幕間-2 異世界転移は間に合ってる
時は進んで8時半。精神的にも肉体的にも疲れ切った俺と祐希は、格安ホテルで休憩していた。泊まるわけではないので2人で一部屋使い、ゲートの権能が使える頃に引き払うつもりだ。
「君、何か食べれるもの買ってきてくれる?」
「もうこのまま1日だらだらしてたい気分なんだけど」
ベッドの上に寝転がってゴロゴロと転がりながら俺をパシろうとする祐希。心身共に疲れ果て、もう何もやる気が起きないのだが、この態度がいやに懐かしく感じる。学校の学食で祐希に使い走りをさせられていたのはつい昨日の事だというのに、もうどこか別の世界で起きた出来事の様に感じてしまうのだ。妙な寂寥感を感じていると、
「ほら、帰ってきたら窓際のベッド譲ってあげるから」
2つ並んだベッドの窓に近い方を譲るという提案。まあ別に休めればどっちでもいいのだが、仕方なく乗ってやる。疲れているのは祐希だって同じだろう。
部屋を出る間際に、祐希から声がかかった。
「昼と夜の2食分ね〜」
声がだらけてる。今にも寝そう。俺も眠いよちくせう。
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「そういえばコンビニどこだかわかんないな」
スマホを取り出そうとして足を止めてから、スマホは既に壊してしまった事に気づく。普段は都会を歩いていれば何度となく見かけるコンビニだが、いざ探すとなると、スマホを使ったマップ検索ができないというのはなかなかに不便だ。
しかし異世界に電波が届くはずもない以上、これからはスマホに頼らず生きるすべを身につけなければ……!
足を止めたまま、背後から迫る暴走トラックを眺めながらそう覚悟を決めた。
……暴走トラック?
ぎ、ぎ、ぎ、と、軋んだ音をたてて先を見れば、俯いたまま信号を渡る女子高生がひとり。トラックは青信号に向けて減速する気配がない。
嘘だろテンプレかよ、と言う間も無く走り出す。
「ひ、だりみろ左——!」
『神々の伝令』をフルに発揮しながら、パニックで回らない口で声を張り上げる。しかし当の彼女は何やら深刻な顔をして気づかない。
自殺——
あまりにも深刻な顔にそんな言葉が脳裏をよぎるが、まさかあのトラックが自殺の手段だとは思えない。
時間が引き延ばされる感覚——
トラックが信号に差し掛かるまで1秒か2秒しかない。つい数時間前、《死に戻り》直前の地獄が脳裏を
『神々の伝令』の権能を使っても、俺の出せるスピードは精々自転車以上、自動車以下といったところなのだ。それは2度にわたる全力ダッシュで実証済み。アクセル全開の暴走トラックに勝てるはずがない。
大声で警告?間に合わない。物を投げる?間に合わない。トラックのタイヤに鎖か何か……手頃なものがない。急場での覚醒に期待?馬鹿か俺は。
断片的な思考の波が押し寄せる。過ぎ去った後、残るのは空白のみ。
——俺は、目の前にいる人ひとり助けられないのだろうか。
——2年前、両親を喪った時も、交通事故だった。事故の瞬間の記憶は、ほとんど残っていない。あの時俺は何を思っただろうか。目の前で世の理不尽に両親を奪われ、それなのに自分は大した傷も負わずに。
泣き叫んだ。怒り狂った。死にたくなった。
俺の見知らぬ彼女にも、彼女が死んだら悲しむ家族がいるだろう。友人がいるだろう。恋人だっているかも知れない。そんな彼女の未来が、人生が、今奪われてしまう。たかが1人の人間の、一瞬の気の緩みによって。彼女を俯かせた不幸によって。積み重なった不幸で。——運命の手によって。
それを思うと、何故だか怒りが湧いた。
思えば俺の人生は、「運」というものに振り回されてばかりいる。人生の大切な局面において、運に味方されたことなんて片手で数えられるほどしかない。
——目の前のそれが自分のものでなくとも、たまには全力を賭して抗いたくもなるだろう。
……だからといって、それでこの状況がどうにかなるわけでもないのだが。
ただ、万に一つの賭けだろうとなんだろうと、やってやる。生存本能さえ押さえつけ、全ての枷を外した。
冷静に考えて、いや、冷静でなくともこのくらいは分かっている。あり得ない選択だ。ただの自殺行為と変わらない。初対面どころか一度も対面してさえいない相手のためにここまでするなど正気の沙汰ではない。
それでも、もう悩んでいる時間はないのだ。
「くそったれ——ッ!」
最後に一息、世界を罵倒して心を決める。
安全な歩道から飛び出して、トラックの目前に躍り出る。スピードを落とさずトラックをギリギリまで引きつけて——
——左、向かい側の歩道に向けて角度を調節しながら全力で跳躍。ヤケクソ気味にトラックを蹴りつけた。
——何故だか、痛みは無かった。俺の体はトラックに弾き飛ばされ、女子高生にクリティカルヒット。無事トラックの進路から突き飛ばした。ダッシュのスピードを乗せてトラックと衝突する際の衝撃を少しでも和らげようとしたものの、俺が無事だったかは分からない。
まるでうろ覚えの夢のように。無機質な情報だけが頭に残っている。
その中で、色のついた記憶がひとつだけ。
「おにいさん、そんなにお人好しじゃ危ういよ?」
呆れたような、試すような。知らない声なのに、知っているような声だった。
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(後書き)
はたから見れば、潤の行動は正気の沙汰じゃない。理解できないかも知れない。人間の心なんてそんなものだ。
潤にとって、両親の死は未だ乗り越え切れてはいない残酷な現実。
自らの犯した殺人への罪悪感。
思いもよらず授かった力への責任感。
揺らぎすぎた「現実」への不信感。
自らから全てを奪った世界への意趣返し。
大小様々な沢山の要因が複雑に絡み合い、思いもよらない様相を呈す。まして一瞬の思考。理性の枷は間に合わない。一度脳裏によぎった考えを、凍結した思考で実行する。
なろうは後書き沢山、カクヨムは作品に直接関わるもののみ掲載しています。
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