This ending has no reason.

「地球が終わる」

 突然響いたサイレンに人々は振り返った。しかし、そこには犯罪者を追いかけるパトカーも夕刻を知らせるメロディもなく、ただ種々の動物の阿鼻叫喚と人々の疑念が入り混じる光景だけ。

 では、そのサイレンは一体どこから響いたのか。答えは至極簡単なもの。人間からだ。僅か数十万年の中で文化に埋もれた本能がその文化を取り込み、サイレンという形を持って人々に手を伸ばした。


 次に人々は理由を求めた。理由が分かれば、終焉を回避できるかもしれないと思ったからだ。

 人々はあらゆる手段を駆使した。空から見た宇宙も、陸から見た宇宙も、机上の数字も、果ては真偽の分からない占いまで。しかし人々は目指すものの蜃気楼にすら辿り着けなかった。


 人々は混乱した。なぜだ、と。人間はこんなにも発展した。この地球の多くの事象の理由を見つけ出してきた。それなのになぜ、眼前の終焉に手も足も出ないのか。

 人々は争った。空腹を満たすものを、安心して眠れる場所を、立ち上る不快を拭う身体を求めて。


 人々は知らなかった。自身の無知を。ずっと前に知ったと思っていたそれは未だ完全ではなかった。 


 万有引力も、相対性理論も、質量保存の法則も、占星術も、その権力を失った。残ったのはいつになるかわからない終焉に想いを馳せることだけだった。



 世界の終わり、未知の山を踏破する。それだけ聞けば最後には相応しいと思うかもしれない。けれど、僕が踏破するのはクローゼットのエロゲーの山。今まで買い溜めて、ずっと放置してきたものの山。仕方ないじゃないか。恋愛をしようにも相手がいない。強姦をしようにも勇気がない。それでも性欲は勢力を落とさない。だとすれば最後に縋れるのは非現実しかないじゃないか。終わりのある最後の来ない世界に自分を投影して、仮装のパートナーと共に仮想のこれからに思いを馳せるんだ。定まった終わりに向かって理由を作り出す作業は、理由のない最後の理由を求めることよりずっと有意義だ。

 僕はキーを押してセリフを進めた。今の僕なら世界を進めることも戻すこともできる。

「好きに、理由なんているのかな……」

 ヒロインが画面越しに僕を見た。儚げな瞳で理由の意義を問う。瞬間、僕の頭の中は疑問で埋め尽くされた。

「僕のいる理由、あったのかな?」

 何かを成すことなく、誰かの役に立つことなく、ただただものを、時間を消費し続ける毎日。顔も名前も知らない誰かのため、そして自分のために落としてもいない落とし物を探し続けた彼らの生き方の方がずっと有意義だったのではないか。

「酒飲もうかな」

 なんだか動かしにくい足に鞭打って、冷蔵庫の缶ビールを取った。盗む勇気もなくて、きちんと金を払ったやつ。

物を口に入れるのは久しぶりだった。なんとなく恥ずかくて、後ろめたくて、何かを食べたり、飲んだりする気分にはなれなかった。金色の液体を喉へと流し込む。久々の刺激は痛くて気持ちよくて、何より、苦しかった。缶ビールを床に置いた。

 どうやらサイレンは鳴らないらしい。大した理由はないんだなと思った。眠い。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Otto農場の愉快な作物たち 農場の夫 @nojonootto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ