魔法使いの導き
魔法使いの導き -1
「本当にもう大丈夫なの、フランチェスカ」
支えもなく歩くフランチェスカの傍らで、心配そうにエルダが尋ねた。フランチェスカは荷物だけはレナードに預けたが、短刀は懐に納めたまま。あとは乗り込んだ時と変わらぬ足取りで船を降りる。
「ご心配をおかけしました。もう大丈夫ですから、ご安心を」
明るい顔色とはいえないし、たった一日半で完全に回復するとは、オリバーも思えなかったが。心配しすぎても空気を重くしすぎても、先行きへの悪影響になるだけだろうと言い聞かせた。子どもに気を使われちゃたまらない、とは、ライエもよく言っていたし。
(結局、襲ってきたのって何者だったんだろう)
それこそ強盗だったらマシな話で、自分たちが何者かを知っていて襲ってきたのだったら事態は深刻だ。
「犯人の処遇は、船の方で処理してくれるそうだ。ペルラ島に上陸したところで、島の治安機関に引き渡されるってところだろう。あとはお役人に任せた、と」
「そんな感じで良いの?」
もっと大きな事態に発展することは。要人暗殺未遂だとしたら、自分たちはここで手を引いて良いのか、しかるべきやり方があるのではないか。
「とりあえず、今回は、な。今は先に進む方が先決だ」
言いながら、レナードはわずかに視線を動かしてエルダを見た。その様子で、オリバーもこれ以上は聞くのをやめる。
襲撃者の正体は知りたかったが、相手によってはエルダを深く傷つけることになるに違いない。そう考えると、大人たちが詳しく説明をしないのもうなずけた。少なくともこれ以上は、道行の邪魔になる相手や事件ではなかった、そう思うことにした。
ヴェルレステ本島のそれと比べると、小さいペルラ島の港。
船の上からも見えた、物見台も兼ねた鐘楼がまず目を引く。ヴェルレステは王宮が何よりも立派だけど、ペルラ島では鐘楼が象徴のようだ。
オリバーたちが乗ってきた船は、島に寄港する船の中で一番大きなものらしい。その乗降客たちが島内に散っていくと、港の賑わいはずいぶんと落ち着いた。昼時まであと少しの時間で、人々も朝よりゆっくりし始めるのかもしれない。
「俺たち、これからどうするの。はじまり島へ渡れる船を探すの?」
豆の煮付けを、小麦生地の薄焼きで巻いて口に運ぶ。温かい食事はずいぶんと久しぶりで、それだけで有り難かった。
オリバーたちは、港のすぐそばにある食堂で昼食を取りながら、今後のことを話した。
「できれば、今夜はペルラ島で一泊した方が良いと思うの。今からどんなに急いでも、レイラ島に到着できるのは遅い時間になってしまうし。フランチェスカはもちろん、私たちも一晩くらいは落ち着いて休息した方が良いと思う」
空室のある宿が見つかるかな、とエルダが首を傾げた。レナードが答える。
「とりあえず、まず『ペルラ島に到着したら、トーラスという者を訪ねること』と、ライエに言われました」
「トーラスさん?」
何者だろう。
ライエの知り合いなのだろうか。ライエからその名を聞いたことはないけれど。
「その人が、レイラ島へ渡してくれるらしい」
「その方は、レイラ島へ行き来できる方法を知っているの?船を出せるってことかな」
「詳しくは、会って話せと。正直、レイラ島へ渡してくれる船と船頭を探すのは難しいと思っていたし、かといって俺も操船技術には乏しいし、そういう人がいるなら頼りたいところです」
「ライエさんの紹介なら、間違いはないんじゃないかしら。食事を済ませたら、まずはその方を訪ねましょう」
先行きが決まったところで各々、残りの食事を片しにかかった。オリバーは皿に残った刻み野菜に、煮豆の汁を絡ませながらひとまとめにして平らげる。皿の上にひとかけらの食材も残さず、数日ぶりの暖かい食事を終えた。
「ここ?」
細い路地の最奥にある、小さな家の前。
島内の街並みはヴェルレステ本島のそれと大きく変わるものではなく、限られた土地の中に所狭しと家が並んでいた。
ライエには地図を描いてもらったわけではなく、通りと区画の順番や組み合わせで進路を伝えられたらしい。そこそこ複雑なそれを書きつけたライエ曰く、『家を見つける暗号のようなもの』だそうだ。
「知ってる場所なら、地図なしの説明でも分かるだろうけど。本当に通りの名前とか区画の何番目とか、そんな言葉だけで解かるもんなの?」
オリバーが訝しんで目の前の家を睨むと、レナードは首をひねった。
「ここで間違いないと思うんだけど。ライエの説明自体は、ここに来るまでの道のりをきちんと再現してたし」
ともかくも、とレナードは玄関の扉を叩いた。取り付けられた鋼鉄の金輪を扉に打ちつけると、ごつごつと重い音が響く。
「ん?」
「なに、どうしたのレナード先生」
「いや。今、一瞬手がしびれたような」
「金具に挟んだんじゃないの?」
フランチェスカの推測には納得がいかない様子で、レナードは指先を振った。
「……出てこないね」
中の気配を待って静まった場に、エルダの声がぽつりと響いた。
「お留守かな」
「俺たちが来ること、伝わってるわけじゃないんでしょ?だったら……」
オリバーの言葉を、レナードが遮って言った。
「ライエが言うには、『余程ちょうど良い時期でもない限り、訪ねて行ってもすぐに会えるわけじゃない』そうだ」
「えっ。じゃあその人に会えるまで、結局どこか宿でも取って待機するしかないんじゃあ」
「それが、この家を使って待っていて良いってことに、なってるらしいんだよな。『この家を訪ねる人は、とても自分の助けを必要としているか、会いたいかという人だろうから。すぐに戻れない自分を待つために、家を使ってくれていい』って、トーラスって人が、自らそう決めてるらしい」
「仕事が忙しくて色々なところに出向いてるとか、生活の場所が他にあるとか、そういう人なのかしら。この家に毎日いるわけじゃないっていう」
フランチェスカは頬に指をあてて、考え込む仕草をした。
「でもこの家に人が訪ねてきたかどうか、どうやって知るんだろう。どれだけ待たせることになるかとか、考えないのかしら」
「ライエが手紙で知らせてくれてるとかかなあ。でもそんな余裕なかったはずだし」
オリバーも一緒になって考え込む。
「とにかく待つと言っても、長期間待たされるわけではないとは、ライエも言ってたから。……というか、俺もライエから駆け足で説明された通りに何とか進めてるだけだから。とりあえず、待たせてもらおう」
「鍵、閉まってるんじゃない」
けれど扉を眺めても、鍵穴も錠前も閂も、それらしいものは一つとして確認できない。オリバーは恐る恐る取っ手に手を伸ばす。
「……開いちゃった」
力も込めずに扉を中に押し込んだら、軽い手ごたえで開いてしまった。
「のんびりしてそうな島だけど、こんなに不用心で良いのかな」
エルダがそっと家の中を覗き込んだ。オリバーも一緒になって見る限り、ライエやレナードの家とそう変わりそうもない、普通の部屋がそこにはある。
「他にやりようもないし、待ちましょうか」
腹を決めたのか、エルダは一息ついて家へと入って行った。
家の中で、いつ帰るともしれない部屋の主の戻りを待つ。
あまり生活感がない部屋だったから、フランチェスカの予想通り常の生活場所という雰囲気ではなかった。けれど室内は綺麗に整えられていて、不自由もほとんど感じない。
台所もあったが、負傷したフランチェスカが包丁を握ろうとするのを、みんな全力で止める。簡単な煮炊きならできるオリバーもレナードも、さすがによその家で料理をする気にはなれなかった。
ならば食堂や屋台で料理を包んでもらって持ち帰り、それを夕飯にしようと話がまとまったが。
いざ外が暮れ始めて出かけようとしたら、今度は身の安全や護衛について考えて、誰が買い物に行くべきかとひと悶着が始まった。四人全員で買い物に行くのが良いか、それならいっそ外食するかと散々大騒ぎしたところで。
「お待たせしてすみません」
穏やかな調子の声で詫びながら、部屋の主が帰還した。
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