第2話  1

 「お、お邪魔します!」

 大袈裟に頭を下げ、桃色の髪を揺らす少女が玄関にいた。

 家に女子を家にあげる、という滅多にないイベントに茅葉は緊張を隠せないでいた。てからは自身でも湿りを感じるほどの手汗が吹き出し、無意識で頭の後ろを掻きむしる癖が、アパートが見えて来たあたりから今まで収まる気配を見せない。

 見慣れたはずの家は、初めて来た場所のように思える。

 「い、いらしゃい。まあそこに掛けて。」

 かくつく口をなんとか動かし、居間のにあるあしの低いソファー黒いソファーを指差す。

 こんなんじゃ、不安を煽る一方でしか無い。もっとクラスの女子に接する様な軽い感じで行こう。

 そう試み、再び彼女に話かけようと居間の方を見る。が、そこには少女どころか、虫一匹すら見えなかった。一瞬思考が固まる。確かに今まで桃髪の少女が玄関から入って来たはずなのだが…

 しばしの思考で、すぐに答えが導き出された。もともと記憶を無くした少女などいなかったのだ。

 我ながら笑ってしまう。今まで幻覚を見ていたのだ。三日も徹夜したのだ、少しの眠りでは疲れが落ちきらなかったのだろう。そもそも、記憶を失った可愛い少女から家に泊めて欲しい、などと言われるのは、まさに夢物語だ。

 そんな自身を笑い飛ばし、ふと、玄関の方を見やる。

 ーーいた。

 そこには確かに片足立ちで壁に手をつく少女がいた。

 確かな疲れの残りと緊張のあまり、思考がおかしくなっているようだ。

 「どうした?なんかあったか?」

 駆け寄ってみると、とてつもないほどに手を震わせながらも、必死に靴を脱ごうと努める少女の姿が映った。

 「すすすすすすみません!う、腕が震えて…」

 どうやら彼女の方もかなり、というよりとてつもなく緊張しているようだ。靴の中に差し込もうとする指は全くといっていいほど、違う場所を指している。

 「ふっ…!」

 そんなあたふたする様子に堪えていた笑いを吹き出してしまった。

 「ご、ごめんなさい…」

 「手をお貸ししましょうか?お姫様」

 「お姫様なんて…そんなんじゃんいです…」

 そんな冗談ごとに少し頬を赤く染め、ぷいっと他所を見ながらも茅葉の差し伸

べる手を取る。

 ふと、こちらを覗く彼女の桜のように輝く瞳が向けられる。その瞳には口を半開きにした呆けた顔の自分が写り込んでいた。

 どこか恥ずかしくてなり、顔をそらす。それとほぼ同時に彼女も再び顔を背ける。お互いが硬直し合うなか、しばらくの沈黙に包まれ、家中が静まりかえっていた。

 「「フッ」」

 そんな、お互い溢れ出た笑い声は徐々に大きくなり、沈黙を掻き消していく。何故か一向に止まらない笑いを必死に堪え、静かにクスクスと笑う少女のに再び目向ける。

 「さ、上がって。あんまり綺麗とは言えないけど、それなりには片付いてるから」 

 「ありがとうございます。では」

 そう、静かな笑顔を見せ茅葉の手を引く。

 

 

 

 

 

 

 

 

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