そして過去は未来へとなる。
無性 無月
第1話
カーテンの隙間から漏れ出す光で目を覚ました。窓の方からは、はっきりとセミの鳴く声が聞こえる。半開きの窓から蒸し暑い風がカーテンを揺らし、音を立て吹く。
意識が段々と覚醒していき、ゆっくりと目を開くと、いつもの様に白い天井が目に入る。
意識がハッキリとして来た頃に重たい体を無理やり起こす。
「少しかだずけるか…」
寝転がっていた辺りを見回すと、服や学校の教材、弁当のゴミなどが辺り一面に散乱している。思い返してみれば、夏休みに入ってから、羽根を伸ばしすぎ、ゴミもまともに捨てずにゲーム三昧の三日連続で徹夜していた。どうやら三日目の夜に寝落ちしてしまったようだ。
時計に目をやると針は既に、12時を指していた。
こんなグダグダしているのも、色々事情ありきで高二の時に親と離れ、家には家族はおらず一人暮らしをしているからだ。そしてそれから未だ、一年も立っていない。
金は親からいくらか貰っており、よっぽどの贅沢をしなければお金に困る事はないだろう。行きたい所に行くのも、どこに住むかも、いつ何をするかも基本自由という状況だ。
そんな自由な立場だが、学校は流石に毎日通っている。学校に行かないということも考えてみた事はあったが、実際行かないでいると、孤独感と将来の不安感が残るばかりであった。その事もあり、その辺りは他の高校生とは変わらない。しかし、その学校が長期休みとなれば、話は別だ。
「それにしたってこれはさすがにないか…」
ゴミだけでもと、髪をかきむしりながらも、ゴミ袋を引っ張りだしゴミを集め出す。
ほんの少し片付くと、物足りなさを感じ、ゴミの片付けだけだったたはずが、洗濯、掃除機がけ、窓拭きまでと着々と部屋が綺麗になって行った。確か母親もそんな性格だったなと、懐かしさに浸りながらやはり、家族なんだなと感じがする。
部屋も片付けが終わり、どこか気持ちよさを感じながら背伸びをすると、窓からオレンジ色になろうと沈みだしている太陽が見えた。
この様な夕日を見ると、こうして貴重な夏休みが消えていく…。と考えてしまい、休んでるはずなのに疲れが溜まっていく気がしてくる。
「はあ…」
茅葉は一度息を吐くと、洗濯し乾いたばかりの服を適当に組み合わせ、黒いジーンズに半袖の灰色のTシャツを身につける。
ドアノブに手をかけ、ドアを解放すると、夏とは思えないほどの涼しい風が流れ込んでくる。アパートの2階からだと、夕日に照らされ、真っ赤に染まる近所の家が少し奥の方まで見える。気持ちの良い風に吹かれながら、夕日に照らされる街を見るというのもまた、気分のいいものだ。
今日みたいな日は夕方頃に散歩をする習慣があった。気分転換など、理由はいくつかあるが、その中で一つ、自分自身ですら理解できない理由がある。
ーーなにかを探している。
もちろん落とし物をした訳でもなく、ただそんな気がすると言うだけのあやふやなものだ。そんな事を何故思い始めたのかすらも、さっぱりだ。
そろそろ行くかと思い、所々汚れの見える階段を一歩ずつ降りていく。
このアパートは、築60年ほど経っており、ボロボロという程では無いが、所々傷や汚れが見える。だが外見はともかくとして、部屋は案外広く2DKほどあり一部屋まるっと残っている状態だ。家賃はそこそこ高めだが、昔住んでいた大都会と比べると安く感じてしまう。
アパートを出て、適当な方向へと進む。
この辺りは山がとても近く、少し行けば崖や川などもある。建物は、築80年は越していそうな古い和風の家がほとんどだろう。その他の建物は全くない。それなりの田舎だ。
だが不便はあまり無かった。1キロも行かないところに行けば、決して広いとは言えないが、スーパーもあればコンビニもある。駅も近くにあり、20分乗れば都市に出る。強いて言うなら、通学時に電車を一本でも乗り過せば1時間目には確実に間に合わないほどに、通らない事だろうか。
景色を味わいながらも、転々と歩いると自分の住むアパートから1キロほどの辺りまで来ていた。辺りを見回せば、風に靡く黄金の麦のある田んぼに囲まれ、街を囲む山のよく見える畦道にいた。
背伸びをしながら、大きく深呼吸をする。
自然を感じさせる植物の匂いと共に、麦が風に揺れ、心地のいい音が耳をなでる。
空を見上げれば、空に浮かぶ雲と共に、あかね色に染まりきっていた。
元は東京生まれの東京育ちで、今まで自然を感じる機会はほとんどなかった。だからこそ、こちらに越してきてから、この様な景色を初めて見た時は大きく感動した事を今でも思い出す。
「やっぱ、田舎にきてよかった。何やかんやでここのが落ちつくし。」
最初は東京に残ろう思っていた。だが、いざ一人暮らしをするとなると、どこのマンションも高く感じた。両親は構わないと言い、家賃共々払うと言っていたが、あまり両親に迷惑をかけたくなく、心を落ち着けたいというのもありいなこの方へ来た。
そんな事を考えていると、ふと昔の記憶が蘇る。苦しみの中にあった光が悲しみになったあの日のことを…
茅葉は、いつの間にか下を向いていた顔を持ち上げ、忘れる様首を振り再び歩き出す。
「それにここは高校に結構近い方だし、コンビニも、スーパーも近くにあるし、ここでよかったかもなー!ーーそう、これで。」
自分にそう言い聞かせ、再び止まろうとする足を、無理やり動かす。
散歩を始め、どれほどたっただろうか。既に日は落ち、辺りは闇に包まれる中を街灯の明かりだけを頼りに、家を目指し来た道を引き返していく。
虫の鳴く声を聞き、心地の良い風を感じながら、夜空を見上げる。
この辺りは、街灯の以外の明かりがほとんどなく、星がくっきりと綺麗に見える。これも東京にいた時では、見る事のできない、田舎の良さでもある。
夜空を見上げながら歩いていると、家から100メートル程にある小さな公園まで来ていた。
よくここで一息つくが…流石に暗いしな。
そう思い茅葉は前を向き再び歩ゆみを進める。
『ーー茅葉…!』
公園の入り口を通り越そうとすると、そんな声が耳に響いた。それと合わせる様に、風が公園の中心にある大きな木の葉を揺らした。
ふと、葉の音がする方を振り向く。それと同時に雲の隙間から月光が漏れ、木の下でベンチに座る一人の女の子がスポットライトの様に照らされる。
照らされた少女は、桜の様な明るい桃色の長い髪を風に靡かせ、どこか悲しげな様子で目をつむっていた。歳は同じくらいか、それより下ぐらいだろうか。
茅葉は、呼んだのは彼女だろうかと、一歩ずつ近づいていく。
あと数歩の所まで近くと、彼女は静かに目を開く。そこから見える瞳は彼女の髪の色と同じ桜の様な桃色をしていた。
瞳を半開きにし、静かに辺りを見回す。すると、こちらにに気づいたのか目を合わせ、小さく口を開く。
「え、えっと…私はなんでここに?」
「?」
首を傾げ、言い放った台詞には、その言葉には今までにあった雰囲気は一切なく、一気に茅葉を混乱んさせた。
「えっとーーー」
ふっと、桃髪の少女から顔を背け、顎に手を添える。
迷子…だろうか。しかしこの年でっていうのも考えずらい。そもそもさっき呼んだのはこの子じゃ無いのか?声からして同じだろうし…それなら、イタズラという線も出てくる。しかしさっきの声は演技にしてはあまりにうますぎる様に感じる。
そんな事を考えていると彼女はスッと、立ち上がると、困り顔をしつつも茅葉の肩を後ろから優しく叩く。
「えっと…そのわたし、何も…覚えてなくて…その…」
彼女は恥ずかしがりながらも、細々と話す。
ここが何処なのかも分からず、何も覚えていない。つまりこの少女はーー
「記憶喪失って事?」
彼女は気恥ずかしいそうに、首を縦に振り肯定する。
こういった時、まず最初にどうするべきか、混乱する頭を懸命に働かせる。身元も分からない今、真っ先ににすべき事はーー
「とりあえず交番、いこっか」
「ダメ…」
「え?」
「あっ!え、あ…えっとわかんないんですけど…イヤなんです!貴方と離れたく無いってそんな気がすると言いますか…」
赤っかな顔をそらし、言い訳をする様に言う。
告白されているのだろうかと思わせる台詞に、こちらも緊張してくるが、おそらく失われた記憶の中に、自分に似た人がいたのだと、適当な言い訳で、緊張をかき消す。
しかし、そうなるとかなり選択肢が狭まれる。この公園で記憶を失っていたと言う事は、この辺に住んでいる線も考えた。だが、今の今までこの近所で彼女のような少女を見たことがない。おそらく隣町、最悪それより遠い所の人かもしれない。だが、自分が見かけていなかったというのも、実家帰りして来たという確率も十分にある。最悪、無理にでも連れて行くか…
思考を重ねる中、ふと「それで…なんですが…」という声が、両手の指先同士を合わせ、下を向く少女から聞こえた。
「その…突然で、ダメだと言われるとは思うんですが…しばらくお世話になっても…」
上目遣いで答えを待つ
いきなりが重なりすぎて、頭が混乱しきっている。散歩の帰り道に、記憶喪失の女の子がいて、告白っぽいこといわれて、そんで家に泊めて欲しいときた。別に泊める事自体は良いのだが、彼女自身初対面の男にここまで気を許してもいいものなのだろうかと不安になる。
「ごめんなさい…初対面なのに無理いっちゃって。ダメ、ですよね」
彼女は何かを察した様にそう言うと、答えも聞かずに再び「すみません」と、作り笑いをし横を過ぎ去っていく。そんな少女の背中は異様なまでに小さく見えた。
そんな彼女の背中を何も言えずに見ていると、ふと頭によぎる。『もう、後悔しないでーー』そんな今にも消そうな声が。
「いいよ。」
思考より先に言葉が出ていた。
そんな小さな声に、背を向け、過ぎ去ろうとしていた足がピタリと止め、後ろを振り向く。
「自分で言うのもあれだけど、あんまりおすすめはしないよ?」
普通に考えれば、面識も一切無い少女を、家に泊めるというのもおかしな話だと自分でも思う。しかし、少なくとも記憶喪失の彼女をこんな夜中に放っておくのも賢明だとは思わない。それにここまで親しんでくれているのだから、どこかで会った事とのある子かもしれない。その辺も少し気になるところがある。
しかしどんな理由より…後悔したく無かったのだろう、きっと。
「お、お願いします‼︎」
彼女は目を若干潤わしながら、一息吸うと大きく頭を下げた。
「じゃ、もう日も暮れそうだし細かい話はまた家で」
そう言い、公園を出ると再び家を目指し歩き出す。彼女も遅れて小走りで茅葉の横に並ぶ。
『あ、あなたに……会え、てよかーー』
ふと強い風が吹き、声がかき消され最後まで聞こえなかった。横を振り向けば、顔を空に向け星空を桃色の目に映す、少女の姿が見えた。
「どうした?なんかいったか?」
「ん?どうかしましたか?」
気の…せいか。さっきこいつの声が聞こえたきが…ちょっと疲れてるな、俺。ま、かこんな急展開あったら脳も疲れるってもんか。
茅葉も、隣の少女と同じ様に星空をを見上げる。今日は雲一つなく、一段と星が綺麗に見える。しかしその星空はどこか悲しさを思い浮かばせた。
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