幕間-3 too Fast Restart

ここから先3話ほど、『改行を減らす!!』なんて宣言して書いてたんですが、結局後から編集して改行増やしてます。ちょっとだけ違和感あったらまあ、そういうことです。お目こぼしください。


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 ——気が付けば、道端に立っていた。


 直前、自分が何をしていたのかは覚えていない。

 立ち上がった記憶もない。

 覚えている最後の記憶は……


「記憶は……」

「……?」

「……っ」

「記憶喪失、かよ」


 唐突すぎて笑えてくる。もっとも、記憶がないのだから唐突で当たり前だが。正直、信じがたい。信じたくもない話だ。それなのに、何故か驚くほどすんなりと頭に入ってくる。


 俺は、記憶を失った。エピソード記憶の欠落。全くもって、何も思い出せない。

 無理矢理頭に刷り込まれたような、無味無臭の確固たる”事実”がある。

 見方を変えれば、それが俺の最初の記憶なのかも知れなかった。


「どうして……?」

 頭を触ってみても、外傷を受けたような痕跡は見当たらない。記憶喪失の原因が脳へのダメージでないなら、心理的ストレスが原因か。或いは何か別の原因があるのか。


「そうだ、スマホは」

 スマホに知人の連絡先が入っているはずだ。自分がどこに住む誰なのか、まずはそれを知らないことにはどうにもならない。

 ポケットを探る。

「……」

 全身をまさぐる。

「……マジか」

 あたりを見回すも、スマホはおろか身元を示すようなものは一切持っていない。まさに着の身着のままの有り様だ。


「まさか強盗にでも襲われて……?」





「いや……もういい」

 色々と考えるのも馬鹿馬鹿しくなってきた。今更原因を考えたところで無駄だ。

 正直……絶望しかない。自我を構成する記憶を失い、身元も分からず道端にひとり放り出された。


 “自分”というものが分からない。自分が本当にこの世界に生きてきた人間なのか。そうなのだとしても、果たしてそれは自分なのだと言えるのだろうか。ここにいる自分は”前の自分”という意識を殺した上で成り立ってしまった存在ではないのか。

 “前の俺”の骸を宿主として憑依し、寄生する。





 ……そんなモノ、死んでしまった方がいいのではないのか。



 そう意識した途端、猛烈な嘔吐感が込み上げてくる。堪え切れず、四つん這いになって何だったのかも記憶にない胃の中身を吐き出す。


 胃の中が空っぽになるまでえずいても、淀んだ感情は吐き出せなかった。


「死にたい」

 気づかないうちに口から漏れ出た言葉を、いっそ実行してしまおうか。この先の見えない暗闇から逃げ去ってしまいたい。


                  ❇︎


 ——まったくー。ネガティブ思考の天才だねー


                  ❇︎


 そんなふうに思い詰めていたからだろうか。駆け寄ってきた足音には気がつかなかった。


「大丈夫ですか!?」

 思わずびくりと反応してしまう。……聞かれなかっただろうか。道端に嘔吐する見知らぬ人に、迷わず駆け寄ってくるような人間だ。——いや、見知らぬ人なのかさえ、俺にはもう分からないわけだが——死にたい、などと聞かれれば無用なお節介をされかねない。


「あ……大丈夫、です。お気になさらず」

 口元を拭い、精一杯気丈な顔を作って彼女を見上げる。

 心配そうに様子を伺う顔が、思ったより近くにあった。真っ黒な長髪に、気弱そうな顔つき。意外にも、俺と同じくらいの年齢で、いかにも”おとなしい女子”のステレオタイプといった風貌だ。


「顔真っ青じゃないですか!病院行った方がいいですって」

 見かけによらずグイグイと来る。

「本当、大丈夫ですから」

 逃げるように立ち上がるが、眩暈がする。体が火照ほてって、視界がだんだんと暗く塗りつぶされていく。


「せめて座っててください。水か何か買ってきますから!」

 そう言い残して、彼女は断る間もなく行ってしまった。

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