに絶品だったが、ここにあるものはさらに美味しそうだ。


 皿に取り分け、いざいただこうとしたそのときだった。


「ちょっといいかしら?」


 振り向くとそこには、ドレスで着飾った三人の令嬢がいた。

 エイラは社交界にほとんど顔を出していなかったため、非常に人脈が薄い。

 そのため、目の前にいる人たちが誰かわからない。

 ただ、こちらは貴族でも最下級の男爵令嬢だ。

 こちらより、家柄が低いということはあるまい。

 ここは目をつけられないよう、礼儀を尽くしておくべきだろう。


「お初にお目にかかります。

 フェルト男爵家長女、エイラ・フェルトでございます。

 以後、お見知りおきを」


「ああ、そう」


 エイラが慣れないカーテシーまでして挨拶をしたというのに、あまりに素っ気ない返事だ。

 だが、そんなことで腹を立てていたら、この貴族社会では生きていけないだろう。


「あなた、最近クロイツ伯爵様のお屋敷で暮らしているという噂を聞いたのですが、事実ですか?」


 ああ、なるほど。

 この令嬢たちの目的は、エイラではなく、ローランドか。


「はい。

 ローランド様には、大変お世話になっております」


 美味しいご飯を食べさせてもらっているし、お世話になっているといってもいいだろう。

 個人的には、ローランドの「女嫌い」の原因を解決する協力をしているので、お互い様だと思っているが、わざわざここで言うことでもあるまい。


「なんですって!?

 では、婚約をなさったということですか?」


「いえ、そういうわけでは」


 婚約もしていない相手の家に居座っている。

 よく考えたら、普通ではないような。


 だが、ローランドに追い出されたりしないし、実家の家族からも連れ戻されたりしない。

 いったい、どういう状況なのだろう。


「どうしてクロイツ伯爵様は、こんな田舎者なんかを……。

 この私でさえ、目を合わせていただくこともできなかったというのに」


(ああ、それは悪気がある訳じゃないんです。

 ちょっと強すぎて、感覚が人とずれているだけなんです)


「はっ!?

 まさか、クロイツ伯爵様はゲテモノがお好きなのでは?

 でないと、こんな田舎者が見初められる理由がありませんし……」


 酷い言い草である。

 確かに田舎者だが、今日はローランドが用意してくれたドレスに身を包んでいるので、他の令嬢と比較しても見劣りはしないはずだ。


 しかし、確かにどうしてローランドはエイラを追い出さないのだろうか。

 客観的に見ればエイラは、特訓というよくわからない理由で押し掛け、そのまま居座っているような奴である。

 どこからどう見ても、ヤバい女だ。


(まさか、本当にローランド様はゲテモノ好き?

 というか、私ってゲテモノカテゴリー?)


 そうだとしたら、ちょっとショックである。


「とにかく、あなた!

 どんな手段を講じたのかは知りませんが、すぐに手を引きなさい。

 あの方は、あなたのような人間が近づいていい存在ではありません」


 言い方は気になるが、確かに言うとおりなのかもしれない。

 ローランドが救国の英雄であるのに対して、エイラは貧乏男爵家の令嬢に過ぎない。

 あまりにも、分不相応というものだろう。


 伯爵家での生活にしても、今日パーティーに出席できたことにしても、全てローランドのお陰である。

 だというのに、エイラはローランドに対して、なにか返してあげられているだろうか。

 特訓と称して、ローランドが目を見て話せるように協力しており、少しずつではあるが、その結果も出始めている。

 しかし、それは全てエイラの自己満足に他ならない。

 ローランドは、そんな変化望んでいないのかもしれない。


「……そうなると、やはりローランド様はゲテモノ専ということに?」


「違うからな」


 突然背後からした声に、思わずビクッとしてしまう。

 振り返ると、そこには大男、ローランドがいた。


「ローランド様!?」


「俺はゲテモノ好きではない」


「それはまたあとでお話ししましょう」


 認めたくはないが、エイラになにもない以上、ローランドのゲテモノ専という可能性は捨てきれない。


「どうして、そんなところで頑固なんだ……。

 まあいい。

 よくはないが、今はいい。

 こいつは、エイラは俺の婚約者だ。

 外野が口を挟むようなことじゃない」


 そう言って、ローランドはエイラの肩を抱いた。

 相変わらず目線は令嬢ではなく、遠くを見ているようだが。


 それはともかく。


「私、いつの間にローランド様の婚約者になっていたんですか?」


「お前が初めて屋敷に来た日からだ」


 聞いてないのだが。


「もう、フェルト男爵に挨拶は済ませた」


 外堀を埋められているのだが。


「式は来週の予定だ」


 初耳なのだが!


 知らない間に、婚約者ができていた。

 どころか、結婚までのカウントダウンが始まっているらしい。

 まあ、当初の予定どおりではあるのだが、なんだか釈然としない。


「どうやら、私はローランド様と結婚するようです。

 少し早いですが、もう一度自己紹介を。

 エイラ・フェルト改めてエイラ・クロイツです。

 以後お見知りおきを、皆さん」


 エイラは満面の笑みを浮かべた。

 ローランドと結婚するということは、これから何度もこういった場で顔を合わせるだろう相手だ。

 今のうちに、親睦を深めておくのも悪くないだろう。


 だがしかし、令嬢たちは声にならない悲鳴を上げながら、どこかへ行ってしまった。


「ローランド様のお顔が怖かったんでしょうか?」


「いや、今のはお前の顔のほうだろう……」


 なんだか失礼なことを言われているような気がするが、気にしない。


 エイラはローランドに向き合うと、まっすぐに視線を向けた。


「ローランド様。

 先ほどは助けていただき、ありがとうございました」


 エイラとて馬鹿ではない。

 あの場面でローランドが声をかけてきた理由は、他にあるまい。


「まあ、必要なかったかも知れないが……」


「でも、ありがとうございます」


「ああ……」


 相変わらず、すぐに目を逸らしてしまうローランド。

 だが、ほんのり頬を染めたローランドを見ていると、そんな姿も可愛く思えてくる。


「ところでローランド様。

 ローランド様がゲテモノ専かどうかについて、お話ししたいのですが……」


「だから、違うと言っているだろうが!!」


 その日、救国の英雄の叫びが、王城に響き渡ったという。

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