てか、最初からロボ使えば良くない?

 つり革を掴みながら高速で走るビルたちをを見ていた。するとその中から僕が毎日通っているビルが見えた。と言っても、見えたのは屋上の隅っこくらいでそれ以外は周囲の高層ビルに隠されていて、全体が視界に入ることはない。

 それにしても、電車の中は半年前と比べ、ずいぶんと変わった。まず出勤時というのに景色を見る余裕がある。半年前は堅苦しいスーツを着た人で溢れかえり息をするのだってやっとだった。今は席自体は全て埋まっているが、つり革を掴むことはできてしまう。

 東京がこんなことになった理由は誰の目にも明らかだった。それは怪人と五人組のヒーローが現れたこと。

 彼らは一週間に一回くらいの頻度で都市まちに現れては激しい戦闘を繰り広げ、最後に巨大化した怪人と五色のロボで都市をめちゃくちゃにした後、そそくさに帰っていく。てか、そんなことするなら最初からロボ使えばよくない?

 彼らが都市まちに与えた影響は大きく分けて二つだ。

 一つは危険を避けて東京を離れる人が増えたこと。

 もう一つは在宅勤務を採用する企業が増えたこと。

 これらのおかげで僕たちの生活は大きく変化した。と言っても、僕が勤める会社は未だに二つ目の恩恵を受けつけようとしない頭の堅いところなのだけれど。

 ふと我に帰り、車内を視線だけで見回した。すると席二人分の面積を占領する一人の力士が入ってきた老夫婦に席を譲っていた。力士は老夫婦にお礼を言われ「お礼なんて必要ないでよさこい」と照れながら返している。そこは「どすこい」じゃないのかよと心の中でツッコミを入れつつ、窓の外に視線を戻した。



「はあ」

 会社を出ると自然と大きなため息が漏れた。中にいる間はずっと息を止めているみたいに苦しかった。「お前より有能な奴なんていくらでもいる」だってさ。

 頭を上に向けると、青空の中で一際大きな雲が小ぶりな雲を覆い隠していた。

 普段ならこんな真っ青な青空を仰ぐことは出来ないが、付近でヒーローと怪人の戦闘が起こったということで退社時間が早まった。つまり会社から出たとしても、完全な息抜きをすることは出来ないということだ。現場からどれだけ離れていたとしても巻き込まれない保証はないのだ。

 戦闘と電車の運行の状況をSNSで確認しつつ駅への道を早足で進む。

 数分歩くと最寄りの駅とそこに向かって全力で走る人々が見えてきた。

「よし、僕も走ろう……!」

 その言葉を合図に全身を力ませ、足と腕を全力で動かす。

「危ないでよさこい!」

 突然響いたその声で僕は足を止め、声の方向を見る。そこには朝の電車にいた力士がその巨体を揺らしながら迫ってきた。

「ここは危険でよさこい! 早く逃げるでよさこい!」

 力士は僕の肩を掴むとそう言って、駅の方に走っていった。

「あんたは危険じゃないのかよ!」

 そう言いながら振り向くと、目の前が黄色い煙で包まれていた。

「くっさ! これってまさか……」

「そう、そのまさかであるウホ! それは、私のオナラだウホ!」

 声と同時に振動が僕を襲った。そこにいたのは、ゴリラの体とスカンクの頭と土管の尻尾を持った怪人だった。

「待て、ウホドカンク!」

 五人組のヒーローがウホドカンクを追いかけて駆けつけた。

「黙れウホ! お前たちも私の土管コレクションに加えてやるウホ!」

 ウホドカンクの意識はヒーローたちに向いている。今のうちに逃げないと! 

 僕は棒切れみたい震える足に鞭打って、駅と反対方向に走り出した。

 しかし突然現れた人々に道を阻まれ進めない。

 なんでこんなに人がいるんだよ!

 人の波を掻き分けながら走っていると、目の前に大きな壁が現れ、顔面に強い痛みが伝わり、バランスを崩して倒れてしまった。

 痛みに耐えながら目を開けると僕の前に男性が申し訳なさそうな顔で立っていた。しかし「ヨサコイシノビヘンゲ!」という声が響くとカメラを撫でて走って行ってしまった。

 仕方なく一人で立ち上がろうとすると左肘に刺すような熱が走り、起き上がることが出来ない。

 もうだめだ。このまま起き上がれなくて、踏み潰されて死ぬんだ……。

 起き上がるどころか生きる気力すら、僕の中から失われていた。

「大丈夫ですか!」

 沢山の人が僕を無視する中で唯一駆け寄ってきてくれたのは首にカメラをかけた女性だった。

「立てますか?」

 そう言って僕の背中に手を添えた。

「は、はい。ありがとうございます」

 女性に支えられながら、僕は立ち上がることが出来た。

「本当にありがとうございますって痛!」

 精一杯の感謝を伝えるために勢いよく頭を下げると左肘に更なる痛みが走った。

「ああ、無理なさらないでください。騒ぎが終わったら病院で診てもらってくださいね。それじゃ私は撮りに行かなきゃいけないので!」

 そう言うと、女性はカメラを持ちながら光の速さで走り去って行った。左肘には痛みとは別の心地よい熱があった。

「お母さん、どこにいるのー!」

 少年が泣き声を上げて母親を探している。僕は少年に駆け寄りしゃがんだ。

「大丈夫だよ。僕と一緒にお母さんを探そう?」

 少年は僕が差し出した手を握り、腫れた目で頷いた。

 駅の近くにロボが着地した。しかしウホドカンクは巨大化していないようだ。ロボからは「最初からロボを使えばいいんだよ!」という声が響いた。しかし次に響いたのは「あれ? ウホドカンクが見えない! あいつカメラの死角に入りやがった! てか土管でまともに動けない!」という情けない声。

 どうやら最初からロボを使うのはなかなか難しいようだ。僕は少年の小さな手をしっかりと握り、周囲を見渡した。

「あ、お母さん!」

「本当かい?」

「うん!」

 僕は少年が指差した方向にゆっくりと走り出した。

 

  

 

 

 

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